「鉄道員」を観て「永遠の仔」について考える
浅田次郎原作・降旗康夫監督作「鉄道員(ぽっぽや)」をテレビ欄で見かけ、そういえば二年前たまたま招待券が手に入ったので映画館へ出かけたことを想い出した。僕の趣味とはかなり懸け離れてるけど、高倉健と小林稔侍の演技がとても好かったので、退屈しなかった。十八の広末涼子も時折CMで目にする今よりずっとかわいい。 仕事一筋の男は妻子の死に目にも立ち会わず、その職場が無くなる寸前、亡くした娘と出会い、あっさり逝く。ラストで生前の行ないを謝する男に「お父さん、ありがとう」と言葉をかける娘。ここで多くの観客が涙する。僕も思わず目頭が熱くなった。健さんはすごい。俳優一人で名画にしてしまう。 ところで、僕は先月ようやく天童荒太「永遠の仔」を読んだ。評判になったテレビドラマは知らない。ほとんどテレビは見ない質で。ひどい父母に振り回された子供が親に殺意をいだく話で、ようするに「鉄道員(ぽっぽや)」の裏返し。 どれほどひどい親であっても、滅多に子供は親を殺さない。内田春菊「ファザーハッカー」ではまったく殺意が描かれないし、まさに子が親を殺す柳美里「ゴールドラッシュ」にしても、その犯行は突発的。それを「永遠の仔」では、親の虐待を受けている少女に、やはり親から虐待されている少年二人が思いを寄せたため、少女の親を少年達が狙うと云う展開に捩っている。意外な結末を秘めているけど、結局尊属殺は行なわれないまま、ともかく悪者の父があのような形で死に、読者は溜飲を下げる。「鉄道員(ぽっぽや)」に当て嵌めると、主演の健さんが殺されて、めでたしめでたし、か。あんまりだ。 「鉄道員(ぽっぽや)」は親の視点で、「永遠の仔」は子の視点で描かれるから、こうなる。だから一方の支持は確実に得られる。中途半端な「ゴールドラッシュ」ではどちらも満足できない。でも、これもひとつの視点にすぎないんだな。ひとつは映像作品で、もうひとつは文芸作品だから、うまく比較できないけど、「鉄道員(ぽっぽや)」と「永遠の仔」のどちらに身をつまされるかと云えば「永遠の仔」になるのは、作者と僕の歳が近いせいかどうか。 それにしても、こんなに「ひどい親」と「あわれな子」の物語ばかりあるなら、(まだ幾らでも有る)、岸田秀ふうに世紀末日本を精神分析する人も現われそう。僕はそういう知的な遊びは趣味じゃないから、「カラマーゾフの兄弟」という世界一の親殺し小説を再読して過ごすよ。
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