2009.12.31 華麗なる大円舞曲
大晦日。今年も紅白歌合戦を視たりはしないけど、
「木村カエラがアニメ版『のだめカンタービレ 音大編』のオープニングテーマを書いたミュージシャンの曲を唄うんだって」
などと、こちらの朝食の会話にさえ紅白ネタが入ってしまう程度の話題性はあるらしい。
町を歩くと、近所の門松が独特の姿をしている。花を付けた細い松の枝に注連縄飾り。太い竹三本のポピュラーな物を見慣れた者には、珍しい。どこの恵方神の風習なのやら。
夜TVを点けたら、またも"I GOTTA FEELING"を聴いてしまったところで、年越し蕎麦の時間。今年の最後の曲がこれではあまりにふさわしすぎて、蕎麦をすすりながら、ショパンの「華麗なる大円舞曲」で締めた。
さて、明日のために早寝だ。
2009.12.30 辺境からの言葉
今年最後の勝上嶽。所々にまだ紅葉が残っている。晴れているけど、展望台ですら眺望は利かない。でも、海岸が見えるから、ひどくはないか。
引越前は海の近くに住むと思っていたけど、いざ住めば、海は山頂から眺めたり、電車に乗って行ったりで、たしかにこれまでよりは近付いたけど、海を見るより、谷を登ったり、尾根を伝ったりした回数が多いのは何故だろう。
下りは、初めて河村瑞賢の墓の方へ降りる。この道は無人。静かで、好い。
元来た枯れ葉敷く谷道に戻り、坂を下る。
アスファルト路に出て、聞こえてきた主婦の立ち話によれば、今住んでいる市の中心街ではいまだに地上デジタル放送を視聴できないとか。引っ越してからずっと問題なく視ていたので、驚いた。こんなことで自分が市の辺境に居ることを思い知らされるとは。
これからも辺境からの言葉をおくるのだろう。きっと。
2009.12.26 クリスマスだったというのに
きのうはクリスマスだったというのに、小沢民主党幹事長に宛てて実弾が送られてくる騒ぎがあったそうだ。さて、どういう背景があるのやら。
ともあれ、以前からだけど、インターネット上では政治に関する一方的な書き込みが、あまりに多過ぎ。近頃は、政治と無関係な場所でさえ、その手の愚痴や煽りが、大量で、目に余るほど。一部の政治的意見の宣伝に自己サイトを使われている企業は、そろそろ真剣に対策を講じてほしいね。
町を歩けば、クリスマスツリーを片付けたり、古いおもちゃを捨てたり、それだけで大晦日が近付いていると判る。それにしてはあまりに暖かいけれど、月初めが寒すぎたから、おおらかな気分。ふむ。
2009.12.25 ヘアリキッドを二本
正午前、金沢街道を鶴岡八幡宮へと歩く途中、散髪屋に寄った。
鋏を握るのは、頑固そうなお爺さん。こちらの言葉に当地の訛りが無いことばかり指摘しながら、最後はヘアリキッド二本を約十回ずつ髪にたっぷりなすり付けて、終了。
「ひどい臭(にお)い」
と、おかげで僕は半日、周囲を笑わせ続けた。ムースにすべきだったかな。
こういう日は「西行物語」でも読むに限ると思ったけど、読んだのは「山家心中集」。なんとなく。
2009.12.24 ホワイト・ラスト・クリスマス
朝ラジオを点けると、ビンク・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」がながれる。この曲を聴いて、半世紀すべて世はこともなし、といった気分になるか、古臭さに鼻をつまみたくなるか、どちらにせよとても雪なんて降りそうもない、暖かな日和だ。
一日中クリスマスソングを聴いてもまだ聴いてない曲が山ほどあるのだから、あちらも、こちらも、ジングルベル、モミの木、サンタクロース。
クリスマスについての文章を書きながら、どこかにワム!の代表曲「ラスト・クリスマス」にまつわるエピソードを入れたいと思いながら、入れられなかった。僕自身それほど好きというわけじゃない、想い出深いというだけ、でも思い入れは深いのだけどな。またいつか書こう。
2009.12.22 ぼくのかみが
暖かな日和。ここ数日、寒すぎたせいもある。それでも、ベランダが南向きとはいえ、暖房もなしに摂氏20度はクリスマス前の気候ではなかろう。
歳末だからそろそろ散髪に行かねばと思いつつ、まだ日はあるさと、先延ばししている。もともと長髪の傾向はあったけど、今では耳がほぼ隠れて、マイ・ライフ史上もっとも長い髪を更新中。とりあえず来週にでも切り揃えて、来年はさらなる長髪となるんだろう。どこまで伸ばせば、自身うっとうしくなるかな。
"♪ ぼくのかみ~が、かたまでのびて~"
いや、そこまでは、ちょっと。フォーク、ロックのミュージシャンではあるまいし。
ところで、ボブ・ディラン2010東京最終公演へ行くことに決めた。そういえば2001年来日時も観たのは最終日。べつに「最後の日本公演の場に居た」というのを狙っているわけではないのだけど。一般席は来月発売だそうだから、縁があれば御一緒しましょう。
2009.12.21 直射日光に五億年
そろそろ歳末気分。
目覚めれば、寒気が肌を刺す。でも、午前九時ともなれば、尾根から陽が顔を出して、気温が上がる。
いつのまにか街路樹はすっかり枯れ木ばかり。山には常緑樹が多いので、緑が青々として、そのコントラストがおもしろい。
短篇アニメ映画「つみきのいえ」を観た。ストーリーはほとんど無くて、あるのは水に沈む街と、積木のように上へ、上へと建て増しされた家が舞台という、奇抜な着想と、美しい絵。短篇アニメという狭い世界での優れた達成。毎年のように大量の「受賞作」を生み出している詩歌句の世界をふと思う。外の大海原にさらすと、たちまち色褪せて塵になってしまいそうな。
直射日光に五億年さらしても色褪せない作品ができないものかな。
2009.12.20 「優れた職人」でなく
早朝は厳寒だったけど、日が昇れば暖かい。日曜日にそんな部屋で円空の伝記を読む。おもしろい。
'70'年代から80年代にかけて「芸術家」気質を貶め「職人」を礼賛する風潮が高まった頃、円空はその雄の一人として「芸術家でない優れた職人」だの、「偉大なシロウト彫刻家」だのと、やたらに祭り上げられているのを目にして、それ以来かんぜんに食わず嫌いとなっていたのだけど、今にして思えば、それはそういうレッテルを張り付けた人達が悪いので、円空自身には関係のないことなのだ。逆に、円空こそが芸術家彫刻部門で日本史上のトップに位置する人とみることだってできる。もちろん、それも円空自身には関わりのないことだろう。
皆ひとは仏に成ると願ひつつまことになれるけさの杉の木
そして円空は、けっして巧みではないけれど、個性ある宗教詩人でもあった。ただ、時に怒り、哀しみ、憂う、あの円空仏の傍らに置くと、和歌は相聞を除けば理想を高く歌い上げた姿ばかりが目に付いてしまう。まあ、そうそうやすやすと歌でも一流になられては、こちらの立場がないよね。
2009.12.19 とんだ
怪我で指に力が入らないのを言い訳に、ほかの人のブログを読みまくる。その印象を一言で述べれば、小説家とエッセイストの日記が自ずから批評もしくは生活雑記になるのに、詩人の日記はいつしか詩に近付いてしまうらしい、ということ。もっとも日本には詩人のふりをしているが詩人ではない人がごまんといらっしゃるので、それは後者の意味での詩人でなければならない。
午後十時過ぎ、ブレーカーがとんだ。晴れたら白昼は暖かい部屋なのだけど、午後九時を過ぎると、寒い。一階のヒーターのメモリを下げてないと気付かないで、二階のヒーターのスイッチを入れたのが原因。どうやらこの冬は厳しいものになりそう。
さすがに今夜の気候では、ペンが進むはずもない。早めに寝た。
ところで、COP15温暖化対策会議は「決裂しなかった」ことだけが収穫なのだとか。やれやれ。
2009.12.18 七転び八起き
昨夜就寝前に数回小さな地震があった。起床してから、震源地は伊東だったと知らされる。
朝食後すぐに散歩。或る参道に差し掛かる。とつぜん足許がぐらりと揺れて、思わず手を砂利道に着いた。今度は何処が震源地だったのか、いまだに確かめていないけど、はっきりしているのは昨日の傷と合わせてこれで両掌の皮膚が剥がれてダメになったこと。
たぶん年内は何も仕事をしなくて善いのだ、そんなふうに考えていたら、夕食後に早くも修理の済んだパワーブックが返送されてきた。
世の中そんなに甘くはない。傷めた掌でキーを打った。
2009.12.17 親指の皮
昨未明、いきなり手の親指の皮がぺろりと剥がれた。ひょっとして血管が抜き出しではないか。ペンで字を書こうとすると、痛みが走る。パワーブック・パソコンも手元にないし、
「書くのを休んで、しばらく静かにしてろってことですよ」
その通りと頷いて、読書のあと昼食に外出。そのまま辺りをぶらついた。
でも、書かなければ何事もうまく考えられないね。
ともあれ、夜は作歌に励む。こんな指でも書けるのは、やはり短詩型の利点だろう。
2009.12.16 風呂揚がりに
厳しい冷えこみ。ほのかに山も色付いてきたような。ともあれ、一部分だけ、今更ではある。
午後、パワーブック・パソコンは無事に修理先へと配送されていったと聞かされた。
その夜のこと。風呂揚がりに本を読んでいると、子供が叫んだ。
「オトーサン、オシゴトハ?」
そういえば、ここ半年ほど風呂揚がりには必ずパワーブックを叩いていたな。バイオを使ってもかまわないのだけど、今一つ気が乗らない。
そのまま本を読んでいた。裏表紙を閉じたら午前二時だった。
2009.12.15 デスクトップの点滅
日曜日未明、パワーブック・パソコンが接触不良を起こした。ときおりデスクトップ画面が、真っ暗になっては、また点る。
月曜日に修理を手配してもらい、だから今日火曜日の午後はデータ保存、それから年賀状印刷。文庫本を読みながらプリンタ作業を見守る。
明日からまたインターネットの日記もしばらく更新中断か。ちぇっ。
今朝は、やっぱり紅葉しない寺社の門前を見てまわった。山々を眺めても緑で、このまま散ってしまうのだろうかと、ため息。
刷り終わった年賀状をしげしげと見た。あまり佳い色ではない。どうやらこの旧式プリンターも寿命かも。来年中には買い替えだろうな。
2009.12.14 多謝
誕生日。
メール等、多謝。
2009.12.13 「短歌と俳句のヒト」
午後から晴れた日曜日は、散歩日和。何処まで歩いても、一人は独りだ。
実写ドラマなど一度も目にしたことのなかった四歳の子供が、画面にたまたま冒頭部の映った野沢尚・脚本「坂の上の雲」を、
「視たい、みたい」
と騒いで、今日が放映第三回、これまで通して視ている。
「どういうヒト?」
と、登場人物数名について子供が尋ねるから、たとえば夏目漱石なら
「小説家」
といった調子で、手短に答えておいた。正岡子規が「短歌と俳句を詠むヒト」だと、この子がきちんと理解できるのは、いつ頃だろうか。
インターネットでは昨日から「来春ボブ・ディラン来日コンサート」の噂があちこちで飛び交っている。毎年恒例とはいえ、個人的に今度こそ本物ではと期待…して良いのだろうか。
2009.12.12 十二月のカタバミ
しだいに晴れてきて、春のよう。十二月なのに白昼トレーナー1枚で充分とは、これいかに、だ。
うち近くの道端がムラサキカタバミの花畑となっている。冬に咲く花じゃない。まさかと一瞬でも思わないのは、こちらの季節感のせいか、それとも、植物との接触が足りないのか。まだ緑の楓や公孫樹がある場所では、何があっても驚くには値しないのだ、たぶん。
COP15温暖化対策会議は今が佳境だとか。その報道と平行して、その対策方法や会議そのものを疑問視する意見が、あちこちで見受けられる。たとえば、排出ガスを減らせば温暖化が弱まるという科学的証明はなされていない、とか。
それでもあそこには、好意的にみれば、海面上昇やら病気やらでせっぱ詰まっている人々が大勢いるのだから、より有効だという説得力ある別の対策が公表されていない以上なにもしないわけにはいかないのだからやれることからやろう、という姿勢が垣間見えるのだから、たとえ何をやってもムダであったとしても、それを批判していると、国連とか、国会とか、ついには会議というシステムそのものにまで批判の矛先を向けて、悦に入ってしまいそう。それが悪いというわけではないけどさ。
もっとも、決裂したら、茶番だね。
2009.12.11 「うたがみえる」
外は雨らしいけど、意外に暖かい。
今月は以前に目を通した本を再読するばかりで、新しい本は数冊しか読んでいないことにさっき気付いた。「歳末だから」では言い訳にならないのだろうな。きっと。
夕方、パソコンを打っている横で、子供がDVDを観ていた。はりえ絵本の世界を強引に映像にしている。美しいけど、やっぱりこれは本で楽しむのが好いと思っていたら、最後に「うたがみえる、きこえるよ」という、音楽を絵で表現した作品があって、これはさすがに時間芸術である音楽に乗せたから貼り絵もアニメに近付いて見えた。
僕の歌は文字の世界だから、こういうふうに純粋な記号には成りにくいのだろうな。でも、どういうふうになるのか一度みてみたい気もする。
2009.12.09 ストーブリーグ
これまでたびたび近くの境内で椅子に座り、池など眺めて過ごしてきたのに、けさ初めて寒さに腰を下ろすことができなかった。水面には渡り鳥まで訪れて、目下、大所帯。
午後はゆったり本でも読んだ。
夕刻、六年前プロ野球セ・リーグ優勝を決定的にするサヨナラヒットを打った盗塁王・赤星選手の引退記者会見をインターネットで視る。33歳。脊髄損傷。慨嘆。今オフに、今岡、ウィリアムス、藤本が球団を去るのは予想の範囲内だったけど、まさか赤星も、とは想像もしていなかった。明日の朝刊に「阪神タイガース凋落の始まり」という文字の踊るのが目に見える。そんな物、もちろん買うものか。
ヒーターが暖めた部屋で「ストーブリーグ」という野球用語を思い出す。ひょっとして死語? 暖めてくれれば、それで好いよ。
2009.12.08 天園の道
晴れた朝、獅子舞の谷を登る。楓と公孫樹が枝を織りなして、今年の紅葉は出来が悪いとはいえ、さすがにここは別格だ。
天園(六国峠)に至る。古地図には大丸山山頂と記されているとか。思わず嘆声が洩れるほど富士山が大きい。それに比して、相模湾にへばり付いた鎌倉市街の小さいこと。南下して、半分以上が埋まってしまっている石のやぐら穴を左横目に通り過ぎると、いにしえの漢詩人達が集った一覧亭の瓦葺屋根が見えて、その絶景を思った。今その建物は立ち入り禁止だから、想像するしかない。
そんな風景を眺めて、考えた。
僕等が現に生きている時代は、既に1980年代のアメリカ合衆国がだいたいそうであったように、アダルトチルドレン、テロ、薬物中毒、援助交際、レイプ、輪姦、近親相姦、同性愛、幻覚症、家族の崩壊、住所不定等々といったことが、いつのまにか極く日常的に存在するような世の中なのだとすれば、あからさまにせよ、遠回しにせよ、全身全霊でもってそれを表現すべきだとして、するとそこでそういう時代に生きている人間が眺める富士山の姿はどのような表現であるべきなのだろう、うんぬん。
ともあれ、ささやかな成果を得る。一句のみ。
午後うちの資料で知ったところによれば、けさ通り過ぎたあのやぐらは、鎌倉幕府滅亡時にその執権を代々務めた北条氏一門の首だけ埋めてできた御廟所と伝わっているそうだ。
2009.12.07 喪中葉書への返信
日々好天。今季初めての喪中葉書が届いた。
喪中葉書とは「たとえそちらが年賀状を送って来られてもこちらからは出せません」という断り状だから、べつに当方が出すことに頓着する必要はないのだけど、「相手が出せないのを承知で送りつけるのは失礼」とか言う人も近頃いるとか。相方さんはその返礼にクリスマスカードを旧年中に出している。「旧年中に届けるのが理想」などとほざく人もいるし、「それでは年始の挨拶代わりにならない」と指摘する人も。僕は昔と同様、松の内が過ぎたら寒中見舞を出しておこう。寒中見舞を旧年中に送りつけたら、それはそれであれこれ言う人がいるにちがいない。ばかばかしい。
かくして先日作った賀状をもとに寒中見舞葉書を作成した後、ふたたび歌稿に正面から取り組んだ。ひと区切りが付いて、ほかにやることはないのか、あんなことや、こんなことだってなかなか魅力的だ、などと自分を茶化しても、そんなことをする暇があったら、次の歌稿、次の詩稿に向かうべきなのだろうね。
2009.12.06 二階堂大路にて
早朝、稲村ケ崎から富士山がきれいに望まれた。ひさしぶりの事だな。
それから、二階堂大路という、牛車が通れるかどうかも怪しい細道を抜けて、紅葉狩り。珍しく四人連れの一人になる。でも、黄色っぽく脱色したまま散った楓が路上にちらほら。やはり今年の紅葉は駄目だ。
「あれが『まひる野』の」
うんぬんと、連れが一般人には通じない話をしている。
先日亡くなった平山郁夫画伯のお宅で記帳を受け付けていた。今日が告別式なのだろうか。どうしてだか、ここの前庭だけは紅葉が美しい。
源頼朝の墓前では椿が見事で、そちらを眺める。佳いものは佳い。
しだいに人通りが繁く、正午過ぎにはうちに戻った。
2009.12.05 健闘した安藤さん
厚い曇り空。夕刻から激しい雨。
サッカーJリーグの優勝シーンを生中継で視て、夜はフィギュアスケート。これは生ではなく、録画。
それにしても、明らかに不調とはいえ大きなミスのなかったキムさんの演技を酷評した後、難度の高いジャンプを避けたのにお手付き等のミスを犯しスピードが出ないままなんとか滑り終わった安藤さんの演技を讃えるテレビコメンテーター。たしかに得点結果は、自己ベストをはるかに下回ったキムさんと、それでも今期の自己最高点をたたきだした安藤さんだから、二人の演技を見慣れた人が「不振のキムさんと健闘した安藤さん」と語るのは実態通りではあるとしても、これではどうして勝者がキムさんなのか視聴者にはとても伝わりづらい。いや、わざと伝わらないようにしているとすら感じてしまう。
こういう解説も、録画でゴールデンタイムに放送したのも、視聴率のためではないか、とね。改めて欲しい。
夜、遅々として歌稿は進まない。頭をかかえる。〇三時半、強引に区切りを付けて、寝た。
2009.12.03 魅せなければ
雨という予報から想像したほどではない曇り時々小雨。朝からずっと雨戸を閉めて、うちに籠っていたけど、その必要はなかった。
もっとも最近は外出といっても、去年までのように都内の映画館や美術館へ通うでなく、晴れたところでせいぜい市内の寺社巡り程度。楽しみは「見せる」ことで、魅せなければ「見る」意味もないのだから、生の本堂やら庭園やらを眺めてどんな滋養になるやらと疑ってみても、それなら箱物行政の成果を一見したところでどれほどの差があるやらと疑いだしたら切りがない。
とりあえず今日のところは歌稿の整理だ。たぶん明日も。
2009.12.02 見知らぬ人へ
見知らぬ人から一冊の歌集が送られてきた。封書には「歌人が多過ぎてだれに送ればよいかわからない」と、いま念頭にある数人の名前を挙げて「ほか適当なひとがいますか」と、きた。僕の歌への感想はないのか、それとも読んだこともないのかとも思いながら、返事を書くことにした。
まず、そこに挙げられた名前の人達ならば問題はないだろうけど、ほかは送らない方が良い、僕が出版した時は人に勧められるままに文壇・詩壇・歌壇等の数百人ものひとたちへ献呈したら、返信が来たのがわずかだったのはともかく、それからは新作を発表するたびに類歌・模倣歌が夜にあふれ、『ころがる』という歌集を出した折などそれからしばらく総合誌、結社誌、新聞、雑誌、個人単行本などにパクリ・無断引用が横行、それもほとんどがぎこちなくひどい言葉で、そうした行為をしなかった人たちでさえそれを批判するコメントを発したことは一度もない。止めておけ、そう書いた。
外へ出ると、柑橘の実が生っている。柚子やら、夏みかんやら。外気は暖かい。
2009.12.01 今年の紅葉
いよいよ師走。年の瀬だ。
うっすらとした薄雲がしだいに引いて、十時にはほぼ青空になる。それから、さんぽ。
今年は紅葉がひどい。数本だけ紅もしくは黄色に染めて、ほかはまだ緑といった調子。有名な八幡宮の大イチョウなぞ、これまでなんとなく注視しないで今朝初めてしげしげと見たけど、一本の木の中に黄と緑が交じるばかりか、早くも葉が散り落ちてそこがごっそり抜けていたりする。
それでも稀に、見事に色付いた一本があって、楽しい。いつの時代も、詩人は人間性のひとつの典型だから、色はこのように陽に照り映えた鮮やかな紅葉になる。どうにも色付き損ねた薄紅の葉が目立ってしかたがないけれど。
午後はひたすら歌稿と取り組んだ。
2009.11.30 マラカス
今冬これまでにない寒さ。炬燵に入っていても、くしゃみがでるなんて、そうそう無い。
きのうマラカスを貰った子供が、
「何か唄って」
と頼みに来る。そのメロディーに合わせてマラカスを振ろうというのだ。
そういう傾向の音楽が咄嗟に浮かばないので、「P.S.アイ・ラヴ・ユー」を唄う。この曲で本来ドラム担当のリンゴ・スターはプロデューサーから駄目出しを受け、しぶしぶマラカスを振っているのだ。
子供の振ったマラカスは、もちろんリンゴ・スターの演奏とは似ても似つかない。それでも楽しそうだよ。
2009.11.29 図書館
午後、図書館に行く。そういえば、昔ああいう場所に勤める人たちと身近に過ごした経験が、短い期間とはいえあるのだけど、彼等がいったいどういう心境で僕等の書いた本を扱っているのか、僕には想像もつかなかった。あのころ僕があの人たちと互いに交わしあった違和感は、今も僕の中で音を挙げて煮え立っているけど、おそらくあの人たちにも、それが深ければ深いほど交流の根は深く、忘れ難い印象を残しているのだろう。きっと。
夕方,大相撲千秋楽。横綱同士の熱戦に引き比べ、その下では立ち合いの変化による注文相撲、0.数秒で決着する取組の多いこと。しかも、四人の大関同士の取組は、二番も続けて。つまらない一番が多過ぎる。これほど多いと「立ち合いの変化を禁止」という大改革でもやって欲しくなるね。
2009.11.27 遺跡を貫通
いつものように、大正時代に歌人の窪田空穂が麦畑ばかりと歌った、源氏三代の鎌倉幕府跡を歩いて貫通。新しい民家、古びたマンション、小学校。今や昭和の遺物ばかりだ。
それから正午を跨いで八幡宮をうろうろ。改めて国宝館を訪ね、光明寺の寺宝を眺める。殊に当麻曼荼羅縁起絵巻をじっくりと。
もうすぐ師走だというのに、あまりに暑くて上着を脱いだ今小路。暖かい。
2009.11.26 プラットフォームから
午後うちで転籍届を書く。
前の住まいに居た期間たびたび利用した私鉄駅のプラットフォームへ本籍を置きっ放しにしていた。二十四時間、籍は旅中に。
でも、引っ越して早や七ヶ月、そろそろ籍も移すとして、でも現在の住所と同じではつまらないから、この近くで少々突飛な土地の住所を書き込む。前回以上にそこで生活することはありえない場所。
提出は来週にするとして、はてさて、役所は受理するだろうか。
日が落ちたら、半月が昇った。いや、一晩遅れの九夜かな。半月は八夜だから。
2009.11.25 病人じみて
昨日から本日の正午まで雨。なんとなく外出する意欲が湧かないで、或る人の闘病記など読んでいたら、こちらの気分まで病人じみてくる。
パソコンを起動。先日こしらえた来年の賀状案ふたつ、どちらもどうにも気に入らず、しかし幾ら眺めても、行間をいじるくらいのことしかできない。
午後から晴れてきた。
うだらうだらと朝の続きを読んでいると、ふと「仕事でもするか」と思い、散文を書いたら、そのまま勢いでまずまずの歌もできる。悪くない。
2009.11.24 「べつに」
正午前、座卓が届く。和室に置いて、キッチンテーブルは無しにした。
午後、役所に提出する書類に書き込んだり、インターネットの懸賞クイズに答えたりして、時間を潰す。
夕方、テレビで千代大海関の大関陥落を見とどけた。明日から休場とか。
そろそろ今年一年を振り返っての意見が、プレスにちらほら。思えば、記者会見上ふてくされた表情で「べつに」と発言した美人女優がそれをきっかけに芸能界を半ば追放状態になる等、後世の目からは明晰な解説がなければとうてい理解できないであろうゴシップの類いが重なってきているから、ここ数年の民心はどうやらそうとう荒れていると見て間違いない。
何が起こっているのか、まだ完全には理解できていないのだけど、事態はかなり深刻だ。
いつ頃からこうなった? やはり「9.11」以降か?
2009.11.23 吹き溜まる落葉
日本晴れ。
足もとに吹き寄せる落葉を見て、正岡子規の「吹きたまる落葉や町の行き止り」を念頭に、
吹き溜まる落葉や風の行き止まり
と詠む。このオリジナリティーでは『三宅惺全句集』にも収録できないか。今の基準では、おそらく。ここは著作権法の無い平安京ではないのだから。
まもなくイチョウも色付く頃だ。
夜、ぼんやり読書。
2009.11.22 化けそうで化けない
雨が降りそうで降らない空模様。傘が要らない程度の降りはあったようだけど。降るなら夜半に降れば良いと思っていたら、二十五時を過ぎてから、外で雨音がした。それも短い間。
大相撲中継、ベテラン大関同士の取組を、負けた方がまもなく引退だろうと思いながら、視る。結果、魁皇が千代大海がくだした。両者ともにひょっとすると最後の顔合わせかもしれないと感じていただろう。勝負を決した後の二人のうつろな表情が印象的だった。さて、来場所この一番はあるのだろうか。
若手とはいえ、そろそろ昔日の勢いが失くなってきた把瑠都と稀勢の里は、文学を始めどの世界の若手にも珍しくないのだろうけど、相変わらず体力でぶちかますばかりで、なかなか技が身に付かないように見える。一度、技で横綱を倒したら、化けそうなのに、化けないね。
カナダでフィギュアスケートの高橋君、フリー演技で一位、ジャンプのミスが目立ったけど、観客は大いに沸いているのが、画面越しにも伝わってきた。カナダには良い客が多いらしい。そう、美しい者が勝者なのだ。
2009.11.21 人待ち歌
また季節が逆戻りしたような暖かさ。今年はこういう事ばかり。
三年ほど前、市町村合併で誕生したばかりの市の初代新市長が公職選挙法違反でいきなり逮捕、というニュースを読み、やれやれと思っていたら、きょうになって、そこが自分とゆかりのあった、想い出深い町の今ある姿だと知って、ずっこけた。市名が新しい上に、何処の都府県か、きっちり見ておかないからだ。合併しても町名は残っているそうだから、そこはこれまでと大差ないのだけどね。
注文したばかりの座卓は、やはり今日は届かなかった。夕食前それが気になって、
「♪来る、こない、来る、こない」
と、なんとなく口遊んでいたら、
「それ、誰の唄?」
と、子供が尋ねてくる。
「何が来るの」とは尋ねないのだな。好い視点だ。
2009.11.19 五体満足なだけ
十一月としては珍しいほどの寒気、しかも激しい雨。暖めた屋内で過ごした。
阪神タイガースの藤本"モンキー"選手がフリーエージェント宣言だとか。別の球団に移籍するのだろう。人は高い評価をしてくれる人の処に行くべきだ。
夕方、不入りの客席がどうにも目に付く大相撲九州場所をTV観戦。横綱の強さに拍手するほか何もない。挑戦する下位力士に覇気なし、工夫なし、気力なし、見せ場なし、病気と怪我のない五体満足な体すら無し。そして今日の相手は五体満足な体だけ。無惨。
2009.11.18 側(そば)に大島
午前十一時の勝上嶽山頂からの相模湾を望むと、すぐそばに伊豆大島が大きく浮かんで見えた。雲間からそそぐ光が海に帯を引いている。
隣りで高齢の誰かが、
「江ノ島かと思った」
と独りごちた。江ノ島ならばあの西の山と雲のずっと奥だ。
回春院から谷道に入る。一説によれば、将軍実朝を暗殺した公暁は、その後この道の崖から足を滑らせて、落ちた屋根を突き破り、泥棒とまちがえた住人にたたき殺されたとか。史書『吾妻鏡』とは、ずいぶん違う。たしかに一箇所だけ滑って人家の屋根に落ちそうな場所はある。でも、現在、崖は補強工事がなされ、その真下に人家もない。やはり伝承の類いとみるべきかな。
午後、座卓をEメールで注文。はてさて、キッチンテーブルとなるのか、文机の代わりとなるか。
2009.11.17 座卓か文机かキッチンテーブルか
早朝キッチンでインターネット。朝食後、自室に入ると、外は雨。寒い。陽が照れば、日光が心地好い部屋なのだけど。
それで炬燵布団を押し入れから引っ張り出した。引っ越してからキッチンテーブル代わりにしていたけど、もともと僕の仕事部屋に置いてあった物。
エアコン、温風ヒーター等、暖房器具ならばうちにいろいろあるのだけど、どれも二台同時に使用すると電気のブレーカーがとぶ。かくして置炬燵だ。
さて、ここに炬燵を使うとすれば、キッチンに新しい机が要る。というわけで、次は、椅子テーブルだの、座卓だので、大揉め。なかなか収拾が付かない。
仕事部屋がエアコン、キッチンが置炬燵ならば、これまで通りで構わないし、なんならこちらに新しい文机を買うという案なども魅力だ。すると常時エアコンで、三度の食事が置炬燵ということになってしまうが。
さて、どうなることやら。
2009.11.16 内陣の中
午前中、二日前に折れた傘を持って傘屋に行く。
「直すと、値が張りますよ」
と、あっさり御臨終を宣告された。まだ新品なのに。
相方さんが子供のために図書館から借りてきたおとぎばなしの本の中に、源実朝に関する意外なエピソードが載っていた。
それは実朝が殺害された鶴岡八幡宮で神事の火振り役を兼務していた一族に代々伝わっていた話で、その日その御先祖が神殿の片隅にかしこまっていると、実朝が本宮の内陣に入り神前に礼拝するやいなや、内陣の御簾の陰に潜んでいた公暁が躍り出てたちまちその首を打ち落とした、というもの。史書『吾妻鏡』には、惨劇の場は境内の「石階の際」とあり、それとは大違いだ。
大事件を目撃したと、先祖が子孫に自慢してみせたホラ話と受け取れなくもない。あるいは、神殿内での異変を史書に載せるのは憚られたとも考えうるけどね。
じつは昨朝その本宮に上がり、御簾が下りてない内陣をのぞいてきたばかり。これは十九世紀に修復された社殿とはいえ、創建当初の俤を残しているだろうと思えば、潜むにはあり余るほどの広さ。この場を利用しないで、『吾妻鏡』の記述通りに石の階段の脇で待っていたのだとすれば、暗殺者公暁にも神殿を穢すことへの躊躇いがあったということだろうか。
信仰とは、つくづく奇妙なものだ。
夜、寒いせいか、少々風邪気味。エアコンを点ける。いよいよ本格的な冬か。
2009.11.15 大きな羽織の背には
七五三と結婚式で近所の神社は御盛況。午後の散歩は快晴、おめかしした稚児と花嫁さんに次々めぐり合った。
少年たちは、自分の時と引き比べると、驚くほど派手。マントのような大きな羽織の背には鳳凰やら龍やらが輝き、そのままバイクに跨がったら立派な暴走族、なかなか楽しそうだ。
DVDを観ようとテレビを点けたら、操作ミスでスケートアメリカ女子フィギュアにチャンネルが。中継してるだなんて知らなかった。そのショート・プラグラムでキム・ヨナが近頃の女子フィギュアでは見かけないほどのすばらしい演技。今の「プログラム・コンポーネント・スコア」が、かつては「芸術点」と呼ばれていたことを思い出さされる。好いものを視た。
2009.11.14 傘折れ
朝、曇っているなと玄関を出たら、十歩も行かないうちにひどい雨風。五十メートルほどで傘の骨が一本折れ、二百メートルほどでもう一本折れた。普段二十分強で着く場所なのに、歩みは遅々として進まない。もう一本折れたとき既に約束の時間は過ぎていた。
もともと気の進まない外出ではあった。今日の相手は、時間に遅れ、全身ズブ濡れで現われて、感激するどころか、不愉快な目でこちらを睨むに違いない。なにしろ役人だから。
萎えた。
引き返し、うちでインスタントカレーを昼食にする。食べ終わったら、汗が出るほどの陽気になっていた。
まったく、もう。
日暮はすさまじい夕焼けだった。
2009.11.13 山茶花の園
薄曇りの下、寿福寺境内へ。墓苑を行くと、これまで気付かなかった星野立子の句碑が星野家之墓の前にあった。建立はやっぱり昭和だ。北条政子と源実朝の墓に参る。立派な花が供えられていた。
その脇の細道から源氏山へ登ると、中腹は山茶花が今は盛りの園。手元の地図を頼りに、そのまま英勝寺の方へ下りようとしたら、そこは金網で仕切られ通れなくなっている。無理をしないで、隣の道から清涼寺ガ谷の方へ。どうせ英勝寺の門前を通る。
午後には晴れてきた。
さて、仕事だ。夕方まで書いた。
2009.11.12 紅い筑波
早朝まだ雨が残っていた。気にしないで、駅へ。
そして、ひさしぶりに筑波山を登る。山が紅い。プナ林だ。雲があるけど、予想以上の好天。女体山の山頂でペンを握り手帳を睨む。とりあえず成果あり。来て好かった。独りで行くんだ。行くべき時は。
戻ると、町はもう真っ暗。さすがに雨も上がっている。
床に就くまで読書で、一日を終えた。
2009.11.11 昭和を感じさせる
早朝からしばしば雨。小雨と呼ぶには強いかな。雨戸を閉めきっているので、はっきりしない。
それをものともしないで轟く騒音。傍らの崖の防災工事は、雨だというのに、昼食も返上して行われている。ひと区切り付けるつもりなのだろうか。
昨夜あたりからマスコミは今年逝去された芸能人の名前を並べて「昭和を感じさせる役者がいなくなってゆく」などと報じているらしい。「昭和を感じさせる物書き」が大勢ご健在な文学の世界と引き比べれば、まことに御不幸なこと。
2009.11.10 オウルの新しい家
正午前ふいに来年の年賀状の腹案を思い付き、昼食後さっそく取り掛かる。一時間強で完成。もっとも、想像していたほど綺麗にはならなかった。ここ数年では中の下か。後日もっと佳い案ができたら、そちらに譲ろう。でも、もっと他の事案に時間を割きたいから、結局これを使うのだろうな。
夕食後、子供がDVD「くまのプーさん」を観ている。ぬいぐるみ達の物語。いったい何度目の鑑賞なのやら。
大風でフクロウのオウルの家が壊れた。新しい家を探してあげたロバのイーヨーが「良い家」と推薦したのは、実は子豚のピグレットの自慢の家。結局ピグレットは友達に家を譲り、仲間から「英雄」と讃えられるわけだけど、このストーリー、ぬいぐるみのフクロウの家が壊れて新しい家を息子からせがまれた作者A.A.ミルンが考え付いた窮余の策ではと、ついつい邪推。
自分の本当に大切な物は、人に譲っちゃ駄目だよ、友情の為にもね。
2009.11.09 イリュージョン
藤沢駅周辺で買い物をするつもりで家を出たのだけど、最寄りの駅前で冬物衣料ほか総て事が片付いてしまった。立冬を過ぎたとは思えない陽気。しばらく並木道を散歩。
文章にならない言葉とイリュージョンが体内を暴れまわっている。後日、整理すれば善いとは思うものの、脳は痛い、全身が重い。
それでも夜、やっと歌がすらすら詠める。少しは脳内の整理ができてきたのだろうか。気持の方は全然なのだけど。
2009.11.08 科学者ではない
晴天の日曜日は子供を外で遊ばせるには最適で、だから僕は自室にずっと一人。相方さんが子供と二人で公園へ連れて出たから。
そこで多くの謎に立ち向かうのが肝要、とは云っても、僕は科学者ではないので、その謎とはついに自分自身に過ぎなくて、じっくり考えていると、なんだか自慰めいてくる。ーーまあ、歌にならないうちはしようがないか。
BGMは、軍楽のための行進曲ニ長調、ベートーヴェン。そのまま戦争交響曲になだれこむと、ビル・コンティの「ロッキーのテーマ」と聞き比べたくなった。似ているのは勇ましい所だけじゃないけど、今は勇ましくありたい。
2009.11.07 揃って低調
夕食後、フィギュアスケートNHK杯とプロ野球日本シリーズを交互に視るも、どちらもあまりにしまりのないミスを披露されるばかりで、NHK杯は最後まで視たものの、そこでTV観戦を中途で打ち切って、日本シリーズは知らない。みなさんそれぞれ一流の方々でありながら、揃って低調などということだってある、ということでしょう。いつぞやの五輪のように。
こちらも今日は仕事がなかなか捗らない。ぼんやり真っ白な紙を見つめるだけ。
やがて、メールチェックして、寝た。
それにしても、今日は立冬だから、スケートは当然として、野球というのはどうなんだろう。今年はシリーズの全試合ドーム球場だったから良かったものの。冬なのに、寒そう。
2009.11.06 二十一世紀の詩人として
正午前、旗上社の池で泳ぐ鴨を石のベンチに腰を下ろして眺める。首から上が緑の鳥を。足元を真っ白い鳩が通っていった。
二十世紀には、自分の作品ばかり放送するラジオ番組を持ったり、週刊誌や新聞に詩を連載したりして、二十世紀に(広義の意味での)詩人として生きるとはどういうことなのか、そのモデルを示そうとしていた人達がいたけど、では、二十一世紀に詩人として、歌人として生きるとはどういうことなのかというと、先例がないのだから自分で考えるしかない。
そして、ここがその思索の跡。
水面に鴨の進んだ波が幾筋か立っている。
2009.11.04 トーマス・デッカーの「ゴールデン・スランバーズ」
午前中、喫茶店に充電済みのパソコンを持ち込んで、あれこれ書く。ブレンドが温め。わざと熱過ぎず、冷まし過ぎずで、この温度にしているのなら、たいしたものだ。(考え過ぎだろうか)。
就寝前ふと思い付いて、トーマス・デッカーの「ゴールデン・スランバーズ」という子守唄をインターネットで初めて聴いてみた。ポール・マッカートニーがこの十七世紀の唄の歌詞に新たなメロディーを付けてビートルズのレコードで発表したので、有名。でも、デッカーの作った曲はこれまで聞く機会がなかったので、一度聞いてみようというわけ。こうした類いのことなら探せばすぐに見つかるところが、インターネットの優れたところ。当たり前だけど、ポール・マッカートニーの曲の方が新鮮。でも、やっぱりこの歌詞は好い。
さて、子守唄も聴いたことだし、寝るか。
2009.11.03 お里が知れた
早朝、散歩のついでに近所の境内で詠歌。二十世紀の先人の詠風そっくりになってしまったというのは、お里が知れた、というところだろうか。こんなことではいけない。
うちに戻ったら正午だった。
昨夜未明に発熱した子供、食欲が回復しないままそれでも熱が下がったので、走ろうとしている。相方さんが布団に入るよう促すのに必死。
午後からナビスコ杯と日本シリーズのデジタル放送を眺めて暮れた休日。どちらもそれほど熱心に視入っていたわけではない。先夜のダルビッシュの熱投の方が見甲斐があったよ。
2009.11.02 仏牙舎利とチョコレート
早朝ひさしぶりに円覚寺まで歩いて行ったのは、源実朝が宋から取り寄せた仏牙舎利を安置していると伝わる舎利殿が特別公開していると知らされたからで、舎利殿前の若い僧侶がハンドマイクを手に、
「チョコレート等が奉納されますと若い者同士奪い合いになります」
うんぬんと、脱線気味の解説を披露する横で、優美な屋根の曲線、柱の細みの様を食い入るように見つめる。
宝物に風を入れるついでに展示された絵など目にして、俗気を完全に抜くというのは難しいものだ等と変な感想をいだきつつ、それでも、廊下で肩がうっかり触れそうな所に掛けられた一蝶の竹図と梅図に驚かされた後、建長寺でお茶をいただいて、大覚池のほとりを通り、西御門へ。
例の舎利殿はもともとこの地の寺にあったのが、そこが廃絶したのち、円覚寺に移された、そのように公開されていた宝物の古文書にもあった。そこは今テニスコートになっている。
午後三時、自室。ココアが出たところで、先のチョコレートのエピソードを思い出し、つい笑みが漏れた。アマのテニスプレーヤー独特の嬌声が聴こえる。ゆったり、ひと口。甘い。
2009.11.01 熱視線
朝、雨戸を開けようとしたら、その戸の裏側が熱を帯びていて、びっくり。こんな強い陽射しは夏以来だ。今日から十一月なのに、まだ暑い日は暑い。でも、寒い夜はとても寒い。
夏祭の折に出かけた近所の神社から
「神輿の修繕費を寄付して欲しい」
と言ってきたので、快く応じる。快く応じられる依頼など、近頃そうはない。残念だね。
仕事はぜんぜん進まなかった。残念だよ。
2009.10.31 それでも読む
先々週あたりからまた万葉集と人麿に関する本をぱらぱら読んでいるのだけど、まったく本を書く方も皆よく飽きもしないで書くもの。こちらもいったいこれまで何冊読んだのか気が遠くなる。外国ではアルチュール・ランボー等、これに劣らないほど書かれているそうだけど、日本語では滅多に全訳書など出版されないから読めないのも、不幸なのか、幸いなのか。日本人が書いた評論書だって全部は読む気になれないからね。
プロ野球日本シリーズが始まったので、TV観戦。巨人、ダルビッシュが投げない日本ハムに辛勝。少しは楽しめそうだ。
2009.10.30 お墓の案内
朝食後うちを出て、勝上嶽から六国見山まで歩く。
六国見山は伊豆・相模・武蔵・安房・上総・下総の六国が見えると聞かされていたのに、薮道にぽつんと置かれた三角点の標石にちょっとがっかり。直方体の石を踏みつけにしてそのまま進むと、そのさらに数百メートル先に盛り土があり、そこが展望所だった。ほっ。
海が煙っているけど、由比ヶ浜の海岸はくっきりと線を引いている。悪くない。
夕方、街路に出て十三夜の月を拝み、餅を食して、いずれ入り用になるのだからと、取り寄せた墓石と墓苑の資料を半日かけて眺める。
今の近所の寺で好いと思っていたけど、たとえ個人墓でも檀家入り等なかなか仰ることが事細かで、やかましい。川端康成等と同じ民営墓地の方が話は簡単ではと思うも、人里離れた山の上、広大過ぎる墓苑、心惹かれるところがない。そういえば、まだ訪ねもしていなかった。一度のぞいてみるか。
2009.10.28 まだ見ぬ白墨祭
蕪村句集を手に、新型インフルエンザのせいで延期になっていた子供の運動会を見に行く。昼食後、レジャーシートに腰を下ろしたまま、黙読。
たしか今日は実朝を祀る白旗神社で白墨祭だったと思う。もちろん見たことはないよ。
日暮れに海辺から独り歩いて北上していたら、コオロギが一声鳴いた。うちの近所ではいつのまにかとうに聞かなくなっていた秋の虫。南のこの辺りは、さすがに気象が温暖のせいか、まだ絶滅はしていないらしい。
今日一日口にしたことを思い返し、明日から外へ出るのが嫌になる。でも予定がある。やれやれ。
2009.10.27 城島捕手の面差し
快晴。きのうは終日豪雨で、無為に過ごしたのに、あの寒気が嘘のよう。
ベランダの屋根が狭いので、陽射しが屋内深く北壁側の本棚にまでかかることが判明。折り畳み机を立て掛けておく。この部屋で初めての冬、いろいろあるよ。
学習雑誌『小学五年生』『小学六年生』の休刊の報を見る。ドラえもん、バラの中のリザ、懐かしい。最近は編集方針を改めてすっかり別の雑誌になっていたようだけれども。
ところで、いま時の人となった野球の城島健司捕手って面差しが現役時代の田淵選手に似ていると思う。なんとなく。それにしても去年今年とメジャーで打率二割台前半と低迷が続いたけど、ファンは来年の復活を期待をするほかないね。
部屋の壁に蟻が一匹張り付いていたので、手箒で塵取りにはたき落とそうとしたのだけど、目測を誤って見失った。何処へ行ったのやら。
2009.10.24 飛べ、とべ
谷戸の奥へと歩いていたら、鳶が低く空を掠めた。小学唱歌「とんび」を思いだし、懐かしいメロディーに乗せて口ずさむ。
"Tobe. Tobe. To be, or not to be?"
おや、"tonbi"が出てこなかったな。間違いというか、即興というか。まあ、いいか。
午後、子供を引き取りに自転車で預け先へ向かうと雨になった。レインコートを羽織ってもジーンズパンツが肌に張り付くほどの降り。雨に打たれて自転車を漕ぐなど何年振りだろう。降るのが二十分早ければタクシーを呼んでいたな。まったく。
夜半、雨音を微かに聞きながら、ぽつぽつ作歌。ぽつ、ぽつ。
2009.10.23 二人の中将姫
朝、自転車で小坪トンネルを抜けたら、その先が意外に急な坂でちょっと焦った。ひさしぶりに逗子市の新宿へ。ついでに、うちの近所では買えない日用品を揃える。
午後、国宝館を訪ねると、実朝首塚の五輪塔はお蔵入り。残念。二回しかおがめなかった。
けど、今日のお目当ては光明寺の寺宝。そこで当麻曼荼羅縁起絵巻の清らかな中将姫の面差しなど観た後、人に誘われて鏑木清隆美術館に寄ると、展示されていた双六にここでも中将姫が描かれていて、貴族の姫君には程遠い俗な姿に絶句。
歩いても、歩いても、なかなか作歌に弾みはつかない。明日は知らない。
2009.10.21 自称プロサーファーよりも
依然として新型インフルエンザの流行が退(ひ)かないまま、子供は早朝元気に登園して行った。明日は、インフルエンザのせいで延期になっている運動会の練習だとか。退かないどころか、季節的にも本格的な流行はこれからなのだろう、たぶん。
正午前、ひととおりの用事を済ませ、蓮がすっかり払われて見通しの佳くなった池の濁った水面など眺めていた。漫然と。まるで晩春のような陽気だ。
ラジオを聞いていたら、午後七時前、国営放送では関東地方のニュースとして自称プロサーファーによる麻薬取締法違反の裁判の報一件のみを伝えて、おしまい。くだらない。受信料を取れる価値なしだ。今の社会情勢でその件が最も気になる件のひとつという人は、もっと別の時間、別のチャンネルでその情報を得ているはず。こちらとしては放送時間三十秒でも長過ぎると言いたいね。
2009.10.20 櫛
ずっと本を読んでいた。
午後にわかに日が翳る。それでも気温は高いまま。悪い気しない。
「これは何」
と、夜の自室で子供が当方愛用の櫛を指さして、その「くし」という語が一瞬出てこないから、パニック。ふだん物を使っていても、言葉を使わないといけないということか。
2009.10.19 化粧坂(けわいざか)
朝歩いていると、しだいに初秋のような気候になった。暑い。
初めて化粧坂を登る。石でごつごつした足場、地下水でも湧き出しているのかまるで谷道、ひょっとして鎌倉時代のままではなかろうか。
「とはずがたり」ではこの坂の上から鎌倉を見下ろしたとあるけど、まったく眺望は利かない。あれは極楽寺坂の誤記ではないかという先人の説も、もっともだ。或る本によれば、その最初の人は司馬遼太郎だとか。
源氏山の山頂に着く。それでも目に入るのは、せいぜい扇ガ谷の尾根。この樹々を全部伐り倒せば鎌倉市街が見えるのだろうか。
その枝の葉が色付いてきているのだけど、紅葉というよりは薄茶葉で枝に付いたまま枯れてきているようで、まるで美しくない。来月にはそれでも全山紅葉で栄えるはず、きっと。
2009.10.18 「シャボン玉」
階下の部屋で相方さんが野口雨情の童謡「シャボン玉」を唄っている。石川啄木は雨情について「この人の一生も誠に哀れなもの」と日記に書いていたけど、その後のふたりの人生は啄木の方がはるかに哀れで、薬を買う余裕もないまま病いで早逝した。でも文学上の名声は啄木が雨情を圧倒しているから、幸不幸どちらがどうとはいえない。ただそうしたことを全て含めてどちらの生が好いかと尋ねられたら、僕なら迷わず「啄木」と答えるということだ。
数日前から夜、特に風呂あがりになると、くしゃみ連発、風邪気味となるのが常だった。かくしてどうやればそれを免れるかだけを考え、そこを忠実に人の迷惑思惑顧みずやりぬくこと約一時間、なんとかその対策をマスターできた、気がする。これを丸一日やりぬけばどうすれば秀歌ができるかという答にもなりそう。善かった。
2009.10.17 Do you remember me?
午後、インターネットでCS楽天対ソフトバンク戦をちらちら眺めなどしていたら、ミュージシャン加藤和彦の訃報が。自然にこれまで何度かこの人の曲について書いたことなど思い返す。数多くの作曲家としての業績には、作詞・北山修との「あの素晴らしい愛をもう一度」、寺山修司との「戦争は知らない」、サトー・ハチローとの「悲しくてやりきれない」、五木寛之との「青年は荒野をめざす」、安井かずみとの「不思議なピーチパイ」「Do you remember me?」「愛・おぼえていますか」等など。思いだした順に挙げてみた。多彩だったな。
当方、ひさしぶりに興が乗って、あれこれ書く。
それにしても、このように長年書きに書いてきて至った境地がこれとは、なんだか騙されたような莫迦莫迦しさだよ。
Do you remember me?
2009.10.16 ハブ空港とマスク
ハブ空港なるものを巡って、羽田(東京)、成田(千葉)、関西(大阪)の地元政治家たちが、大揉め。ようするに飛行機乗り換え接続の中継点に名乗りを挙げているだけ、乗り換え接続駅など地元にたいして経済効果を与えるわけでなし、プライドだけでやっているようにも見える。そうしてこの小さな国に二つも、三つも作って、後で嗤いものにならないようにして欲しいな。
昨日同様に好い天気。午後、妙本寺など大町付近を散歩。
ただきのうまでとはうって変わってマスク姿の人が多い。観光客は誰もマスクなんかしていないようで、地元の人ばかりと擦れ違っていると、なおさらそう感じる。それともこの辺りだけ? いずれにせよ、嫌だな。
夜はまた一段と冷えこむ。そろそろ置炬燵? まさか。
2009.10.15 弁財天の夫
雲ひとつない湘南海岸。江ノ電を江ノ島駅で下りる。
駅から北へ。鳥居をくぐると石段上の先が木戸で閉ざされていて、そこが龍口明神社の旧社殿だった。新しい社殿は西鎌倉に遷されたとある。ここは江島神社の弁財天と夫婦神社のはずで、夫はずいぶん妻から遠ざけられてしまったものだ。
もはや空き家のような社殿を木戸の割れ目から眺める。よそへ遷されなければ、たしょうの縁はあったかもしれない。
そもそもこの社の裏山に登れば眺めが佳かろうと考えたのだから、この石段がそこには到達しないことは判ったので、隣りの龍口寺を通り、山の展望所に出た。
案外、江の島は五つほどのマンションに遮られ、小動崎は樹々に隠され、富士山も雲の彼方。がっかりして、みかんを頬張る。とんびが驚くほど低く翔んだ。この地所の主は眺望などに関心がないとみえる。
とりあえず島に渡り、ひさしぶりに二体の弁財天に御挨拶。
さて、書くか。
2009.10.14 秋明菊の庭園
ときおり雨がぱらつく曇り空。紅葉の季節が近いから静かなうちにと、紅葉の名所・瑞泉寺まで足を伸ばした。
山門のそばに歌碑や句碑が立ち並んでいる。花の庭を侵すほど野暮でない処が善い。でも、これ以上増えたら、やはり駄目だろう。どうしてもと希望するなら、総門の脇にでも置いてもらうほかないかな。
さすがに花の寺と呼ばれるほどのことはあって、秋明菊、秋桜、金木犀、冬桜も咲いていた。山門近くの秋明菊は、白く、一重。奥の岩盤にできた庭園のは、紅い八重。別名、貴船菊。その名で冷雨と共に詠まれたも現代短歌もあったな。
今日は暖かな雨だ。まだ、ね。
ところで今回ひとつの歌句もできなかったことは書き添えて置かなければいけない。また今度。
2009.10.13 楽天人事
園児に数名の新型インフルエンザ感染者がでたとかで、子供は明日からとうぶん登園自粛要請とするほかないらしい。県内の地域別患者分布を見ると小田急と京浜急行沿線に偏っているようだから、まだ大流行というほどではないとしても、いつJR沿線にまで広がるやら知れたものではないね。
楽天イーグルスはとうとう野村監督の解任を発表した。とはいっても、監督本人に伝えただけでファンへの説明はないらしい。球団オーナー達は、かつて読売ジャイアンツの渡邊氏が原監督を解任したとき「読売の社内人事」とやってジャイアンツ人気の凋落を生んだことから、何も学んでいないらしい。株式会社が株主の意向を無視できないように、ファンの声に耳を塞いで球団経営などができるわけないのにな。
何故か仕事にちっとも身が入らない。こんなことではいけないのだけど…。明日からしばらく子供と遊んでいろということだろうか。あまり気が進まないよ。
2009.10.12 破局シーン
ロックスター、ジョージ・ハリスン夫妻の破局シーンを実写映画のように夢でみた。近ごろ数冊この件に関する本が出版され続けているから、そこからつまらない知識を得ているとはいえ、どうしてこんな夢を夜半に僕がわざわざみなければいけないのだろう。そこから何を教われば善いのだろう。
くだらない本は読むなというメッセージだろうか。
ともあれ、体育の日で、快晴。
昼過ぎに起き出して、子供とデパートへ行き、子供服売場の供え付きテレビに映るディズニー映画「白雪姫」を観る成りゆきとなった。購入した物は僕の冬用下着類。
こういう一日が好いとは思わないけど、与えられたなら拒否すべきことでもないだろう。
2009.10.09 苦手な季節
一年で最も苦手な季節が来た。
殊に今日など、朝はセーターの上に袢纏を羽織って起き出し、日中は長袖のTシャツ一枚で外を歩く。体が外気に適応しきれていない。だから終日体調が悪いのだ。
午後、由比ヶ浜から海をぼんやり眺めて過ごした。台風の傷跡はほとんどない。三浦半島も伊豆半島もはっきり見える。歌もできる。
そして、野球シーズン終了。プロ野球全球団の順位が確定した。しばらく延長戦としてCSの楽天イーグルスの試合でも楽しむかな。
2009.10.08 子供より重い
台風襲来。昨二十時頃まで晴れていたのがいきなり豪雨、大風、未明には雷。
横の崖がやはり気になるということで、深夜とりあえず荷造り。パソコン、バーチャルエキスパンダー、そこに入力していない文章を書いたノートと原稿用紙ぜんぶ積めたら子供より重い。萎えた。
何事もなく過ぎることを願い、布団にもぐりこんだけど、嵐の雄叫びがひどく、とても安眠とはいかない。早朝、強風のみ、正午には晴れて、ようやく荷ほどきする気になった。やれやれ。
暑い照り返しの中を散歩に出ると、多くの草が風で傾き、または横倒しになっていた。それもなべなるかな。
近所の境内を歩く。砂利道で子供が鳩を追いかけて、はしゃいでいる。神殿に向きなおった。今はそこに詩人の雇い主でも、憧れの的でもなく、ひとつのライヴァル。そして詩人の劣勢は明らか過ぎて同情するのもばかばかしい。周囲は外人ばかりで、異国語ばかりが飛び交っていた。負けるもんか。
2009.10.07 味気ない音
朝からテレビもラジオも台風情報。こちらはまったく降っていなかったのが、正午近く本降りに。でも夜いったん止んだ。
仕事の意欲が湧く環境じゃないので、私用メールを書く。読み返すと、くだらないことばかり。消去する。
明白に音が劣化していたビートルズのCDをステレオリマスター版に買い替えて聴き込む日々。音質はすばらしいけど、「レイン」のようにメンバーの声が溶け合うようなヴォーカルが魅力だった曲は、それぞれの声が完全に分離しちゃう
と味気ない気もするな。
2009.10.06 乾け、かわけ
午前中は雨戸を閉めきって過ごす。しだいに小降りになってきたのでベランダを全開にして、歌稿の整理。
今日は雨で近所の防災工事も中断らしい。静かだ。
洗濯物が乾かないので今秋初めて温風ヒーターを使う。乾け、かわけ。
2009.10.05 まだ螢光
春に入居した時から放置しっぱなしだった螢光燈が数日前にキッチンで切れた。今朝、相方さんは駅前で数本まとめて購入してきて、僕の仕事部屋のまで交換。うむ。たしかに明るい。
ここにLEDこと発光ダイオードが灯るのはいつのことだろうか。
気分を好くして、午後には靴を買った。前回のは子供が乗ったおもちゃの車に轢き潰されたので、きちんと天寿を全うして欲しいもの。安物だけど。
2009.10.04 気掛かりなのは
遅い朝食の後しばらくして外出。驚くほど強い日射し。日中歩いているとたまらなかった。不快ではない。夏はもう疾うに去ったのにと思えばなんだかせつないような気もする、かな。
往きは八幡宮脇の細道をまっすぐ、戻りは段葛を通る。創作に使えない時間など外界を感じ陶酔しているしかないではないか。浮世は今日もこちらに頓着なく慌ただしく動いているのだから。
ただ気掛かりなのは、予報によれば今週はずっと雨だとか。うちの横の崖は防災工事のために(!)斜面の木々をすべて伐り倒したばかりだというのにな。くわばら、くわばら。
2009.10.03 マンガのような月見団子
朝の青空が、お昼前にはにわか雨。雷付き。午後、急に日が差してきたので、今夜の名月を思い、ほっとする。
「ニュルンベルグのマイスタージンガー」フルヴァージョンを大音量で鳴らしながら、詩的霊感が来るのを待った。なんちゃって。ようするにぼんやり過ごしていたということ。
そうして考えねばならないことをひたすら考えに考えているのだけど、さてそれがどれほど身になっているのやら。まったく。
夕食後、菓匠桃太郎の月見団子を食べた。白くてまん丸い餅が積み上がってる、マンガや雑誌の挿し絵でしか見たことがなかったタイプ。つくばや八王子ですらも見かけなかったのに、まさかここで巡り合うとはね。でも、この地方では月見団子といえば日本全国これだと信じている人だって居るのだろう。きっと。
これに黒餡や黄な粉を付けて、口にする。餡がなかなか美味だった。
本当の月見は二十三時から。月が、空が高い。
2009.10.01 ベン・シャーンの「マルテの手記」を観て
起床すれば、まだ蝉が鳴いていた。暖かい日和。
午前中、県立近代美術館と国宝館を観て歩く。美術館にベン・シャーン作「マルテの手記」連作の為の一室があった。単純だけど、力強い線。
午後、誰彼にとなく小説「マルテの手記」の作者リルケの話ばかりしていた。リルケの詩は繊細すぎるほど繊細なのだということを。
夕刻、作歌。
2009.09.30 ダイニングキッチンにて
ひさしぶりの雨。今年いまだ上陸する台風のひとつもない状況で、これは慈雨であろう。
外出する気にもならないので、ダイニングキッチンで散文を書いていたら、いつのまにか午後三時だった。
パソコンで昨日の某元野球選手の葬儀における川上哲治氏の悼辞を読む。なによりも長い。川上氏本人に深い思いはあったにしても、故人を讃えるにあたり、長嶋、王、イチローといった方々への皮肉と批難を並べる等、どう好意的に見ようとしても佳い悼辞とは思えず。「打撃の神様」とかつてマスコミに讃えられた人も、言葉の使い手としてはとても手練の主とは言えないか。今後の展開しだいでは、まさに「泥試合」の見本になりかねないのでは。杞憂で終われば良いけれど。
2009.09.29 貧しい言葉
雨が降りそうで、降らない一日。でも、暖かいから、ヒグラシまでが鳴いている。
パソコンソフトのフォトショップがヴァージョンアップしたとの葉書が届いた。それをきっかけに、あのワープロ機能が、あのプリンターがと欲しい一品が次々頭に浮かぶ。いずれ優先順位を決めて、購入しなければならないのは解っているから、サイト管理者とあれこれ話した。
それにしても、最近なんだか言葉が一時的など忘れで混乱したりすることが、しばしば。会話の途中で絶句したりするのだから、たまらない。言葉の世界の住人には、貧しい生活とは言葉が貧しい生活ということにほかならないから、まったくなんて貧しい生活。書く時までこうなっては、おしまいだ。おしまい。
2009.09.28 エルロイ大おばさまに会った
きのう人から聞いた話。小学校の旧友数人と再会した、今は十代の子供の母である或る女性。むかし夢中になったマンガやアニメの話になり、
「昔は子供だから気付かなかったけど、『キャンディ・キャンディ』のキャンディってイジメられて当然の子よね」
とやって、ドン引きされたとか。おそらくキャンディを苛めていたラガン夫人かエルロイ大おばさまのような上流夫人となって、満足な人生を過ごしておられるのでしょう。
快晴で、暑い。所用で人に会うため駅前へ出ると、相手が学生を二人連れてきていた。三宅惺とはどのような人物かという好奇心でもあろう。
「口語短歌の現在について」
問うてきたから、現状への不平不満をのべつまくなくぶちまけたら、二人とも息を詰めたように呆然として帰って行った。
うちへ戻り、お札の入った封筒を相方さんに差し出すと、両手で受けて、深々と頭を下げる。はっとして、笑っちゃいけないと思いつつも、頬に笑みが漏れた。
2009.09.27 墓はひとつで良い
太陽が高くなるにつれて暖かくなってきた。
ひさしぶりに宝戒寺に行く。白萩をかきわけて進めば、本堂の前になぜか土管の水瓶。そこに一輪、深い紅の睡蓮。学問的には蓮と睡蓮を同じ系統に含めるべきか否かは議論があるそうだけど、僕には似たもの同士と見える。この出会いに乾杯。近所のファミリーマートで買ったオレンジジュースだ。
初めて源頼朝公の墓へも足を伸ばす。明治時代初期まで頼朝の持仏堂を法華堂としてこの墓を護ってきたせいか、ほかに頼朝の墓らしい物はないらしい。折口信夫を初め、分骨等で墓が二つある人だって現代にはいるのだから、二つあるからといってその総てがニセモノというわけでもないのだろうけど、怪しい物も相当あるからね。
うちでティータイムを過ごし、横綱朝青龍の優勝を見とどけた後、ひさしぶりに『路上』を読んだ。アメリカ小説じゃなく、歌集の方を。そういうこともあって好い。
2009.09.26 相撲界の為にも
残暑がぶり返している。あきれるほど強い陽射し。ふたたび半袖シャツに復帰。暑い。しだいに日が低くなっているから、屋内の奥までそれが差し込んでくる。日焼けしそうだ。
モーツァルトのK13が可愛らしくて、何度も繰り返し聴く…ほどの曲ではないとは思うのだけど、繰り返し聴いた。
大関相手に有利な体勢を許して逆転の投げで勝ち続ける横綱白鵬を連日視せつけられて、(予想通りとはいえ)、いささか気分が悪い。大関以下がもし勝つ気満々でこの惨敗なら、もう一人の横綱朝青龍が引退したら10連覇などしてしまいそう。だから相撲界の為にも、明日の横綱対決は朝青龍に勝って欲しいな。できれば。
それにしても、これまでたびたび「某A関に期待」「某B関がんばれ」うんぬんと思い付くままに書いてきたけど、外れる、はずれる。今場所注目していた稀勢の里など勝ち越しすらも危ういし。雑誌に大相撲についてのコラムをたびたび発表している或る有名人は、一部の相撲ファンから「あの人に褒められると出世が止まる」と揶揄されているらしいけど、自分もこの点ではまったくの同罪。ちょっと慎んだ方が良いのかもね。
2009.09.24 たかがこの程度でと
ここ数日の疲れがたまった為か倒れてしまった。とても立っていられない。熱もある。たかがこの程度でと腹立たしい。でも、こうなった以上、伏しているのが正しいのだと、ひたすら伏している。ああ、あ。
それでも大相撲中継だけは視た。
2009.09.23 決裂に至らなければ善いと考えていたけど
僕が親の実家と完全に修復不能になったのは、三十路を越えた頃だ。もちろん距離を置きつつ対立に至らない方法をとり始めたのはずっと前で、そこをはっきり自覚的に確率し始めたのが高校在学中。不仲なのは仕方ない。決裂に至らなければ善いと考えていたけど、二十代を終えた頃にはもうどうにもしようがなくなっていた。間に立つ人も、もはやいなかった。どうにもしようがなくなったから間に立つ人が去ったのか、間に立つ人が去ったからどうにもしようがなくなったのかは判らない。ともあれそこからは坂を転がり落ちただけ。だからもう間に立てる人はいない、必然的な今がある。どちらが原因で、どちらが結果であろうとも、それが正しい行ないであったならば、現状はこれで善いということになる。でも、その正しさは、もしそれが魂に対するものでなければ、もしこれまで書いてきた作品よりも佳いものが多く作れる可能性がある道でなければ、無意味。でも、逆に言えば、もしそれが今より自分を磨くことにならならければ、現状に留まっているのはまさに最悪の選択をしたということで、そちらへ至らなかったことこそ悔やんでも悔やみきれない失態。もっとも、古来より孤独と断食ほど自分を磨く早道はない、という見方もある。(本当かな)。孤独、断食、きびしい。
それも、これも、まだ十代だったあの日に言葉の世界の住人となって、家を出たりしなければという仮定に基づいた話なのだけれど。
2009.09.22 おお、蝉
朝、驚いたことに蝉が鳴いている。がんばってるな。
「ここが小林秀雄の旧居よ」
と指し示された(ような気がした)。毎週たびたび前を通っている、自転車が時折ゆきすぎる小道。それが本当なら、この町はまったく隠れた名所揃いだな。
2009.09.21 早くも長袖
朝ひえ込むのでTシャツの上に長袖を着込んだけど、昼間は晴れてきたので、脱いだ。気候が難しい。
僕を含めた、うちの三人とも前の地ではずいぶん医者に稼がせたけど、こちらではまだ内科にも小児科にも縁が無く、そろそろ主治医を決めるため用をこしらえようかとさえ思案している。僕には自然な生活などないのだ、昔から。
でも、ここで風邪などひいたら笑い話だな。注意、注意。
2009.09.20 「この本は読みましたか?」
心地好く澄んだ晴天。でも、さすがにもう蝉の声は聞こえないし、池に蓮の花はなかった。
扇ヶ谷まで歩く。里見弴旧宅と聞いている家を横目に、萩の花を右に見て浄光明寺の参道を歩く。海蔵寺でも花々を目にした後、阿仏尼の墓を尻目にして、英勝寺、鶴岡八幡宮の彼岸花も鮮やかだった。新しい華の季節だ。
夕刻読んだ某誌のインタビューで、或る有名人に最近読んだ本について尋ねている記事があった。あらかじめ準備があるのか、きちんと今話題のタイトルになってる。そこが物書きとは違う。
現役のライターには三つのタイプがある。「この本は読みましたか」と尋ねられた場合、あまりにその本がくだらなかったので「読んでない」と言う人と、あまりにすばらしかったので「読んでない」と言う人と、読んでいないから「くだらない」と答える人だ。ほかは例外。
例外でありたいね。
2009.09.19 横綱相撲
書きたいのにうまく言葉にできないからなのか、軽い頭痛をかかえて横になる。べつに珍しいことでもないか。
横綱昇進以降は関脇経験のある実力者にしか負けたことがない白鵬が、今場所ここまで全敗の新鋭平幕力士に完敗。あっけにとられた。立ち合いで胸など出して、昔のいわゆる「横綱相撲」のような勝ち方でもしてみせようとしたのだろうか。いまだに古老の中にはそうした昔を懐かしがるコメントを発する人もいるけど、最多勝を記録してみせた横綱・千代の富士の登場以来、大相撲は先手必勝の世界に突入してしまったわけで、その針を逆に回すことなど誰にもできやしないのだ。双葉山や大鵬のような横綱は、もう永遠に現われない。けど、それとは別の新しい取り口の力士が現われるからこそ、大相撲は続いてゆける。そういうものだ。だから、横綱にはそんな雑音など耳を塞いで、精進して欲しい。もっとも、最近少々そういう外野の声が五月蝿過ぎるようだけど。
2009.09.18 川原湯温泉に行けるだろうか
川原湯温泉を教えてくれたのは若山牧水の「渓ばたの温泉」という紀行文で、これまで何度か近くまで行きながら、僕はまだ寄っていない。その近くを通り過ぎるたびに、バスの窓から滝など眺めたりして、
「まもなくダムで水没、温泉地も移転します」
と説明を繰り返されていたから、なおさら惹かれながらも訪れる機会がなく過ごしていたら、このたびのダム建設中止騒ぎだ。
建設すべきか否かについては、その人の立場によってそれぞれ意見があるのだろう。
でも、建設中止が正式に決定したら今度こそ行ってみたい。もし牧水の歩いた道が水没していたら望んで行くはずもない土地だったのだから、これを朗報にせねばと思う。
さて、どうなることやら。とりあえず、あまり期待しないで見届けます。
2009.09.17 芸術の秋だというのに
しばらく東京に出ていない。さしてこれまでより遠ざかったわけでもなし、芸術の秋だというのにと思いながら、今日もビートルズのリマスター版CDを聴いて過ごした。もちろん、そればかりではないけれど。
たとえば連日、大相撲中継観戦中。秋場所は、横綱、大関陣が充実していて、視ていて張り合いがある。二名ほど充実していない大関もいらしゃるけど、それはそれで別の楽しみ方もある。つまり、その負け方を楽しむ。邪道だけどね。
2009.09.16 これはこれで悪くない。
相方さんいわく、子供の通園先に同じく通わせている子の保護者達には、近所にその親や親族が住んでいる人が多い、という印象だとか。
周囲に育児なり、金銭なりで、サポートしてくれる目上の方々が控えている人達が、今この国には大勢いる。そうして仕事もしないで、浪費に励み、派手な異性関係を築き、妻にドラックを勧めて夫婦ともども逮捕され、親に保釈金を積んでもらう男だって、ごく稀とはいえ存在できるのだとか。あくまで報道という名の憶測によれば、だけど。
逆に、僕等のように縁者から一切のサポートなしでも、なんとかできるのが今の世の中だとすれば、選択肢が広いとも受け取れ、これはこれで悪くない。きっと。
本日は政権交代の一日。
でも僕は、下鴨神社以来十数年ぶりに流鏑馬を八幡宮にて見物。馬を奔らせて乗手が絞った弓から放たれた矢が的を砕くと、大きな拍手。これはこれで悪くない。
2009.09.14 毎年200以上
きのう手に入れた「ビートルズBOX デジタルリマスター版」のCD、まず音質がこれまでよりも遙かに改善されたと前評判の高い「マネー」と「ヒア・カムズ・ザ・サン」から聴いてみる。なるほど。たしかにこれまでとは空気が違う。ただし、それはこちらが所持している劣化CDと比較した上でのこと。それでも僕には改善だ。
メジャーリーガーのイチロー選手が九年連続二百安打以上の新記録を達成したとか。衆人注視の中での、その業績はすばらしい。
僕だって二十年連続二百首以上を達成しているぞなどと胸を張っても、所詮は自分のノート上での出来事か。それでも、四百、五百の年だってあったんだと、何の自慢にも、比較にもならなくても張り合ってみる。ふふん。
2009.09.13 三輪車
日曜日なので子供が三輪車で遊んでいる。道の脇でその様を眺めていると、たまたま通りかかった近所のご夫人から、
「新品ですね」
と声を掛けられた。今どき珍しいのだろう。
この町では自転車に補助輪を付けて走っている子供が多い。どちらがどうと深く考えて購入したわけではない。
この春、引っ越す前ベビーカーを処分した折に、
「次は三輪車を買ってやる」
と子供に約束したから、それを実行したまでのこと。以来、晴れた週末は、足で地面を蹴って進むようなズルもせずに、元気にペダルを扱いでいる。
「あれ買って」
と、通りすがりにこの三輪車を指さして親にねだる子もいるから、悪い気はしない。
教育上のことは知らないけど、先日公表された宮様の写真も三輪車姿だったから、国レベルで害悪視されているわけではなさそう。それをきっかけに同メーカーの三輪車に注文が殺到、という話も聞かないけどね。
2009.09.12 今あそこが崩れたら
うちの真横の崖は、防災工事ですべて木も草も刈り取られてしまった。そこへ今夜、雷付きの豪雨。雨戸を閉めながら、
「今あそこが崩れたら人災だよな」
と呟く。幸い夜半、小降りになった。
米国オバマ大統領、経済低迷で支持率急落とか。あまりに最初の期待が高かっただけに、必然的な反動かも。さて、再反発とゆくのかな。
2009.09.11 書類は引き出しの中
朝。駅前に用事で出かけようとすると、相方さんについでの所用を頼まれる。
途中、平家池へ。赤い橋のほとりの蓮花が綺麗だった。
当地へ着いたところで肝腎の書類を忘れていたことに気付く。かくして、相方さんの用だけを片付けた。おもしろくない。
2009.09.10 ワァラビ~モチ
未明に強い雨。でも、すぐに止んで、白昼わらび餅を食べるにふさわしい気候。まだまだ残暑は厳しいということ。むかし住んでいた関西の町のように、わらび餅とかき氷を売る車が走っているわけではない。
「ワァラビ~モチ、カキ、ゴオリィ~」
冬は焼き芋屋に化けると噂の車。なんだか今度は焼き芋が食べたくなってきたよ。
町内の防災工事は来年まで続くそうだけど、森の木は伐り終えたのか、チェーンソーの音は止んだ。ほっ。
2009.09.09 愛唱していた歌
朝からマスコミもインターネット上でも「ビートルズのアルバムCD、デジタルリマスター版発売」でお祭り騒ぎ。
それらの情報の中にビートルズ本国・英でのシングル売上一覧があった。日本での最大ヒット「レット・イット・ビー」は23位。その前にリリースされた「サムシング / カム・トゥゲザー」が最下位。おやおや、こことはずいぶん開きがあるな。
ちなみに僕は予約はしてあるので、時間があるとき、じっくり聴くつもり。いま僕が聴きたいのは彼等の唄声ではなく、宇宙に充満している地声そのもの。あるいは、それは彼等にも聴こえていたかもしれない。
午前、平家池の南側ではまだまだ白蓮が元気。そして午後、竹の寺にて木下利玄の墓を見る。十代のひところ利玄の歌を愛唱したことを想い出しながら。それにしても、迢空と利玄これほど共通点の少ない二人を好いていた、あの頃の自分って何なのだろう。
2009.09.08 トウゴウ
付添でメディカルサポートセンターに話を聞きにゆく。何か質問ありませんかと問われたので、
「トウゴウシッチョウショウってトウゴウヘイハチロウのおじいさんの名前みたいだと思いませんか」
と尋ねてみたけど、返事はいただけなかった。
夜半、ラジオからロックのライヴが聞こえる。数千か、数万の歓声がこだました。うらやましい。歌とはこういうものだろう。
2009.09.07 チェーンソーの音
うちの住まいは谷戸の底、崖の下にある。ちなみに崖は県有地。
先日そこで防災工事をする旨のお達しあり、今朝から施工の下準備が始まる。秋蝉を掻き消すチェーンソーの音。日本全国あいもかわらず似たようなことがおこにわれているのだろう。その順番がきただけとはいえ、引っ越してようやく落ち着いたばかりと思えば鬱陶しいこと限りがない。
無視して、作歌数首。まずまずだね。
2009.09.06 山の端に
朝、子供の熱は引いていた。インフルエンザではなかったのか、あるいは新型インフルエンザではあったけど、たちまち快癒してしまったか、どちらだろう。
子供を連れて、夕食後、月を見に玄関から外へ出た。
たまたま行きあった隣家の老女は、
「あら、だれかとおもった」
と一人でウケている。
山が近いので、ここは月の出が遅い。少し低まっている山の端にようやく見えた。
2009.09.05 テーマに沿っていても
夕方、子供が発熱。食欲もないようなので、夜の散歩ついでにコンビニでたまごプリンの買い置きをする。目覚めてさっそく口にした子供は、こんな美味しい物を初めて食べた、とでもいうような笑顔。
夜、アニメ・ジャングル大帝の新作を、そういうわけで一人、テレビで視たら、オリジナルキャラクターを数匹使っただけのまったくオリジナルで新しい舞台設定、ストーリー。「ジャングル大帝」の登場動物を「火の鳥 未来篇」の世界で生かしたら、ああなるのだろうか。
こういうのもありではあろうが、DVDで1965-1967年版アニメを楽しんでいる子供がもし視ていたら、さぞかし混乱していたろう。原作では主人公レオの両親は冒頭部でいきなり死んでしまうのに、今回どうやらなかなか死にそうもなく、親が亡くともたくましく育った原作レオは、あきれるほどの甘えん坊で弱虫レオに変更。レオの成長物語とするにはその方が解りやすいということか。いずれにせよ、人間と動物との共生というテーマにさえ沿っていれば、どれほどこれまでの設定と離れても構わないということだったのだろう。
なによりも、これが"手塚治虫の「ジャングル大帝」"と勘違いされるのが嫌だ。視ていると、しだいに腹が立ってきて、二十分ほどで電源を切った。
子供はすやすやと休んでいた。
2009.09.04 あるいは暗夜行路、昼だけど
ひさしぶりに勝上嶽・鷲峰山へ登る。
墓として使用するため山腹を矩形に掘り空けた、いわゆる「やぐら」があちこちに。この辺りのやぐらには、中に五輪塔も、地蔵もない。ただの洞穴だ。道には草が繁り、マムシあたりが地霊代わりに挨拶に出てきても不思議ではない雰囲気。
展望台から三十分ほど海を眺める。
山を降りる時に半僧坊大権現へ立ち寄り、その後、回春院の墓苑を歩いていると、たまたま芥川賞作家・五味康祐の墓を見つけた。これも縁か。
ここからは林の中ほそく流れる清水に添って行く。昼なのに薄暗い。
志賀直哉作「暗夜行路」の主人公の兄は、この辺りに住んで、遠い「円覚寺」に通ったとあるけど、あれは「建長寺」の間違いという見方もあるらしい。もし建長寺が正しいならば、この林の道を通ったのだろう。僕は志賀文学の良い読者ではないので、ここに住むまではそんなことまったく知らなかったのだけど。
ところで明日から最寄りの中学校が新型インフルエンザのせいで一週間の閉鎖だとか。いよいよきたな。
2009.09.03 感染予防
朝、新型インフルエンザ対策について家人と話す。もし僕が罹病したら、感染予防のため仕事部屋に隔離されることになった。書きたいだけ書けるなら悪い話じゃない。もちろん隔離されるというだけで、たっぷり悪いけど。
先月後半から新型インフルエンザの猛威は再びすさまじく、この町でもあちらで患者が、こちらで病人がと噂は百里を駆ける。
もともと鼻水が多いうちの子供は、まぎらわしい水っ鼻やら、くしゃみやら、咳やらを繰り返している。けど、発熱でもしなければ、どうせ病院に連れて行ったって医者には何もできない。
僕も涼しいので、くしゃみがしばしば。鬱陶しい。
2009.09.02 覚え違いタイトル
きのうは猛暑、今日は涼風、気温差は十度近く。今夏は寒暖差が激しい。秋もこの調子なのだろうか。
某図書館のホームページに「覚え違いタイトル集」なる一覧があった。館内閲覧者がどのように書名と作者名を誤って記憶していたかを司書が一覧表にまとめている。
宮沢賢治の「ひかりの素足」が「ひかりの遠足」だったり、柳美里さんが「やなぎ・みさと」だったりで、こういうところに自分の名前がないことを喜ぶべきやら、寂しがるべきやら、複雑な気持。その中に、閲覧者の依頼は"山本周五郎の「ウミヒコ ヤマヒコ」"で正解は"山本周五郎の「山彦乙女」"だったという紹介があったけど、周五郎の「山彦乙女」はちょっとマイナー過ぎる、それは山本有三の「ウミヒコ ヤマヒコ」のことじゃないのだろうか。
やっぱり喜んでおこう。
2009.09.01 時代は詩人
昼食からワインとカルボナーラで酔い、昼寝。目覚めて読書。
昭和の半ばは詩歌にとって暗黒の時代だったらしいけど、昭和末期から時代は詩に大きく針を振り、平成もいつしか二十一年、時代は僕等"詩人"が作ってきたと(他人がどう考えようと自分自身では)自負できるまでになり、だからこそ僕も創作にこうして専念していられるわけだ。
台風一過で、どんどん暑くなってきた。
2009.08.31 雨なのに夕焼け
いきなり台風が上陸してきたらしい。これが夏休み最後の日だなんてひどいと考えている人が大勢いるのだろう。
雨音を聞きながら、昨日の衆議院選挙の結果について書く。書きたいとは感じなくても、誰だって何かしないと生きている気がしないから、すべきことからやるべきなのだ。
ふとベランダの外を眺めると、紅い。雨なのに夕焼け? まさか、とは思うものの、真上から雨粒が落ちてきても、西の空には薄雲が広がり、その薄手のカーテンを通して紅の光が空を染めて、時空を貫いている。たしかに夕焼けだ。短い時間ではあったけど。
雨が止んできた。ステレオに電源を入れると、聞こえてきたのは"HAPPY BIRTHDAY"。誰に宛てて? 民主党政権? まさか。
2009.08.30 文学的一日喫茶
昼食後、近所の洋館が今日一日喫茶として館内を開放するというので、のぞいてみる。一階のない二階だけの位置に和風の書斎が増築されていて、
「奈良の小林秀雄邸を造った京都の人を呼び寄せて建てたのです」
と案内が解説してくれた。奈良の小林秀雄邸ならば近くを何度か通ったけど、一般開放はしていなかったので中を知らないから、比較はできない。たしかに造りは真っ当のようだけど、やっぱり畳は京風ではなく、関東風で、狭かった。
「この辺りは志賀直哉の小説「暗夜行路」の舞台で、志賀の推薦を受けた親友の里見弴がみずから設計して、昭和初年にこの家を建てたのですが、子供の通学に不便ということで十年ほどしか住んでいません」
すると、里見の実兄・有島武郎は大正時代末期に亡くなっているからこの家を知らなかったことになるなと、ついつい有島中心の発想になってしまう。
水出しコーヒーは洋間で暖炉を正面にして飲んだ。ここは居間と客間を兼ねていたのだろうな。
楽しかった。
夜、TV開票速報を三十分ほど視る。与党、大敗。
2009.08.28 公暁の道
午後、ときおり選挙カーから拡声器を通した声が過ぎてゆく。気にせず、自室で歴史書をめくって驚いた。あくまで個人的に。
歌人の右大臣実朝を暗殺したその甥の公暁は、住坊にて休み、西御門の三浦邸に使者をやったものの迎えが来ないので、自ら三浦邸へと、今の新宮神社付近を通過する山道に入り、「吾妻鏡」によれば、八幡宮背後の山中で三浦氏が差し向けた討手にうたれたとか。
とすると、その夜、討手は公暁の首を持って、いま僕が寝転んで本を読んでいるこの住まいの前を通った可能性が高い。道はこれ一本だけだ。もしかすると、討たれた場所のそばかも。
「愚管抄」によれば、公暁は討手から逃げて三浦邸の板塀の所で殺されたとあり、それならその遭遇場所は三浦邸からあまり遠くない場所で、このうちからもさして離れていないだろう。
これまで歌人・実朝にばかり注目していたから、公暁の動静については無関心でいたので気付かなかった。これもひとつの奇縁と呼ぶべきやら。
もっとも、現在知られていない道が、たとえば東進して八幡宮のすぐ真後ろを抜けて西御門に至るような道が昔あったなら、全部ただの妄想になってしまうわけだけどね。ふむ。
2009.08.27 避暑地の出来事
相も変わらず日焼けしそうな陽射し。それなのにあまり暑くない。これが海辺ということなのだろうか。
そろそろ風鈴を片付けようかと思いつつ、その様々な音色を聴いている。
写真を整理しながら、インターネット上の音源を聴いていたら、きれいな若々しい声でディランの「はげしい雨が降る」を唄っている女性歌手と出会い、誰だろうと検索したみたらポール・サイモン夫人だった。たしか三人目の奥さん。二人目は映画「スターウォーズ」でレイヤ姫役を最初に演じた女優さんだったような。
数年前ディランと「サウンド・オブ・サイレンス」をデュエットした時は、ディラン風歌唱でキメた、茶目っ気たっぷりのサイモン氏。お元気でなにより。
夕方、或る書籍が教えてくれた。「昔この町は避暑地として栄えた」と。どうりで涼しいはずだよ。
2009.08.25 理解できる人には
秋の色が濃くなってきた。蝉の声が大きすぎて、頭が痛い。
映画「ドント・ルック・バック」のDVDを午後つけっぱなして空など眺める。
このドキュメンタリー映画が'60年代に劇場公開されていれば日本音楽の歴史は変わったと云う意見もあるけど、僕はそうは思わない。おそらく客は映画館にほとんど来なかっただろうし、来ても当時はさっぱり理解できなかったろう。人は自分の内部にあるものしか見えないらしいから。
一方で、理解できる人には当時出回っていたレコード1枚で充分理解できたはず。きっと。
秋の空が高いよ。
2009.08.24 さよなら、さようなら
甲子園大会決勝戦をTVで眺める。6点差で最終回走者無しあとアウト一つで試合終了だったのに、試合が終わった時は1点差。好い試合だった。
太陽の燃えかがやく野の景観に、詩人の伊東静雄が、さよなら、さようならと、繰り返すそら耳。夏も終わりだ。
2009.08.23 朝食後は一人で
今朝も快晴、目覚めてすぐにステレオのスイッチを入れ、子供のリクエストにより、『ラバーソウル』を鳴らす。
ジョンとポールが
"Baby, You can drive my car"
と唄う。ジョンが好みそうな曲調だけど、歌詞は女優ジェーンとの恋愛に悩んでいたポールを思わせる内容。
"Yes, I'm gonna be a star"
うん、そうだよ。
朝食後、子供はその母と出かけたので、一人で『ラバーソウル』を聴いた。
2009.08.22 紫式部のくにで
映画監督D.A.ペネベイカーが喋っている。DVDだ。
「音楽家や画家は多いが、芸術家はその中で僅かだ」うんぬん。
ああ、そうだね。紫式部のくにの言葉で文章を書いていても、芸術になっているのは僅かだよ。
天気予報はどの社のも曇り時々雨だったけど、朝少し曇っただけで、すぐに青空、午後は猛暑だ。どうせうちで一人居るのだから、風もある、悪くない。
2009.08.21 巨大な木造五輪塔
ふと気まぐれに、毎日のようにそばを素通りしてきた、八幡宮境内の国宝館に初めて入る。目当ては北斎の鷲図と若冲の鶴図だったけど、巨大な木造五輪塔を見て、あっと声が小さく漏れた。
実朝の首塚だ。
本来は秦野市にあるべき物。以前、僕が秦野市を訪れたら、そこにはこれよりも小さな石造りの五輪塔があった。今はそれが実朝の首塚。まあ、鎌倉の八幡宮境内に安置されて、満足しているのなら、それで善いのだろう。誰が? もちろん僕じゃないよ。
鷲図は想像以上にユニークな物。まったく北斎って人は。
2009.08.19 ドストロビンとは何か
コオロギが数匹、うちの中を飛び跳ねている。何処から入り込むのかは知らないけど。唄わないで静かにしているから、まるで黒っぽいバッタだ。
あと数ヶ月で四歳になるというのに、子供のボキャブラリーは、相も変わらず舌足らずで、いいかげん。「バッハロー」とは水牛のことではなく楽聖バッハのことで、「ドストロビン」とは、ドストエフスキーでも、クック・ロビンでもなく、チェリストのロストロポーヴィッチのことらしい。暗号なみだ。
厚生省が新型インフルエンザ流行宣言だとか。まだ八月だというのにね。
2009.08.18 江ノ電よりも近い海
鎌倉駅前から辻堂行きのバスに乗った。夏は快晴。長谷から海際の道路を走る。あの江ノ電よりも波が近い。揺れている黄色いサーフボード。ブラウン系の犬が駆けてゆく。江の島に近付き、そして見えなくなるまで客は僕だけ。なんとも豪華。
それなのに、一篇の詩も、一首の歌もできないというのはどういうわけだ。まったく。
夜、今秋初めての鈴虫を聞いた。うちの周辺で普通に鳴いている。心地好い。それにしても、梅雨寒が終わり、ようやっと猛暑になったばかりだというのに。
自然は気象に正確だ。
2009.08.17 たどりつけない来客
目を悪くした子供を相方さんが連れて出た。引越早々の三ヶ月前に役所から紹介された眼科医院。お盆明けだというのに、患者はほかにいない。ふと壁の張り紙を見たら「近日閉院します」とのこと。患者が来るわけがない。なんというお役所仕事。
そうして子供がうちで昼寝などしているあいだベランダでぼんやりしていたら、前の道路で自動車の中から一人の男が近所の奥さんに声を掛けているのが聞こえた。
「この辺にミヤケさんのお宅ありませんか」
「さあ」
礼を述べることもなく男はすぐ車を発進させた。この近所で僕以外に「ミヤケ」はいないはず。あの奥さん、本当に僕を知らないのだろうか。それとも、とぼけただけだろうか。ところであの奥さん、何て名前だったかな。
2009.08.16 鬼よ笑い死ね
ふと気付いたら、今年はCDとDVDをずいぶん購入しているので、けっして遊興費というわけではないとは思うものの、たまには書籍も買わないと不勉強の謗りを免れないなと、今月次々本も買っている。
学生時代は文庫の類いばかりだったけど、いつか単行本主体となり、それが今や全集等の企画物。
もちろんそこに不安は様々にあるけど、明日のことを言うと鬼が嘲うそうだ。僕の文章は三千年後どのように読まれているのか、がたがた恐れ、五千年後どれほどの人が読んでいるのかと、たっぷり苦しみ悩んで、全世界の鬼を笑い死にさせてやれたらどんなに善いだろう。
2009.08.15 お盆は蛭子
本日は盂蘭盆会。僕は小学校を卒業すると先祖の墓と縁が切れ、まあ別に熱心にそれを求めていたわけでもないから、家族や親戚たちがお参り等すべて僕抜きで為しているのをただ見送っていたので、そうした風習は僕の中ですっかり抜け落ちている。
相方さんが小町に住んでいる人から蛭子神社の縁日に来るよう勧められたので、夜、子供と出かけて行った。「蛭子(ひるこ)」といえば恵比寿の別名だから、当然御祭神は恵比寿と思いきや、手元の資料を開くと大己貴神(おほなむちのかみ)つまり大国主命とある。何故?
数冊読み比べて理解したのは、この近くの川に今でも架かっている夷堂橋(えびすどうばし)のそばに夷堂という天台宗系のお堂がむかし在り、恵比寿像(神道系)や釈迦如来像(仏教系)などを安置していたのが、十五世紀そこが日蓮宗に転じて、土地も木像もまるごと引越したのだけど、明治時代、神仏分離令に従い神道系列を切り離してできたのが、この蛭子神社で、ところが昭和時代の末期に先の日蓮宗の寺も境内に新夷堂を建てて、そこに例の恵比寿像を祀ってしまったから、この蛭子神社の御祭神は恵比寿ではないこと。それでどうして大己貴神になるのか、いくら考えても解らないよ。
2009.08.14 カジュアルだけどシック
今日は曇り。蓮池の数は平家池の方が多いけど、一輪一輪は源氏池の方がすっくと華やいでいた。
身も魂も落ち着きなくさすらえば、この町を訪ねてくる女性たちは皆カジュアルだけどシックにきめていてとても感じが好い。散歩もそれだけで楽しくなる。こちらも華だ。
夕方、子供が目を赤くして帰ってきた。お盆休み中に罹るとは難儀な奴。
同居人ふたりは、検査だ、熱だ、何だと、医者の顔を毎月幾度も幾度も拝みにゆく。僕一人ここへ来て以来まったくそうした事と縁がない。
不幸な詩人にとって数少ない幸運は、詩人として生きられるということだとするならば、僕はまったく大過ない。病気は嫌だね。
2009.08.13 ムーンウォークでモーツァルト
長谷を歩く。正午前、芥川龍之介がエネルギーをもらいたいと願いながら食べたという力餅を買って歩くと、潮の香りがした。海が見えないから新鮮だ。
ツクツクボウシが絶叫している。
駅前のバス停ではお盆休みらしい人達の行列。みんなこの日を楽しみにしてきたというような顔、顔。
夜、一室に相方さんが手紙を書いて、子供が粘土遊びをしている。ステレオはモーツァルトで、セイジ・オザワ指揮のCD。目を塞いでいた僕の耳、子供の声で、
「マイケルのお化け作って」
と聞こえた。
先日たまたま地上波放送で目にした、大勢の妖怪がダンスするマイケル・ジャクソン「スリラー」のプロモーション・ビデオを気に入ってしまった子供。男の子というものは、妖怪とか、怪獣が好きだな。
ちなみに、ただ今のBGMは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。そこで「スリラー」とはね。妖怪達とムーンウォークを踊るモーツァルトが目に浮かんだ。
作りたてのお化けは、もちろん妖怪にも、怪獣にも見えない。あえて言えば、案山子かね。
2009.08.12 猫町を読んで
朔太郎全集を拾い読みしていたら、若山牧水の想い出を綴った文章が目に入り、びっくり。タイトルに"牧水"の文字がないからこれまで読み落としていたらしい。群馬県前橋市の自宅まで訪ねてきた牧水を朔太郎の父が「乞食のやう」なその態(なり)に、ゆすりとまちがえ、追い返すエピソードなどを読む。
そうだ。そもそも小説「猫町」を読むつもりだったのだ。それに目を通した後、昨夜初めていつも通っている三叉路のまだ歩いていない道を数件分入れば、亡き評論家の旧宅であることに気付き、散歩がてら足を伸ばし今は別人が住むお宅を一目見て部屋に戻り夕方からベッドイン。
蝉が遠くで鳴いている。
2009.08.11 それなら確証充分だけど
早朝、静岡で大きな地震があったらしい。ぜんぜん気付かなかった。こちらは揺れたのかな。
きのうから降っていた台風の雨、午後から晴れてきた。
ローソンで支払い専用機を操作していると、隣でスポーツ新聞に手を伸ばした男が、連れの友人に、覚醒剤使用で逮捕された国際的アイドル女優を大きく扱ったトップ記事、示して、
「清純派だと思ってたのに、これって詐欺罪だよな」
と話しているのを耳にして、苦笑。たしかに。女優の自宅で発見された覚醒剤は極く微量、しかも薬物検査結果は陰性だそうから、それは覚醒剤取締法違反よりも確証充分、説得力があるな。でも、この人のCD、DVD、書籍、コンサート等いっさい関わりになったことがない僕には、もちろんそんな要求をする資格はない。さて、どこまで捜査が進むのやら。
甲子園大会、二日連続途中までリードしながら雨でノーゲームにされていた如水館高校は、ようやく成立した今日の第四試合でやっぱり負けた。ツイてない人がいたのだろうな。ツキだけは逃したくないね。抱きしめたい。
2009.08.09 この夏一番
甲子園大会は雨で順延らしいけど、こちらは今年もっとも夏らしい気象でした。暑い。青空しか見えない。
でも暦の上ではもう秋。関西に住んでいた頃は立秋を過ぎると「秋来ぬと目にはさやかに見えねども」という藤原敏行の歌が身に染むこともあったけど、少なくとも今年のこの町に関しては、そんな雰囲気はゼロ。ふう。
朝食後、本日実朝祭を執り行っているはずの八幡宮へ行けば、もう祭りは終わっていた。何故か時間を知ることができなかったから。帰りに町内の掲示板を見ると、そこのポスターにちゃんと「午前十時」と記されていた。やれやれ。
夕食後、地震。かなり長く揺れた。
2009.08.08 あの祭り
陽射しの強さに何をする意欲も起こらず、テレビのスイッチを入れたら、高校野球が映り、それだけで何故か背筋がシャキッと伸びた。不思議。
夜、明日の天気予報を視ようとKTV鎌倉テレビを点けたら、八王子まつりを中継していて、あぜん。去年まで毎年祭りたけなわの国道、山車をしり目に歩いていた。これまでも何処かの局で放送していたのだろうか。もう目にすることもないだろうと思っていたのにな。
この町にも祭りは多い。あれこれとね。無聊を慰められるよ、まったく。
2009.08.07 約束ごとでもない限り
まさに太陽の季節。暑さに朝歩くのもだるい。
それでも「大河は行先も思いのままに俺を流れ下らせた」うんぬん、昔の人の詩など口遊みながら、文覚上人邸跡から滑川の支流に沿って南進すると、勝長寿院跡へ着いていた。
木の根元に「勝長寿院旧蹟」という真新しい石碑が建ち、解説を記した石碑も二基。後ろに五輪塔がふたつ控えていて、源義朝と鎌田正清を供養するために近年作られたものらしい。
史書「吾妻鏡」が正しければ、歌人将軍右大臣実朝は、母の北条政子と共に、ここに葬られたはず。この件については改めてまた考え、書かねばならないだろう。
馴染みの蓮池へ行くと、心待ちにしていた幾輪かがやっと花をつけていた。
「誰にも姿を見せるまい 約束ごとでもない限り」という昔の人の詩を口遊む。ふと約束さえあれば姿を見せるのだろうか等と考えたりもして。約束だろうか、蓮にあいさつをしたことも。
でも大切なのは過去よりもこれからの歌だから。
その後コンビニでのど飴を買った。さて、部屋に戻って書こう。
2009.08.06 御仏なれど
今年初めてハーゲンダッツのアイスクリームを口にしたら、明日はもう立秋。変なの。
外国から便り。返信として鎌倉近代文学館で手に入れた与謝野晶子作「かまくらや御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」の短冊写真を刷った葉書を送ろう、するとこの歌についても書かねばと、歌の英訳に着手。釈迦牟尼うんぬんは晶子のまちがいで、鎌倉の大仏は阿弥陀如来座像だから、この部分はカットするとしても、当然ながらこちらの英語力では「御仏なれど」で絶句してしまう。五つほど案を出しながら決定稿はなし。明日また考えるか。
2009.08.05 バターナッツカボチャ
バターナッツかぼちゃなる物が届いた。テーブルの上に置き、しげしげと眺める。ようするに外国産のカボチャらしいのだけど、形はカボチャというより巨大なピーナッツだ。自然派の俳人ならばまちがいなく一句捻るべきところだろうけど、どうにもこの姿は、いかなる概念も、思弁も拒否するユーモラスさに満ちあふれている。眺めて嗤っていよう。そしてそれは夕食のサラダになった。
風がある、好く晴れた一日。
そこで僕は僕の歌を詠んだ。
2009.08.04 まっ白なたい焼き
晴れているのに雨が降ったり、やんだり、陰ったりを繰り返していると、外出先から戻って来た相方さんが言った。でも、仕事部屋の僕には、朝からずっと薄日が射し、暑過ぎなくて心地好い空模様としか受け取れない。
パソコンを起動すると、インターネット上で、酒井法子さん、矢田亜希子さんと芸能界で名を上げた美女達のそれぞれの不幸が、声高く報じられていた。
買われて来たまっ白なたい焼きを口にして、
「めでたい、めでタイ」
などと言いながら、歌を詠む。
なんの、めでたい歌なものか、まったく。
2009.08.03 腰越の海
腰越海水浴場へ行く。布団から身を起こした時はそういうつもりじゃなかったのだけど、あまりに天気が好くて、これを逃したら今夏は海へ入る機会がないかもと思い、駅まで歩き、江ノ電に乗った。
人は空いていて、まばらなビーチパラソル、浜辺から数メートルの場所で腰や胸まで水に浸かり、ゴムボートで、あるいは浮輪ではしゃいでいる人たちばかりの横をすり抜けて、ブイの浮いている所まで泳いでふり返れば、右に小動崎、左に江の島、正面は龍口寺。小動崎の崖の下そしてひらたい岩、江の島の橋のたもとに私設電車の絵看板、龍口寺の裏山の頂上は簡単に地ならしされ、赭土がむき出しにされていてと、たくさんの言葉が頭をかけ抜け、ただぼんやり誰からも離れ、ぽつねんと海面に浮かんでいる頭ひとつ、それが僕で、その日は泳ぎ疲れた身で散文を書き始めたのが午後三時。
でも、点けていたテレビが「ニンゲンシッカク!」だの「ワガハイハネコデアル」などという歌詞でロックし終えた午前零時前には、もう瞼がふさがりそうだった。ペンを書く手も、キーボードをたたく指も眠い。
2009.08.01 夏の毛布
今日はミンミンゼミに勢いがあった。
連日、前日の天気予報は曇りで、実際は晴れ。本格的な夏日に、梅雨寒に慣れた体が追いつかず、外出はひかえた。明日はこの熱波でも出られるだろう。
もっとも夜は涼しい。昨夜は毛布など被って寝た。七月としては記憶にない。
思いがけないけど、ここは避暑地のような土地だったのかもしれないな。そして、まるで避暑地に来てるかのような一日を過ごした。悪いことじゃないだろう。たぶん。
2009.07.31 元八幡まで
朝、所用で元八幡まで足を伸ばす。源頼朝が遷宮する以前の鶴岡八幡宮がある周辺の地。新婚時代の芥川龍之介旧居跡を横切り、うなぎを買う。
平家池では白蓮が見事。多くの蕾が伸びて、まだまだこれから。源氏池にも立派な花があって、少女たちがそちらを指さして騒いでいるので、思わず微笑むと、
「見て、大きな鯉」
蓮の花も見てもらいたいものだ。
2009.07.30 翼をください
「これぞ夏!」
と宣言したくなる気候。蒸し暑い。
アブラゼミとヒグラシが元気だ。ニイニイゼミは聞こえない。クマゼミらしい声もあるけど、聞き違いかもしれないな。
九十年代に「翼をください」をヒットさせたロック歌手の訃報を聞く。七十年代にオリジナルを唄った人達は元気に活動しているそうだから、つくづく命というものは理不尽だ。
この唄、オリジナルレコーディング・ヴァージョンでは、今では二番の冒頭部と知られている一節がなくて、「子供のとき~」から二番が始まっている。つまり一番よりも二番が少し短い。僕は音楽の教科書でこの唄を知った世代なので、それを初めて聞いた時は驚き、でもこちらの方が気に入った。ただ最後に大音量で聞こえるブラスがうるさい気がしないでもない。前奏はピアノだけで、これを聞いたら、僕の通った中学の音楽教師が一生懸命そのまま再現しようと、たどたどしい手付きで悪戦苦闘していたことを思い出す。
もう耳にすることなどほとんどないのだけど。
2009.07.29 レゲエ調「セシリア」など
朝かんぺきな晴れ。旗上社へ行くと、きのう雨風で赤蓮がかなり散って、意外にも白蓮がまた花を開いたり、蕾が大きくなっている。
駅のそばで喫茶店に入り、時間を潰す。BGMがレゲエ調「セシリア」など七十年~八十年代の洋楽であることを除けば、老舗の雰囲気が有りあり。店内で岡本半三展をやっていた。
また池の前を通ると、橋の袂にある白い花がより一層大きく開いている。好かった。
夜、地方局テレビでサッカー中継。後半ロスタイムにフロンターレが同点にするシーンを視る。このチームも同じ県内にフランチャイズを置く地元だったんだな。その後、延長戦で逆転勝利。
そういえば午後、当地の甲子園大会代表校が決まったのだった。そのユニフォームが阪神そっくり。「応援しろ」ということだろうか。
2009.07.27 風鈴と竜巻寺
気持ち良く晴れた朝、駅まで歩く。途中、旗上社に寄った。さすがに蓮の花は減っているけど、まだまだこれからの花も。明日以降も来なければ。
すれ違う人達は楽しそうに連れ立って歩いている。暑いので僕は日陰の中を進んだ。でも、すぐに影は短くなって、なかなかそうもいかなくなる。ふう。
午後、仕事部屋に入る。
群馬で竜巻による大きな被害があったらしい。そういえば,この町の海辺に補陀洛寺、通称「竜巻寺」と呼ばれるほどたびたびその被害にあったという記録を残している寺がある。あるいは台風なども含んでいるのかもしれないけど、昔からこの国で竜巻が珍しいというわけではなかったらしいね。くわばら、くわばら。
戻り梅雨が長引いていたので、風鈴を飾るのをすっかり忘れていた。短冊に気の利いた夏の句でも記そうと思ったのだけど、雑念が多くて駄句しか浮かばない。
とりあえず風鈴には子供の落書きを吊るしておいた。ガラス製なので、静かに、鋭く鳴っている。好い。
2009.07.26 大仏
心地好く晴れたから、十数年ぶりに高徳院へ行く。境内に入るのは三度目だけど、大仏の胎内に入ったのも、与謝野晶子の歌碑を見たのも初めて。二度とも大仏を外から一時間ほど眺めていただけだったな。
しかも最初の時は雨だった。薄暗い空の下、山門前の土産物屋で雨やどり。黒々と濡れた大仏が目を伏せていた。
二度目は快晴。却ってブルーで所在ない気持で、屋根の下のベンチから銅(あかがね)色の大仏をじっと睨んでいた。
今はユリと百日紅が盛り。好い季節だ。
駅前で某カメラ社が観光地図の付されたチラシをくれた。名所の紹介を読むと、源頼朝の墓がある白旗神社についての説明が、鶴岡八幡宮境内の白旗神社と混同されている。
八雲神社、稲荷社など同じ名の場所は多い。訪ねる方も、気を付けて。
2009.07.25 マツダオールスター
早朝、相方さんが子供を連れて何処かへ遊びに行ったので、部屋にずっと独り。こういう時に積み残していた仕事でもあれば、これ幸いとぱっぱっと片付けてしまうべきなのだろうけど、あいにく今は依頼が何もないので、後にいっそ蓮池にでも出かければ良かったかと思ったけどその時は思い至らず、ぼんやり自分の孤独の層を睨んでいた。ふう。sigh…。
きのう今日とプロ野球マツダオールスターをテレビで視たけど、二試合ともになんともしまらない試合。最終回はマツダスタジアムだから地元である広島カープの永川投手が投げていたけど、案の定、失点。哀れ。
2009.07.24 海の季節
公式サイト更新再開一ヶ月記念。晴れて、降って、晴れて、どしゃ降り、そしてまた晴れ、以下、略。おかしな空。
学校が夏休みに入ってから、観光客らしい人たちと擦れ違うことが減った。不思議に思っていたのだけど、今日海岸のそばを歩いてきた知人の話によれば、かなりの人出だったとか。
そうか。みんな海水浴で、足を向ける方向がこちらでなくなったのだ。たぶん。
夕方は大相撲。稀勢の里が初めて関脇での勝ち越しならびに東関脇昇進ほぼ確実にし、朝青龍がやぐら投げだと。バルトと琴奨菊も勝ち越すようなら、来場所の楽しみになりそうだ。
2009.07.23 慰めてやりたい予報官
なんと快晴。きのう「明日は大雨」と予報したすべての天気予報官を慰めてやりたくなるほどの青空だ。
朝、源氏山に行き、その帰りに源氏池に寄ると、きのうの蕾の中に花開いたものがちらほら。好かった。
夜、子供が昔の写真を見たがったので、押し入れからアルバムを引っ張り出す。ここ二十数年、元旦を毎年異なる町で迎えているので、それだけでも膨大な量の写真になっている。そんな遠い風景の中に居る自分を眺めていると、見飽きない。風景を見ているのか、自分を見ているのか。そう、風景こそが僕だ。
予報では明日も雨だ。さて、どうなることやら。
2009.07.22 夏の嵐
早朝、目覚めると、きのう山口県で土砂崩れを引き起こした雨雲がやって来たのかと思うほどのどしゃ降り。もっとも服を着替えているうちに止んできた。
風も強かったのか、午後、源氏池に行くと、どの蓮も花びらが一方向に反り返っている。しばらく人から依頼がないので、蓮を観る時間にはまったく事欠かない。旗上社の境内に、風が本殿に遮られたのか、きちんと花びらが揃った一輪があって、ほっとした。まだ蕾も残っている。数十の白い鳩があてもなく砂利道をうろついていた。
2009.07.21 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。
朝食を終えて、FMラジオを点けると、サザンオールスターズの「TUNAMI」が流れた。きのうから外を歩いても、うちでラジオのチャンネルを捻っても、桑田佳祐氏の歌声ばかりが耳に入る。季節柄なのか、土地柄か。
見知らぬ人から葉書が届いた。なんとウィストン・チャーチルの切手が張ってある。
肖像画に見覚えがあったのではなく、それと判ったのはアルファベットを読んだから。左利きなのに学校から右利きになるよう強要されて一生その後遺症に苦しんだ英首相というエピソードぐらいしか印象にない。たしか大戦時に「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に」と言った人ではなかったかしら。
絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。
なるほど。がんばりますよ。
2009.07.20 幻の伊良湖崎
海の日は快晴。海には行けなかったけど。
大相撲中継を視ていると、伊良湖崎が遠景で映った。名古屋場所だからな。
歌枕、伊良湖崎。そう言えば、まだ一度も行ってなかった。いつの日か行ってみたいな。
2009.07.19 延長戦
一日中、散文を書いていた。どんよりとした曇り空。
夕方はFMを聴きながら、午睡。うっかり相撲中継を見逃すところだった。
夜は再び執筆。テレビでは巨人対阪神戦、金本選手が0対0の緊迫した延長戦10回表に決勝打をうった。その瞬間は、さすがに手が止まったよ。
2009.07.18 松ぼっくりみたいな物
三連休の初日、もっとも僕には毎日が夏休みで、しかも出勤日みたいなものだ。
八幡宮へ行くと、東鳥居の脇で子供がほぼ完全な形の松ぼっくりを二個拾った。子供も、僕も松ぼっくりが好きだ。この木の実のどこに心を惹くものがあるのだろう。
まあ、僕の作品に心惹かれる人だって、どこに心惹かれているのかどれほど確信を持って語れるだろう。つまり、僕の書いているものは、この松ぼっくりみたいなものということか。
飛躍し過ぎだな。
2009.07.17 一夜の夢
また別の蓮池へ行く。白蓮ばかりだった。
歌稿の整理は今日で一段落。日を置いて、またいずれ。この歌稿もそのうち人にきちんと示せる形にしなければね。
ひさしぶりに視たプロ野球中継は、最終回一死ランナー無しからホームラン三本で阪神タイガースが大逆転する試合だった。もちろん気分が悪いわけがないね。たとえ一夜の夢であっても。
2009.07.16 納涼会
午後、近所の何処かから「テルーの唄」が聞こえてきた。有名なアニメ映画のテーマソング。作曲、谷山浩子。詞は萩原朔太郎の詩をヒントに書かれたもの。それで、なんとなく朔太郎の詩が読みたくなって、ヒントになったという詩が収録されている「愛憐詩篇」を通読した。
夕方、保育園の納涼会に顔を出す。
さすがに子供を楽しませる術には長けているようだけど、狭い園庭に人だかり、提灯の火、花火の火などなど、暑苦しくて、まったくどこが納涼なんだか。まあ、こちらもべつに涼みに行ったわけではないからね。
2009.07.15 覚醒
部屋で大相撲テレビ観戦。関脇・稀勢ノ里、難敵・豪英道を圧倒して三連勝。先場所の十三勝といい、長らく若手日本人最強力士という前評判と星勘定が一致しなかった実力者が、ついに目覚めたのだろうか。
プロ野球の横浜ベイスターズは今日もまた勝った。日曜日に球場で愛子内親王の応援を受けて以降、ひとつも負けていない。ひょっとすると近日中にも最下位を脱出するのでは。ひとつ上の阪神タイガースのだらしなさからして、ありえないことではないな。昨年前半の快進撃を支えた選手たちが、今年はまったく戦力になっていないから。
部屋に籠って、たいへん仕事のはかどった一日だったよ。ふう。
2009.07.14 ひさしぶりの大賀蓮
ひさしぶりの日本晴れ。気象庁の関東地方梅雨明け発表に深く首肯く。当然だね。
今日は光明寺まで足を伸ばし、蓮を観賞。「古代蓮」こと大賀蓮が一輪、ピンクの花びらがきれいに伸びて、案内してくれた俗人も、
「今日が一番佳い」
というほどの完璧な満開。運が好い。
二年前の府中といい、約十年前の宇治といい、この花にはなかなか縁があるらしいよ。
池には錦蕊蓮(きんずいれん)も咲いていた。こちらは花の数が多い分、すでに散ったのやら、まだつぼみのやらが雑然としていたよ。
2009.07.13 池の亀
朝から蓮池を眺める。赤い蓮はまだつぼみが多い。
大きな亀が二匹、足もとを泳いでいた。子亀は舗装済みの岸辺で甲羅干しでもしていたか、乾いた溝に落ち込んでいて、這い上がろうと後ろ足で爪先立つこと三十分、まったく進展がないので、岸辺に置いてやると、すぐ池に飛び込んだ。
空は晴れ。僕も水に飛び込みたくなった。
報道によれば、首相は今月21日に国会衆院を解散、来月31日を投票日とするつもりだとか。夏休み全部を選挙の票おこしに充てるつもりらしい。はた迷惑な。
うるさい夏になりそうだ。
2009.07.12 送風機
雨は降らないけど、曇って、まさに梅雨明け間近の空。
蓮池では大きな鯉が悠々と泳いでいる。
夕食時あまりに蒸すので、春に購入しておいた送風機をついに回す。品名はタワーファンだったか、スリムファンだっか、そういう類い。普通の扇風機にはない、風力に変化を付ける機能などもあって、なかなか便利だ。
2009.07.11 神宮では台覧だとか
近所の神社でお祭り。子供は山車を牽き、釣竿で沢蟹を釣り、大はしゃぎだった。
夕方から夜までかけて作歌。疲れて、その後、散文に手を入れようとしても、しばらく心が動かなかった。
明日から大相撲名古屋場所。待ち遠しい。けど、今場所もやっぱり白鵬、朝青龍、日馬富士の三人が主役を張ってしまうのだろうか。
数日前、宮内庁が発表したところによれば、明日12日神宮球場のヤクルト対横浜というセ・リーグ1、2を争う不人気カードは、皇太子御一家来場の台覧試合となったとか。まさか皇太子妃がヤクルトの高田監督のファンだからなどという理由ばかりではないだろう。大相撲ファンで知られる愛子内親王、本場所初日をほっぽり出すとは、ひいきの選手でもできたのかな。
2009.07.10 仮定法だらけ
あいかわらず歌稿の整理。
思いもかけず長生きできたので、(もちろん日本人の平均寿命に達するのはまだまた遥か先だが)、ずいぶんな量の歌が詠めた。もし自分の全歌集が出版されたら、それなりのボリュームがありそう。これならほかの分野に進出してもたくさん歌ができたのではと思ったり、いったい秀歌がどれほどあるというのかと嘆息したり。
忙しい、と思ったりもする。ちょっとだけ。
2009.07.09 不調
食事をとらないで、寝ることにする。それでも公用があったので、無理を押して、午後数時間外出。疲れた。
歌稿の整理は、また明日だ。
2009.07.08 夜の腹痛
推敲・整理のため一日中歌稿とにらめっこ。夜には体調を崩して、特に腹痛がひどく、寝た。
2009.07.07 七夕祭
八幡宮で七夕祭があると聞かされ、行ってみた。五色の吹き流しが、鳥居、舞殿にも揺れている。
舞殿での舞楽にも、祝詞にも、庶民は耳をそばたてない。それでも、厳かに祭は済む。流行歌に疎い僕としては、こういう音楽でも聴かないと、日本人としての感覚が薄れそう。
べつに薄れても良いか。
池には白蓮が咲いていた。
この町に来て二ヶ月が過ぎたけど、
「どうして引越したのか」
と、まだ尋ねる人がいる。たぶん話の種としては悪くないのだ。けれど、きちんと語るのはなかなか難しい。
以前、東大阪市から茨木市に生活と仕事の場を移した時は、
「どうして茨木なのか」
と言う人はいても、引越の理由そのものを問う人はいなかった。みんなその時は謎を感じず、適当な理由を類推し、それで納得していたのだろう。でも、実際は語ろうとすると、今回よりもはるかに難問だ。
尋ねられないのだから答える必要もないのだけどね。
2009.07.06 香味焙煎の精神
まだ夏本番ではないせいか、アイスコーヒーを購入しながら、香味焙煎ばかり飲んでいる。もちろんブラックで。涼しいことは良いことだ。
近ごろ古典の詩歌句についてなんとなく考え、書くことが多い。もちろん現代人に関心がないのではなく、たまたまだ。
遠い時代の人だからこそ見えやすいものがある。それに、人麻呂や蕪村の精神が現代人とはかけ離れていると言っても、それなら田村隆一や塚本邦雄ような平成の物故者だって厳密には現代人ではない。こだわっていては読むものが無くなる。
そうしてやっぱりぼんやりしていた。もちろんたまたまではないよ。
2009.07.05 アルプス一万尺
きのうはアメリカ独立記念日。
おそらくそれに合わせてボブ・ディランはコンサート一曲目に愛国歌"Yankee Doodle Dandy"を唄ったらしいけど、この曲、日本では誰かが勝手に原詞とはまったく関係ない歌詞を付けて「アルプス一万尺」というタイトルで知られている。
アルプス一万尺 子槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ
ラーラララ、ララララ、ラーラララ、ランランラン
ラーラララ、ララララ、ランランランランラン
日本武道館で唄ったら、別の意味でさぞかしウケただろう。あるいは観客全員凍りついたかな。
あまり知られていないことだけど、子槍とは日本アルプス槍ケ岳山頂のそばにある小岩のことで、立つのがやっとというスペースしかないとか。つまり登山愛好者たちの囃し唄、ナンセンスソングらしい。
いずれにせよ、プロの歌手にステージで聞かせて欲しい唄じゃないよ。
2009.07.04 ソノシート
美鈴の和菓子を口にしながら、カザルスやジュ・プレの演奏を聴いて過ごす。
急になんだかクラシックを聴く機会が増えてきた。アンプを買い替えたせいもある。でも、思い起こしてみれば、幼稚園児から小学校低学年生のころ僕は「鱒」やら「別れの曲」やら「ラデッキー行進曲」やらのソノシートレコードを自分でプレーヤーに掛けて喜んでいる子供だったのだから、そういう自分にそろそろ返ってゆくのも不思議ではないのかも。
それだけじゃダメだけど、今さら木村カエラの唄を毎日聴き込んでいる自分を想像するのも萎える。Black Eyed Peasならば佳いのか、などという話ではないよ。
改めて聴くと、バッハもモーツァルトもどれほど単純な音を組み合わせているか、複雑なこと、突飛なことを避けているかが解る。まあ、演奏家によってはそんな単純な曲をも奇妙に歪めてしまうようだけど。
2009.07.03 小判揚
海岸へ行くと、海の家を建設中。なんだか梅雨が明けたら海に入りたくなってきたよ。
晩飯にかまぼこが出た。相方さんいわく、
「これ、ご近所からいただいたの。小判揚って謂うんだって」
コバンザメを食わされるのかと思ったら、普通のぐちとたらだった。どの土地にも独特の風味があるものだ。
2009.07.02 寺山修司の剽窃
ひどい雨。バス停は遠い。外へ出て行く人はタクシーを呼んだ。
ここ数年、寺山修司の短歌に剽窃がある件がまた騒がれている。雑誌のコラムやら単行本やらで批判と擁護双方の意見が(かなり)高らかに表明されていた。
寺山が雑誌に発表した短歌には眉をひそめるほどひどい盗用があるのは事実。でも、そうした歌は寺山自選の『寺山修司全歌集』には収録されていないし、収録しなかったことでそれらの作を寺山がどう考えていたか察せるはずで、僕には寺山支持者達がそうした作まで肩肘はって弁護しているのが不可解である一方、批判者達もそうした作を寺山の代表作と同等に扱い論じるのはフェアではないのじゃないかと思う。
もっとも、その代表作の中にもオリジナルか盗作か微妙な歌があるので、騒ぎになるのがやむを得ないところはある。自在な引用を駆使する寺山の資質からして、失敗作がただのパクリに堕してしまうのは必然的なのだ。
それにしても、この辺の問題を野放しにしておくから、今の歌壇には平然と盗作まがいの模倣作を歌集に収める輩が現われるのではないかな。
午後三時には晴れ。外出していた人が戻ってきて、汗を拭いている。子供は近所の側溝で流れゆく諸もろの葉の速さかなと、自分で拾い集めては次々投げ入れていたよ。
2009.07.01 新しい高速鉄道
意外にも雲から薄日が差し込む日和。日の光がうれしい。
たしか千秋万歳(せんずまんざい)歌の「浜出」に「夏は涼しき扇ヶ谷(やつ)」という一節があったけど、ここは扇ヶ谷から徒歩約二十分はあるにもかかわらず、案外涼しくて、この分ならば盛夏を乗り切れるかも。まあ、暑中になるまでは油断大敵。楽観するな。
子供が新しいベビー布団で眠り始めた。シーツには新幹線がデザインされている。
日本の高速鉄道についてのニュースを聞かされることが多い昨今。やれ、東京~大阪間の新しい建設路線計画だの、中国やブラジルに続きいよいよアメリカに日本式高速鉄道を走らせようだの。威勢の良いことだ。もっとも中国は技術だけちゃっかり頂戴して自国民には全部中国製であるかの宣伝と聞くよ。