あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2000年6月26日

 
  紅の豚、いまさらながら

 知人とテレビのある部屋に居たら、宮崎駿監督のアニメ映画「紅の豚」が映った。何気なく新聞を取ると、〈1992年〉とある。もうそんなに経ったのかと感慨無量。それで、久石譲「帰らざる日々」「Friend」「遠き時代を求めて」、上々颱風「たぬきはいま…」、野見祐二「丘の町」「追憶」等、スタジオジプリ・サウンドトラックをBGMとして回想に浸ってみる。
 「紅の豚」を観たのは、たしか難波の映画館だったと思う。ジプリの映画は毎回重いテーマなのにこの時も場内は笑いっぱなしで楽しかったけど、テレビだと「この場面で爆笑だったなあ」などと思い出すだけで、その重さにどっぷり浸かってしまった。
 単純に言えば、これは第二次大戦前のイタリアに舞台を借りて、冷戦終決期におけるユートピア思想の破産を描いているのだろうし、はなからユートピアなんて信じてない僕等にも何を信じれば良いのかさっぱり解らない現実に対する共感はあって、ポップな山本健司編曲で聴き慣れた加藤登紀子歌う「時には昔の話を」が菅野よう子のしっとりしたピアノアレンジに生まれ変わってラストシーンを飾られると、ちょっと胸が締め付けられる。あれが流れず少女の独白で終わっていれば、ハッピーエンドに近いものを想像してしまいかねないところを、あの歌でその後に続くはずの戦争やら何やらたっぷり思い起こされてしまうのだから、最後の飛行シーンがとてもせつない。
 主人公の豚と殴り合ったアメリカ人は、その後ムッソリーニのイタリア軍と派手にやりあったんだろうな。日独伊三国軍事同盟を結びイタリアの友軍だった日本も同様、やられにやられることになる。豚のように戦った日本人はいなかった。それが善いのかどうかはともかく。
 ジプリの映画は、その後「平成狸合戦ぽんぽこ」「耳をすませば」と、しだいに苦渋の色が濃くなり、あの大ヒット作「もののけ姫」に至るのは承知の通り。「ぽんぽこ」のように化け物を使った露骨な社会批判よりも、「耳をすませば」についていろいろ考えてしまうのは、「ぽんぽこ」の後に、より深い「もののけ姫」が登場したからかな。もっとも「もののけ姫」だと〈神〉について述べたくなるのは、なんなのでしょうね。でも、言わない。
 BGMはいつのまにか「この空を飛べたら」になっちゃった。

 

 
  
二十歳の渾名

 ところで。
 大学入学直後からしばらく、僕は「玉蟲(オウム)」と呼ばれることになりました。玉蟲とは宮崎駿アニメ「風の谷のナウシカ」に登場する巨大な青虫です。男からは「オウム」と呼び捨て、女性からも「オウム君」でした。
 「お帰り。ここはおまえの来る場所じゃないのよ」
 ナウシカにそう諭されている映画の冒頭シーンの玉蟲、そういう雰囲気があるのだそうです。
 何処に行ってもそう言われかねない部分は今でも変わらないのでしょう、たぶん。
 ちなみに僕は「風の谷のナウシカ」は映画より劇画の方が好きですね。

 

 
  
生まれ出でぬ悩み

 古紙回収の日、街路に積み上げられた雑誌類の束から有島武郎の文庫本が目に止まったので、拝借してきた。これも立派な廃物利用だ。
 大正時代の小説は不思議に僕の心をあまり惹かない。鴎外・漱石の晩年作や川端・横光・梶井・井伏等の初期作を除けば、谷崎にせよ昭和の傑作群には及ばないから、芥川と有島の一部が特に輝いて見える。
 もっとも、その有島にしたって「或る女」「カインの末裔」ほか、指折り数えるほどでもない。たとえば拾ったばかりの「生まれ出づる悩み」も、たしか初めて読んだのは中高生のころ、教科書に冒頭部が載っていておもしろかったから全文読んだのだけど、不掲載部分はとても退屈でがっかりした覚えがあった。読み返したら、記憶ほどひどくなかったとはいえ、つまらないことに変わりはない。素人画家の「君」とのいきさつには作家の「私」の心持にとても切迫感があって引き込まれるのに、「私」が表舞台から消えてしまうと、〈上手な描写〉ばかりが続く。くだらない。共感できるところはほとんどないし、そもそも作者自身に共感が薄いのだろう。
 「或る女」のヒロインは、自分のいる所はここじゃないと感じ、跳び出して破滅する。「生まれ出づる悩み」の「君」は、自殺未遂まで起こしかけながら跳び出さず、だらだら長生きする。上辺だけなぞればそうなるのだけど、素人画家の「君」が今自分が居るその愛する故郷ばかり好んで描いているのを思えば、「君」は結局そこにいるべきなのではないかと思う。そして、おそらく作者もそう考えている。それならどうしてこんな人物を小説の素材にするのか、そこがわからない。意地が悪いよ。
 跳び出せ、翔び出せ。ノラのように、いや、「ニュー・シネマ・パラダイス」のように。しあわせにはなれないかもしれないけど。
 芥川の作品は歳を重ねるごとに自分の苦悩に肉迫し、有島のは逆に遠ざかっていった。その結果がどちらも自殺なんだから、やりきれないね。
 噂によれば、首を吊った有島の遺体は一ヶ月後発見されたとき「うごめく蛆の柱」になっていた。
 現代文学でラストシーンを飾るにふさわしい遺体は、たとえば江戸川乱歩ふうの氷づけにされた生前そのままの美しい肌ではなく、「蛆の柱」ではないか、なんてふと思うことがある。
 でも、これは有島には関係ないな。

 

 
  
棄権

 ひさしぶりの衆議院選挙だというのに、初めて投票に行かなかった。
 待てど暮らせど、ついに投票ハガキが来なかったのさ。
 ここに引っ越してまだ三月にならないから今の居住地には投票権がないので、前の選挙区に不在者投票するつもりではいたのに、どうも外へ移った者には直接要請しないと送って来ない役所があるらしい。黙っていてもくれる土地もあるのに。
 不公平だな。

 

 
  近況

 キーボードが壊れたので、入力を一時中断、出かけた電気屋にこれしかないと言われ購入した物は、これまでとキー配列がまるで違う。JISが「かな」から「カナ」に変わっただけでもやりにくいのに、同じキーに、「2」と「@」、「ケ」「ロ」「'」「"」があったり、「へ」が「\」と一緒に最前列にあったり、これは使いこなすのまで苦労しそうです。
 でも、実は壊れてるのは、本体の方じゃないのかな。起動しても動かないことが多いし。これは修理に出す日も近いかも。
 とすれば、また休載か。
 そんことないよう祈るよ。

 

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