2012.01.30 くつがえせる
晴天。
病気が完治すると、外は寒いし、意外に外出などしたくないもの。病み上がりでもあり、安静にして過ごす。
その合間に、所用の電話で長話。
もともと電話は好きでないのに、しかも相手は、僕がここ十年一度も会っていない数人から得た証言からの印象に基づき「おまえが文筆で生計を立てられているなんて嘘臭いね」という偏見を隠そうともしない、一面識も無い人だったから、楽しい時間であったわけはない。でも、偏見や虚偽は覆せると信じて、粘り強く話そうと試みた。
はたして、きちんと出来たか、どうか。
2012.01.29 懐かしいフィクション、新しいプリンター
ときおり差し込む日光に、晴れるのか、晴れないのかと、気をもむ朝。シンプルな昼食を終えて、ようやく好天に。
居間のテーブルに腰掛けながら、インターネットの某所でずいぶんな長文を二時間ほど掛けて読み、とても疲れる。
実話めかしているけど、リアリティーのかけらもない。薄っぺらな文章、ちりばめられた矛盾、実体験に基づいているならおそらく記憶違いがはなはだしい、なにより実体験なら力入れて書くのはそこじゃないだろ、なのにここは省略し過ぎだろと、ツッコミ所満載。
それでも、学生の頃は身近にこういう青春物のフィクションを書いていた人がいたなと、懐かしさに震えた。善くも、悪くも。
新しいプリンターが届いた。さすがに印刷速度が速い。前機と比べ、これが十年の進歩かと、嘆息。
夜に散歩。空に冬の大三角形が大きく見えた。シリウス、ペテルギウス、プロキオン。星の名なども意外に覚えているものだな。
2012.01.27 軟禁気分
就寝中また汗にまみれたので、午前五時にタオルで身を清める。これでインフルエンザはほぼ治癒したかなと、パジャマを着替えて、ふたたび床へ。
布団から起き上がろうとしたところで、いくぶん強めの地震。
さて、朝だ。
大寒だというのに、外はひさしぶりに暖かな日和。
普段通りの生活をまた始める。でも、体はまだ重い。だから外出はひかえた。
インフルエンザによる閉居生活も23日に診察を受けて戻ってから早四日目。自主的にたった四日外へ出ないことなどこれまで何度もあったけど、いつしか監禁気分で、ストレスが溜まる、たまる。いや、それをいうなら、むしろ軟禁か。
およそ十年使用してきたプリンターが低調で、まったく印字しない。どうやら買い替えねばならないようだ。
2012.01.26 今日もインフルエンザ
穏やかな冬晴れ。
病状はかなり好い。それでも全快には遠い。
かくして熱の下がったインフルエンザ患者として安静にして過ごした。つまり、だいたい寝て過ごし、ときおりささやかな活動をする。
といっても、たいしたことはできない。
午後、軽めの娯楽本を斜め読みするも、疲れて、夕方にはしばし寝込んだ。
2012.01.24 いかにもインフルエンザ
目覚めると、全身が汗まみれ。体温計で測定していないけど、昨夜はずいぶんな熱だったのだろう。いかにも病人。今朝は頭痛もある。
外はひさしぶりに気持ち好いほどの快晴。
もっとも、こちらはインフルエンザ患者として、終日熟睡だ。
2012.01.23 はじめてのインフルエンザ
近々雪が降るかもしれない、でも今は薄日がある、そんな曇り空。
咳、喉の痛み、鼻づまり、微熱等の症状があり、午後しだいに体がだるくなってきた。今朝うちの子供にインフルエンザの診断が下っていたので、同じ医院に往く。
診察ではいきなり左鼻に長い綿棒を突っ込まれ、すぐ結果が出た。陽性。人生はじめてのインフルエンザ感染という診断が出た。昔は医者でさえ風邪との区別がつきにくいとされたこの病気も、今ではこんな簡単に区別がつくらしい。
医院を出て、午後二時に背広は着ていないにしても、まともな身なりの男が、インフルエンザ患者として薬局に寄ったら、どれほど同情してもらえるか、たっぷり堪能。
帰宅後、子供の隣でぐっすりと寝た。
2012.01.22 難しい電球交換
夕方少しだけ晴れてホッとした。それほどずっとどんよりと冷え込んだ一日。
おととい門灯が切れた。当然ながら、こちらが電球を交換すべきなのだけど、どうすればガラスが外れるのかがわからないので、大家に連絡をとったら、今朝いきなりやってきて、付け替えてくれた。説明を受けて、はじめてどれがネジなのかがわかる。まったく難しい。
何も書いてないパソコン画面のテキストと大学ノートを交互に見つめる。いくら見ていたって何が書けるものでもないのだけど、見もしないよりはマシだろうと。
そうして一日が過ぎる。
夜、子供が熱を出した。風邪だろうか。移されたくはないな。
2012.01.21 ことばを作る
プライベートで逗子へ行く。
きのうのように雪は降っていない。ときおりの小雨まじり。それなのに今日のほうが寒く感じる。いや、まちがいなく気温も低い。たまらない。
空き部屋と空き時間を見つけては、図書館から借りた本を読んだ。暇潰しにふさわしく、おもしろいけど、僕が書きたい文章には遠い。
僕が書きたい文章は、僕自身が自腹を切ってでも読みたい文章だから。
それは、ことばを使おうとしている作品、ことばに使われている作品が氾濫している中に抗して、ことばを作ろうとしている作品だ。ことばが思想を作り、個人を作り、社会を作り、国を作り、世界を作るものだから。
そして、もっともことばを作っている人こそが「詩人」だと信じる。いわゆる「詩を書いている人」ではなく。
2012.01.20 湘南の海に雪
朝、湘南の海に降りしきる雪を眺める。
恐ろしいほどの霧で、沖ほど水がせり上がって見えて、水平線がまるですぐそばに横たわっているよう。
風か強まり、吹雪いてきた。たちまち全身がずぶ濡れになった。
むかし日本海に降る雪を歌に詠んだことを思い出して、でもその歌のことばがまったく頭に浮かんでこないのは、今のこの風景とは違いがあり過ぎるからだろうか。
コートが乾くまで喫茶店にて一服。
午後しばらくして雨になり、やがて止んだ。
2012.01.19 リスクが低い
正午前の約束までミステリー小説を読んで過ごす。
僕はつくづくフィクションが好きな人間だと思う。フィクションが好きということは、現実に他人をぶっ殺すよりも、誰かが作った殺人シーンを楽しんだり、自分で想像したりする方を選ぶということ。不可避であれば、その方が善いに決まっている。まったくね。
大相撲は本日のメインイベントの二番が両方とも立ち会いの変化という注文相撲で決した。少々がっかり。
数年前なぜか「立ち会いで両手をしっかり付け」などという通告が出るまでは、立ち会いに片手をちょんと土俵に触れるていどの力士が朝青龍を筆頭に幾らもいて、注文相撲は失敗に終わることが多かったのが、近年立ち会いに両手をしっかり付いて勢い良くぶつかり合うことが増えてから、力士達は注文相撲に対応しづらくなっているのでは。立ち会いの変化は、横綱貴乃花や大関栃東もたびたび繰り返した普通の技だけど、失敗すると惨敗必至のリスクが高い技のはずが、今はあまりに簡単に決まり過ぎる。大相撲のためには改善が必要と思う。
2012.01.18 おいしいタイ米
起床時からとりあえず下着まですべて黒一色でかため、ジャンパーも黒にして、午前十一時建長寺での葬儀の末席に列なった後も、寒風吹きすさぶなか、あちらこちらに寄って、家に戻ったら、はや午後二時半。
ジャスミン米というタイ米が送られてきた。
それで夕食はタイ料理。意外にもその専用スパイス等も探せば簡単に手に入るらしい。国際化だ。
ひとむかし、いや、そろそろ二昔ほど前になる米不足の時に輸入されて米騒動に滑車をかけた例の余剰タイ米とは、あきらか違う。ぱさついていて、おいしい。これが本当のタイ米なのだな。
「タイ米」と聞いて、一瞬ぞっとしたけど、ホッとした。
ただしタイ料理には当方がアレルギーを起こす食材が頻繁に使われているそうで、あまり食べる機会はないだろう。
2012.01.17 センリョウとマンリョウの木
床に着く前あまりにも寒いので幾度か外を見たけど、雪は降っていない。降っていないのが不思議なほど寒い。
それでも朝食後しだいに晴れてきた。
玄関の脇にセンリョウとマンリョウの木が植えてある。引っ越してきた当初はたいして気にも留めていなかったけど、冬になり、赤い実を付け、そのまま正月を迎えると、そこは縁起物で、自然に目に入ってきた。どちらも赤がとても鮮やかで、しばらく目を楽しませてくれそうだ。
そんなささやかなことを書いて、人に読ませて、また書いて、人に読ませて、過ぎてゆく人生。でも、だからこそそれが愛しい。
午後は歌作に精を出す。
連日の大相撲TV観戦。相撲そのものは良いのに、アナウンサーと解説者の組み合わせが最悪。解説者が初心者ならば、手慣れたアナウンサーを付ければ良いのに、どちらも今一歩ではね。
2012.01.15 ダダやらパンクやら
昼食をとりに外出。ひさしぶりにイタ飯を食う。
午後なんとなくダダという昔の芸術運動についての一書を読み、その若気の至りと呼びたくなるエネルギーと邪道と評したくなる作品の低劣さの点でパンクやらなんやら様々な類似品が、頭をよぎっては、消えた。ああ、嫌だ、イヤだ。
それにしても、こうして昔についての本を読むと、「純文学の危機」だの「短歌は滅亡する」だの「俳句は文学ではない」だのジャーナリズムはつくづく同じことばかり言っているということが、よくわかるよ。
2012.01.13 悲劇的で不幸
未明冷え込んでいたのが、日が昇ると、まもなくまずまずの陽気に。
そこでぶらぶら散歩。
嫌いで、きらいでしようがない人を毎日のように殴りながら暮らしているところを想像してみる。言葉にしてみればなんだかとても異常な状況のようだけど、実際は今の世の中でけっして珍しいことではないことを僕らは知っているし、自分自身がそうはならなかったのなら、それも好運のひとつでしかない。たとえ運だけではないとしても。
誰だって、悲劇的で、不幸な人生を送りたいと思う人がいるだろうか。
すくなくとも僕はそんな人生を望んだことはない。むしろ悲劇的であることから逃れよう、のがれようとして、これまでの選択をしてきたとは断言できる。そしてもし別の人生を選んでいたらそれがどれほど悲劇的であったかということにも確信が持てる。自分のことだから。未来のことは確信が持てなくとも、僕にだって解ることはある。少しは。
2012.01.12 半日を一首
さむい。寒気で掌がしびれるほど。もっとも陽射しのおかげで、しだいにそれもやわらいだ。
半日をたった一首の歌で潰す。とりあえず出来た歌の推敲案を、あれか、これかと並べていただけ。ふん。
夜半、最新のボブ・ディランのすばらしいパフォーマンス映像に驚嘆する。映画監督マーティン・スコセッシが放送映画批評家協会賞で名誉賞を受賞したセレモニーでのこと。
「驚嘆する」などと書きながら、その一方でオーティス・レディングのような歌唱力で鳴らした人が「好きな歌手はボブ・ディラン」と答えたという噂を聞くと、「ディランのあの声で? あの歌い方で?」と意外感がぬぐえず、逆に「ほんとうは自分はディランの凄さをこれっぽっちも理解できていないのかもしれない」と、却って不安になる。
それとも、凄いのはオーティスのリップサービスのほうなのだろうか。
残念ながら、オーティスのコメントの件は、確かな出典を見つけられなかったからデマかもしれない、と、思っておく。
2012.01.11 巡り合わせ
午前中すこし遠出して買い物。黒のスエットやら、ジーパンやら、望みの物があっさり見つかってゆくのは、運が好いのか、お目当てのイメージがきちんと具体的であるからか。これも巡り合わせだ。
就寝前にインターネット上で「抱きしめたい」のまともなライヴ映像を初めて見つけて、興奮。ビートルズの有名な曲で、多くの演奏映像があることを知りながらこれまで目にする機会がなかった数少ない曲。DVD「アンソロジー」では、アコースティックギターを弾いているライヴ映像にエレクトリック音源をかぶせた、珍妙な一品だったからな。これも巡り合わせだ。
2012.01.10 ドキンちゃんのワガママ
午前をインターネットで潰す。
子供はアニメの「アンパンマン」を視ている。
相も変わらずドキンちゃんのワガママを実現させようとバイキンマンが悪さをして、「正義の味方」アンパンマンに退治されるというストーリー。以前ドキンちゃんのキャラクターは作者の母と妻によるものと聞いた。すると、このアニメは作者がみずからの周辺の女性たちにふりまわされている自分をバイキンマンに見立て、ラストで自分と女性ともども正義にやっつけられる話なのだと受け取れば、ドキンちゃんがどれほど悪事にかかわろうとも「正義の味方」側から友好的に手を差し伸べられていることも納得できて、(時にはバイキンマンと一緒に、あるいは巻き添えをくってやっつけられてもいるが)、哲人ニーチェが母と妹によって発狂したというエピソード等も思い合わせてしまい、作者の心情に同情してしまった。
むろんベテランの作者には大きなお世話だろうが。
午後はあれこれと書いた。
2012.01.09 暖かな日々
晩秋から炬燵だの、ヒーターだので暖をとるようになっていたのが、ここひと月程ほとんど暖房を使用することのない日々が続いている。寒気がゆるんだのでも、むりに我慢しているのでもない。たんに体が冬に馴染んだだけ。とはいえ、この土地の気候とこの家のおかげであろう。
だからといって引っ越し前よりも光熱費が安くなったわけではなさそうではあるが。
とりあえず、今日も日光に暖められた部屋で、あれこれ書いて過ごす。
夕方は昨日同様に大相撲中継。解説者が三人とアナウンサーが一人で、あまりにうるさい。四人のうちの誰が悪いというのではなく、お喋りがあんなに集まって言いたいことを言えば収拾がつかなくなるのは必然。解説を三人も読んだ企画がそもそもまちがい。解説そのものは、わかりやすく、独自の視点でおもしろいものがあったのだから、よけいに残念。もっと静かに視せてくれ。
2012.01.08 別れを告げる時
休日に家で一人。同じ状況でも平日ならば自室で来客を無視して書き物でもしているところだろうけど、なにもそこまで精を出す必要はないと、居間で本を開けたり、パソコンをたたいたり。
BGMはサラ・ブライトマン。二人の旅立ちを勇ましい曲調で飾る「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は「別れを告げる時」というタイトルでありながら何にさよならしているのか具体的には何も語らない。男女の出会いそのものが、それまですべての過去との決別ということであろうか。
むろん人とも。
2012.01.07 春の七草とペルニーク
七草粥を食べていた朝は冷え込んだ曇り空だったのが、あれこれ書いているうちに気付いたら、暖かな陽射しの中。
ちなみに、古く万葉集で山上憶良が歌に詠んだ「秋の七草」に対し、「春の七草」は南北朝時代以降の文献にしか現われず、有名な「芹なづな御形はこべら仏の座すずなすずしろこれぞ七草」にしても、これは和歌ではなく、複数の人達が思い思いの七種の草を挙げて「これぞ(春の)七草」「これぞ七草」と主張しあって今の七種に定着するうちに、できあがった標語みたいなものらしい。
まあ、詩情からしてとりたてて詩(うた)なんて呼べるシロモノでもないし。
平安時代には、稗、黍、胡麻、小豆などが入った、現在とはまったく異なるお粥を一月七日に食べていたそうで、現在の七草粥はせいぜい江戸時代からだとか。
閑話休題。とにかく七草粥を食べて、今日を始めたのだ。
ティータイムには子供のお手製でペルニークパウダーを使ったケーキを食べた。クリスマスのクッキー用にするのが一般的らしいが、これはこれでなかなかイケるから、あるいはクッキーよりも美味しいのかも。
2012.01.06 散財の松の内
朝、改装初日の古書店に入り、あれこれ買いこむ。「レジが動かない」と、店はいかにも初日らしいトラブルに四苦八苦されていた。みずからの運命に耐えつつも常日頃から望んでいる物が不意に手に入ったのなら、どんなささやかな物であれ、小さくてもそれはひとつの僥倖。
ほかにも、初仕事というわけではないが、本屋をめぐり、めぼしい物を購入し、また、次々と借りて歩く。
松の内なんて、どうせ散財の日々なのだ。逆の立場に立てば、荒稼ぎの日々にもなるのだろうが。
三が日が過ぎたとはいえ、境内にはまだ人がいっぱい。帰りは参道を避けて、人通りの少ないバス道を往った。
それでも毎年のように賀状のトリを飾ってくれる人の一枚が夕刻届いたから、正月気分もおしまいだ。
2012.01.05 文化人はいない
早朝。快晴の下、さまざまな人達から年始の御挨拶を口頭で聞いた。
終日、不毛な思索で過ぎる。やれやれ。
インターネットでたまたま自分と同い年の著名人一覧表を見つけ、しばし眺める。前に見た時は僕も二十代だったから、そこにある名はアイドル歌手ぐらいのもので、その名も最近はとんと聞かなくなり、今でも昔と変わらずそこに名を列ねているのは某女優さんくらいのもの。
それにしても、学者も、アーティストも、文化人が一人もいないこの人選はどうよ。ああ、ロック・アーティストはいるな。ふむ。
2012.01.03 弁天、弁天
朝からぶらぶら散歩。てっきりたんなる曇り日と合点していたら小雪まじり、かと思えばいつしか晴れて、冷え込んだ一日。長谷寺には弁天窟、宝戒寺に掛軸、国宝館には弁財天座像と、世界は弁天様がいっぱいだ。
家に戻り、昨年末にいただいて壁に貼った世界地図と万国旗が印刷されたカレンダーを昼食後にぼんやり眺める。十代の頃はたびたび地図帳を授業中に広げたりもしたけど、最近はとんとそういうこともなく、こうして昔と違う国境やら、地名やら、見覚えのない国旗やらが、ずいぶんあることに改めて感じ入った。
かくして年頭から詠歌に励む。
深夜にはドリップコーヒーを片手に映画を観て、こういうのも正月っぽいかな。
2012.01.02 笑う門には福来たる
外の天候など無視して、だらだらと正月を過ごす。
子供は福笑いを楽しんでいる。本人が棚から引っ張りだして目隠しに使っている手拭には、偶然「笑門來福」の文字。もちろん子供は、おかしなところに紙製の目や口を置いて、笑いっぱなしだ。
箱根駅伝を生中継で視ていても、CMとか、選手のコメントとか、何かと震災関連の話題は尽きない。みんなで被災地の事情を忘れないようにと努めているのならば、なにはともあれ善いことなのだろう。
そういえば、昨日の午後二時半頃こちらにも地震があった。まだまだ地震とは誰も簡単に手を切れそうもないね。
とりあえず「笑う門には福来たる」ということで。
2012.01.01 雲竜への御挨拶
例年になく元旦早々に年賀状がどっと来た。これまでは松の内までぽつりぽつりと届いていたのに。去年こちらからは一枚も出さなかったのだから、とりあえず佳い兆候と受け取っておこう。
お雑煮を食べた後、近所の寺社巡りを兼ねて、ぶらぶら歩く。国道に交通規制が引かれていて、たいてい日祝日には渋滞している道だというのに、自動車は極稀で、ほとんど歩行者天国。
去年は氷結してカモが氷の上を歩いていた池のほとりを通れば、今年の暖かさがわかる。
途中疲れて、建長寺に寄り、法堂の天井の竜に御挨拶し、金ピカの唐門のわきを抜け、心字池のある庭園に面した廻廊のベンチで休んだ。何度観ても、なぜか眺め甲斐のある庭だよ。