うんざりする事件
どの時代にも痛ましい事件というのはありますが、九十年代以後、十代から三十代の男独りが、女、特に幼女や老婆を狙ったもの多発しているようです。また、大勢が少数(時には一人)を集中攻撃する類も御同様。要するに、より弱い対象を見い出した途端、容赦なく叩き潰す訳。だから、みんな最も弱い者にされないようにがんばっているのでしょう。 でも、そういう括り方をしても何が解ったというのでもない、どういう括り方をしてもそこから漏れる出来事はあるわけで、正論を語る人はいるけど有益にはなりませんね。僕だって納得いかない。 ただ、僕はそうした事件が起こるたびに、どうして自分はこういう犯罪をしなかったのか、現にまだしていないのか考えます。そうすると、たとえば僕の場合だと「文章を書くようになったから」とか、一応の答えはありますが、ではどうして彼等にそうしたものが見つからなかったのか、どうして自分にはそういう答えがあるのか、突き詰めてゆけば、自分と彼等との距離が幾らかつかめてくるのです。 その結果、残るのは、彼等に対する心からの侮蔑と共感です。 たから、僕はこうした悲劇が繰り返されるごとに、うんざりとした疲労感を覚えるのです。
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