アレルギー、まず甲殻類
先月初旬から体調を崩し病院通い。診断はアレルギーだから薬を貰いに行くだけ。たぶん埃・塵が原因だろうということなので、まめに掃除をしている。まったく、やっかいな体質だ。子供の頃からこれは悩みの種だった。もっとも、母は綺麗好きなので毎日家中を磨きあげてるから塵・埃の心配はない。問題は食べ物だった。同様の人も多いと思う。 僕が一番駄目なのは甲殻類。エビ、イカ、タコ等だ。だからそんなもの食べなければよいはずなのに、両親はなんとしても食べさせたがった。食べ物の好き嫌いはいけない、蕁麻疹が出てないから大丈夫、という理屈らしい。おかげで小海老などを食するたびに、ひどい頭痛と耳鳴りに悩まされた。自宅ではその状態を知らない振りですませていたけど、他人の前ではそうはいかない。人様の食卓に招かれ、こうした食材が上されると、 「あんた、こういうの嫌いやね。(招かれた先に)すみませんねえ、好き嫌いの多い子で」 しかし幼児期もすぎると、さすがに僕も断固食べなくなる。たとえ、それしかおかずがなくとも(実際何度かあった)、インスタントラーメンなり菓子パンなりで耐える。すると母はさすがにもう好き嫌いを持ち出せず、でもしゃあしゃあと言う。 「おや、おまえこういうの嫌いだったかねえ」 しかし、敵もさるもの。たとえば、夏休み、食べないなら飢え死にしてしまえとでも言わんばかりの旅行に連れ出される。もちろん食卓はあの聞き飽きたセリフ付き。「おや、おまえこういうの…」うんぬん。いつしか家族旅行は僕抜きで行なわれるようになった。 一人暮らしを始めると、時には長期間病いに伏すこともある。親に連絡せねばならない用があり、電話をかけると、病いが知れ、「栄養を採るように」と荷物が届いた。海老殻のスープが二十袋。怒る気力も起こらず、見舞に来た友だちに全部ゆずった。 海老殻のスープはこれまでに十数回届いている。一袋も口にしたことはないが、それについて抗議はもうしない。すればどうなるかはわかっている。「おや、おまえこういうの…」うんぬん。そして半年もすれば(すっかり忘れていた、を理由に)また同じスープが届くか、何も届かないかのどちらかなのだ。生まれてからずっと付き合ってきたのだから、経験が教えてくれる。 その他さまざまな理由により、もう母の手料理は二度と食べたくないし、おそらく食べる機会もないだろう(ことを切に祈る)。 さて、この文章のテーマは何だろう。少なくとも僕が言いたかったことは、病気には正しい理解が必要だ、ということ。たとえば、蕁麻疹が出ないアレルギーもある、とか。 もっとも、うちの親の無理解は、例として挙げるにはちょっと極端すぎたかもしれないな。アレルギーに関わらず、こうした類のエピソードなら事欠かないから。
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