あ・はるふ・まんすりー・こめんと 1999年3月24日

 
  だんごとたいやき

 歌は歌でも、今、日本でもっともよく耳にする歌の話から。

 もちろん「だんご三兄弟」です。各チャート一位はもちろん、CD製造工場の生産がおいつかないほどの売れゆきだそうで。
 アルゼンチン発祥のダンス曲・タンゴのリズムで、ダンゴの曲。だじゃれ、現在の流行語でいえば「おやじギャグ」のセンスなのに、タンゴを知らない幼児にうけて大ヒット。
 「黒猫のタンゴ」よりひどい。あれも、タンゴに日本語の詞をつけた、往年のヒット曲。
 だじゃれに文句言われ続けたおやじさん達の逆襲か、単に財布の紐をゆるめる為に企まれた政府と経団連の陰謀か、ひょっとすると、発行した地域振興券こと商品券の回収作業かもしれん。
 まあ、冗談はさておき、しかし、そもそも、これ、佳い歌なのか。

 ところで僕は、これまでの日本音楽業界最大ヒット曲「およげ! たいやきくん」の世代です。レコードも持ってました。
 これも、子ども向けテレビ番組が、発信源でしたね。しかも、「だんご三兄弟」同様、アニメーション付きで。
 つらつら記憶をさぐってみるに、普段あれほどこのおもちゃが欲しいだの、この本買ってだのと頼んでもなかなか応じてくれない親が、このときはあっさりしたもんだった。ようするに、大人の方が買うよりしかたない強迫観念にとらわれるんだろうね。欲しがる子供を見て安心する一面もあるかもしれない。子供はこういう親の弱味を見逃しません。つまり、欲しいからねだるのではなく、買ってくれそうだから試しにねだってみる。(僕はこういう親の心理を見抜くのが苦手でしたが、妹はまったくほれぼれするほどでした)。これに友達が持ってるから羨ましがる奴が加わり、それが桁外れな売り上げに結び付いてゆく。
 思い出すのは、修学旅行バスの中、レコードB 面の「いっぽんでもニンジン」をマイク握りしめて唄ったこと。級友達も大声で掛け声入れてくれて、つまり、みんな知ってたわけ、B 面でも。それから、「A 面よりこちらが好いよな」と話し合ったりした。もちろん、今聴けば「たいやきくん」の方がずっと優れた歌だけど。そんなものなんだな、子供って。
 僕が好きだったのはあのユニークなアニメーションです。「だんご三兄弟」を喜ぶ子供も、あのタイトルそのままのサビ部分に重なる声と文字の簡潔さをおもしろがってるんじゃないだろうか。
 子供の頃、「およげ! たいやきくん」の歌が(テレビ映像が、じゃないよ)、好きで好きでたまらなかったという方、いらっしゃったらメールください。どれほどいるのやら、知りたい。

 

 
  
和歌・君が代

 また日の丸・君が代が注目されてますね。国旗・国歌か、否か、と。日本共産党も以前ほど強硬でなく、強硬なのはむしろ一部官僚のようですが、さて、ついに積年の問題が解決するのでしょうか。
 このふたつを分けて考えれば、日の丸はおそらくかたづくでしょう。本来は政府が海外に遣わせる船の印だったとか、ようするに外国とわたりあうならこれらしい。でも、国民に敬礼させる旗ではないね。歴史上、皇室ともあまり関係ない。
 問題は君が代。
 僕は初めて耳にしたのが大相撲中継だったから、子供の頃は相撲の歌だと思ってました。オリンピック放送で自分の間違いに気付き、どうやらスポーツのテーマソングなのだろうと訂正。小学校で革新系教師から(たぶん日教組だったのだろう)、あれは天皇を称える歌だから唄っちゃいけないと指導され、でもそう教えられなくても、いままで一度も唱わなければいけない場に立たされたことがなく、当然唄った体験なし。けれど暗唱はできるんだな。

  君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで

 それにしても、これは不思議な歌ですね。
 小石が巌になるのだし。どの辞書を引いても、「さざれ石」とは「小石」のことです。
 唐の随筆から借りた表現というから、予備知識をもとにした誇張法と採ればいいのかな。実際は起こりえないことを祈るというのは、今でもよく使う詩的技法。太陽よ沈むな、とか。現代人より自然観察の点でははるかにまさっていた古代人が、本気でそんな非現実的現象を信じていたとはどうしても考えられない。あるいは、人間の子供が育ち、大人になり、やがて苔むすように老いることへの譬喩なのでしょうか。
 もとは、橘のなんとか(名前忘れた)が嵯峨天皇に奉った「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりてこけのむすまで」らしい。でも、約1100年前に作られた『古今和歌集』の本文では、何故かこの歌には「詠み人知らず」、つまり作者不詳と記されてる。作者の身分が低いからと解釈すべきなのかもしれないけど、まあ撰者の紀貫之たちも、記憶にない名はよく調べもしなかったのかもしれない。ほかにこの某の事蹟に伝えるほどの何程もなかったようだし。
 いつ第一句が「君が代は」に換わったのかも不明。歌学者・顕昭の言うとおり藤原公任が知ってたなら平安中期。それなら、折口信夫の「早くに」という断言にも通じるのだけど。
 平安時代の詞は多くが短歌形式で、「君が代」で始まるのも結構ある。鎌倉時代の延年舞曲は僧家が法会のあと行なった演技なのに、やっぱり「君が代は」で始める歌がちらほら。いったいどうして僧が「君が代」なのかさっぱり解らない。
 それはともかく、歌をあくまで歌としてとらえるなら、僕は古今集収録歌がずば抜けていると思う。貫之はやっぱりたいした方です。おそらく大前張、倭舞、東遊と、あらゆる歌に目を通し、耳にし、選んだのでしょう。
 もし現在の「君が代」が後世の手直しによるものだとしたら、改悪です。聴いてて哀しい。

 

 
  さて

 この春は、夏日でたちまち桜の莟もほころぶかと思ったら、その二日後に雪と、すさまじい寒暖差ですね。みなさん、体には気をつけましょう。
 先日、映画監督スタンリー・キューブリック死去についてのメールがきたので、本当はそこから始めたかったのだけど、発信者が公表に応じてないし、僕もそれほどキューブリックにくわしいわけでもないから、アカデミー賞もしっかり無視して、こんなことばかり。
 次回はもう少し多様にいきたいものです。

 

 御意見、御感想がございましたら、お聞かせください。
 無断転載は禁じます。Copyright(C),Miyake Satoru,1999

Online Order

書店でなくても本は買える!
 

次回

前回

あ・はるふ・まんすりー・こめんと 一覧   三宅惺ホームページ