朗詠
先日、途中からだけど、福島泰樹氏の絶叫コンサートをテレビで観ながら、ぼんやり朗読について考えてました。 殊、歌人に限っても、これまでずいぶん多くの朗詠を聴いてきたけど、難しい。あまり好いとは思えなかったりする。 与謝野晶子のテープを聞いた時は、晩年の老いた声にがっかり。「やっぱり晶子は若々しく『みだれ髪』『恋衣』を読んでもらわないと」と感じるのは、ありふれてるにしても、やっぱり今一つなものは今一つ。 斎藤茂吉は「(録音なんて)やるんじゃなかった」と自分で日記に書くほど。たしかに上手くなかった。 寺山修司は第三者が記した人物像(もしくは三上寛やタモリの物真似)に添えば予想通りだろうけど、本人のハードボイルドな創作イメージからは程遠い。訥々として、津軽弁まる出しで。 逆に、釋迢空は鬼気せまる声音が、あまりに想像そのままで、ぞっとするというか、親しみがわくというか。 たった一人、葛原妙子だけは「そう、そう、こうでなくちゃ」と苦笑い。なにがおかしい。まあ、昭和の巫女だから。 朗読は歌人に適しているというのが定説。でも、僕にはどちらかというと詩人の朗読の方がおもしろい。 近代詩歌で自作朗読の名手は、詩では中原中也、短歌では若山牧水が知られているけど、これは耳にするすべがない。誰も後世に録音を残そうとしなかったから。うまくいかないものだ。中也の<ゆあーんゆよーん>や牧水の<いくやまかわあ>を聞いたら、どんな感じがするのだろう。 ちなみに僕も何度も自作朗読を試みているのですが、そのたびに、 「おまえの歌は活字で読むのが一番良い」 と言われております。「現代にふさわしい非古典的作品」なのだそうですよ。 一体どう読めば良いんでしょうねえ。
附記 ちなみに、僕は文人の朗読テープを幾つか持ってますが、宣伝する訳じゃないけど、歌人なら「現代歌人朗読集成」というやつが一番便利ですよ。(たぶん今でも手に入ると思う)
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