奈良の大文字
盂蘭盆は、奈良の大文字送り火の為、飛火野へ観光客の一人と成りに行きました。 京都を始め、いくつかの送り火を拝ませもらったけれど、今回は「大きさ日本一」の宣伝文句に煽られ、とっても期待してのに、闇に浮かび上がった大の字は、緩やかな斜面に描かれているらしく、寝そべって見えた。回りの客も早々に引き上げてゆく。流行りの「たれぱんだ」ふうに言えば、「たれ大文字」。翌日は猛暑で、こちらがたれていました。しかし、この「たれる」は、文語の「垂る」の意味に近いのではないかいな。 ところで、どうして何処も彼処も一様に「大」を採用するのでしょう。大文字が有名だからって、あまりに右に倣え。独創性に欠けませんか。どうせ宗教行事というより、観光産業なんだから、ハートマークとかニコチャンマークで良いじゃないか、と話したら、そういうのはあまりにポップアート的発想だとかたづけられた。まあ、そういうのがおもしろいと本気で思っているわけじゃないけどさ。 そういえば、数年前、京都で「大」を「犬」にするトクシン(?)行為が試みられた事件を知っていますか。だれでも思い付きそうなことだけど、本当にやってしまうのが、おかしい。僕は「天」にしてみるのも悪くないなあなどと考えて、「おもしろくない」と言われてます。でも、「太」も「犬」ほどのインパクトはないよね。 ともあれ、触らぬ神に祟り無し、です。それなら、一人、部屋でたれているのが、正しい。たぶん。
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