あ・はるふ・まんすりー・こめんと 1999年6月8日

 
  
サインは何処だ

 今回初めて新書スタイルで著書を刊行。できあがったばかりの本を手に取り、表紙をしげしげ眺め、パラパラめくり、結構悦に入っていたのですが、突然あることに気付きました。
 著者サインは何処にすれば善いのだ?
 三文文士が何言うか、などと片付けてはいけません。ベストセラー作家だろうが、自分史だけの俄(にわか)ライターだろうが、サインはするのです。
 普通ハードカバー本の場合、表紙をめくると、着色の厚紙があり、そこにサインをするのですね。ところが、新書版の場合、表紙をめくると表題ページ(中表紙)。その右隣は表紙カバーにほとんどふさがれてしまっているから、すると、この表題の横に書くべきなのか、それとも、その裏の白紙ページの方が善いのか。
 結局、一晩考えてもわからず、翌朝出版社に電話。
 「あのう、とってもくだらないこと尋ねますけど、今お時間ありますか?」
 このとき電話を取ったその人はどのような表情を浮かべてたのやら。知らない方が良いことってあるんだよ、やっぱり。

 

 
  
「月のむこうがわ」について

 「月のむこうがわ」出荷したそうです。
 この作品は扱った時期が、今雑誌連載している「鳥が飛ばなゃならないように-うたにひかれて2-」と重なってるので、「歌集版・鳥が〜」という雰囲気がないでもない。先にこちらを読まれたら、次回のネタバレかも。もっとも、僕が散文をまた書き始めたのは、歌にしきれない素材を生かしたかったからだから、最終回とは何も関係ないです。まだ描きあげてないけど…。鬼が嗤うな。
 本篇は十五の連作から成り立ってます。
 異性との直接交遊は「安威川のほとりで」と「ハロー・グッバイ」に集中しましたが、僕の本ですから全篇恋歌だらけ。いつまで続く、このぬかるみぞ、なんちゃって。
 でも今回の特色はやはり「災厄の街」と「死にゆく人」でしょう。
 「災厄の街」は兵庫県南部地震、俗にいう阪神淡路大震災の記録で、同種の作品は事欠かず、むしろ飽和気味で、関心のない方は読みとばしてくれても結構ですが、どうしてもこれだけは残しておきたいと感じた十数首を入れました。
 「死にゆく人」は身近に脳死患者が出まして、目もひらかず口もきけない人を見舞う日々を詠んだものです。素材からして変化に乏しく、読者を退屈させないよう気をくばりましたが、はたして成功したかどうか。
 愛と死が程良いバランスをなしていれば佳いのですが。
 それから今回は「サボタージュ」「一等星きらら」「紅抄(kurenai-shou)」「エピローグ」等、歌集タイトルより連作タイトルの方を気に入ってます。ちなみにこの表題は作中の一首から付けました。すでに数件この題について質問をいただいておりますが、その意味は多義的で、ひとつの由来に収まりません。べつにナンセンスだと思ってくれてもいいんですよ。
 なお、本書発行社である新風舎のホームページでは、近日、表紙写真と内容紹介文をOrder Form付きで載せるそうです。この表紙は一見の価値あり。僕はオリジナル歌集の装幀に今回初めてノー・タッチだったのですが、絶句する出来でした。どうぞ御覧になってください、表紙だけでも。
 
 <追記> 掲載は今月21日頃とのことです。
 <追記2> 現在は出版社サイトの新刊紹介欄から既に外されてます。

 

 
  
Great D氏 

 この間テレビをつけた途端、「世界の車窓から」で、ディランの「アイ・ウォント・ユー」が流れてきたから、目的の天気予報ほったらかし、そのままぼーっと映像を見てた。「メンフィス・ブルース・アゲイン」の方が画にあってると思いながら。それとも、車窓だから「悲しみははてしなく(IT TAKES A LOT TO LAUGH,IT TAKES A TRAIN TO CRY)」だろうか。
 あいかわらず話題に事欠かないGreat D氏。
 ところで、(「貴方の頁」で想い出したのだけど)、シェリル・クロウが歌った「ミシシッピー」は、ビリー・ジョエルの「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」よりも、ずっと僕の琴線にふれました。いずれもD氏の曲です。個人的な趣味ですけど。

 

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