あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年1月15日

 
  「鉄道員」を観て「永遠の仔」について考える

 浅田次郎原作・降旗康夫監督作「鉄道員(ぽっぽや)」をテレビ欄で見かけ、そういえば二年前たまたま招待券が手に入ったので映画館へ出かけたことを想い出した。僕の趣味とはかなり懸け離れてるけど、高倉健と小林稔侍の演技がとても好かったので、退屈しなかった。十八の広末涼子も時折CMで目にする今よりずっとかわいい。
 仕事一筋の男は妻子の死に目にも立ち会わず、その職場が無くなる寸前、亡くした娘と出会い、あっさり逝く。ラストで生前の行ないを謝する男に「お父さん、ありがとう」と言葉をかける娘。ここで多くの観客が涙する。僕も思わず目頭が熱くなった。健さんはすごい。俳優一人で名画にしてしまう。
 ところで、僕は先月ようやく天童荒太「永遠の仔」を読んだ。評判になったテレビドラマは知らない。ほとんどテレビは見ない質で。ひどい父母に振り回された子供が親に殺意をいだく話で、ようするに「鉄道員(ぽっぽや)」の裏返し。
 どれほどひどい親であっても、滅多に子供は親を殺さない。内田春菊「ファザーハッカー」ではまったく殺意が描かれないし、まさに子が親を殺す柳美里「ゴールドラッシュ」にしても、その犯行は突発的。それを「永遠の仔」では、親の虐待を受けている少女に、やはり親から虐待されている少年二人が思いを寄せたため、少女の親を少年達が狙うと云う展開に捩っている。意外な結末を秘めているけど、結局尊属殺は行なわれないまま、ともかく悪者の父があのような形で死に、読者は溜飲を下げる。「鉄道員(ぽっぽや)」に当て嵌めると、主演の健さんが殺されて、めでたしめでたし、か。あんまりだ。
 「鉄道員(ぽっぽや)」は親の視点で、「永遠の仔」は子の視点で描かれるから、こうなる。だから一方の支持は確実に得られる。中途半端な「ゴールドラッシュ」ではどちらも満足できない。でも、これもひとつの視点にすぎないんだな。ひとつは映像作品で、もうひとつは文芸作品だから、うまく比較できないけど、「鉄道員(ぽっぽや)」と「永遠の仔」のどちらに身をつまされるかと云えば「永遠の仔」になるのは、作者と僕の歳が近いせいかどうか。
 それにしても、こんなに「ひどい親」と「あわれな子」の物語ばかりあるなら、(まだ幾らでも有る)、岸田秀ふうに世紀末日本を精神分析する人も現われそう。僕はそういう知的な遊びは趣味じゃないから、「カラマーゾフの兄弟」という世界一の親殺し小説を再読して過ごすよ。

 

 
  ムーチー

 成人の日、マイ・ブーム沖縄はムーチーに移りました。餅ですね。茶色で、甘い。きな粉をまぶしてないのに、少しそれに似た味がします。たぶん沖縄にしかないでしょう。
 僕が生まれた土地では餅とは丸い物だったけど、今居る町では、切り餅しか売っていない。ムーチーは細長くて角が取れているから、ちょうど二つの間のような形をしてます。
 それにしても、僕が二十歳の成人の日、こんなおかしな生活をすることになるとはと、一瞬感慨に耽りそうになり、よく考えたら、引っ越しを繰り返し、歌句を一日捻るだけ等、あまりに当時の想像通りで、気が抜けた。
 食い終わり、パソコンを起動すると、
 「お仕事ですか」
 食事を一緒にしていた知人は座を外そうとするので、
 「べつに居て良いよ」
 「いい。また来る」
 かくして、このページを打ち始めた。ムーチーはまだ口中ほんのり香る。
 やっぱりおかしな生活だよ。

 

 
  四国の成人式がおもしろかった、らしい

 あちこちの成人式が荒れた、とマスコミは騒がしい。
 高松市では祝辞を述べる市長に向けてクラッカーを鳴らされ、観音寺市ではモデルガンが発射され、高知市では知事と成人が口喧嘩となった。全部四国というのはどうしたことか。
 おもしろいので、テレビで何度も見た。
 そうしたら、高松の件は告訴となった。過剰反応にあきれていたら、当人はちゃんと自首したらしい。それなら最初からやらなければいいのに。てっきり騒ぎを起こしたくてやったと思ったのに、騒ぎに驚いたのだとすれば、彼等に欠けているのは礼儀ではなく、騒ぎになると云う予想ができないこと、つまり想像力だろう。
 近頃そんなことではサラリーマンになれないと叱られる事が社会には多すぎる。そのくせ、こういう非難をする人に限って「男はつらいよ」や「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のファンで、最近は寅さんや両さんのような人が少なくなったと嘆く人がちらほら。両さんのイタズラならクラッカー程度ではすまなかったろう。それなら、「こち亀」などは教育上よくないと眉をひそめる人の方が、ずっと首尾一貫している。
 彼等は社会に出てから苦労するとたっぷり説教されるだろう。
 たしかに苦労はするかもしれない。それじゃ会社員は勤まらないと云うのも正しい。でもさ、何も会社員でなければ生きていけないということはないのさ。世の中にはああいうところで爆竹鳴らしかねない奴もいるけど、ちゃんとみんな社会人として生きてるよ。滅多に本当にやらないのは、丸く治める自信がないだけ、穏便に済ます方法を入れ知恵してやれば、すぐにでもやる。もちろん静かにおとなしくしているのが賢いには違いないし、楽に生活できるのは間違いない。けど、そうした方が善いと云うのと、そうしなければいけないと云うのは別。それに昔はサラリーマンだと経済的にも心理的にも安定していたのに対し、そうでない奴は水商売で常に食いっぱぐれる危険が高かったけど、今ではそこまで大差ない。
 僕は成人式なんて出席しなかった。くだらない講議はさっさと退席したし、月給生活もすぐやめた。それで誰も文句は言えないのさ。世間は、あいつはああいう奴だ、で放っておいてくれる。
 つまらない講議は私語ばかりで当然だ。聞き耳たてて欲しけりゃ興味を曵く話をしろ。その方が健全な社会で、どれほどつまらない話をしようと相手が黙って聞いてくれると云う関係が、友愛的もしくは経済的事情抜きで、成立するのがむしろ異状なのだ、ということに人が気付くには、けどもう少し時間がかかりそうだね。

 

 
  近況

 年末年始、各サイトのアクセスが落ち込む中、本ページはいつも通りでした。ありがとうございました。松の内が近付くにつれ訪問者が増えてきているので、ますます嬉しい。
 私信で「ここの掲示板は変にかしこまった手紙もあまりないし、自由な雰囲気でいい」と誉めていただきましたが、これは僕の手柄ではなく、書き込んでくださる皆様のおかげです。今後ともどうぞよろしく。

 

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