あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年5月9日

 
  顔のある読者

 日々快調。HPのアクセスは好調だし、本の注文はあるし、これで次の出版契約先さえ決まれば言うことないんだけど、それだけはままならない。
 まあ、万事快調でなくとも、例外がひとつくらいあっても良いか。あんまりいつまでもこの調子じゃ困るけど。
 ところでこれまで自分の本を読んでいるのがどういう人達なのか、同人誌活動を辞めてからは何も知らずに来たのに、本サイトのOnline Orderで著書購入希望を募ったら、代金を振り込む前にわざわざメールをくれる人もいて、少しだけ横顔がうかがえ、とても新鮮。オフィスから、あるいは大学から、違う空気を送ってくださる。購入方法も、最近は忙しくて読書の時間がないなんて言いながら一度に四冊まとめて買っちゃう人もいれば、数カ月の間隔を空け一冊ずつ揃えてくれる人もいる。
 作者と読者はあまり近付きすぎないのが理想ではないかとも考えるのですが、こういうふうにちょっと横切るのも悪くない。
 でも、配架してくれる書店が増えればもっと楽なのになあと思うのが、お互い様ってもんでしょうね。やっぱり。

 

 
  Kのとらばーゆ生活

 新訳カフカを読んでいる。
 小説「城」のKは、自らを「ランドゥフェルメッセル(測量師)」だと主張しているのに、<城=権威>がそれを認めないから、「ランドゥフェルシュトゥライヒャー(浮浪者)」呼ばわりされる。つまり作品の素材は仕事だ。それで主人公は何をしているかと云うと、測量師として認めろと騒ぐだけで、一向に何の測量もしない。そもそもKは何を測量すれば良いのか解らないらしいから、他にすることがない。バスに乗れないバス運転手。店を持たない八百屋主人。そんな者だ。
 昨今の日本は不況で、自殺やら強盗やらがずいぶん多発しているのだけど、職種と生活水準を選ばなければ、まだまだ餓死者が続出するほどすさんでないはず。「ランドゥフェルシュトゥライヒャー(浮浪者)」だって生きられる。にもかかわらず、人間ってのはなかなかそうはいかないんだな。
 Kの悩みは、つまり衣食住より精神の飢え。働かなくったって滅多に餓死などしやしないんだけど、測量師としての仕事を与えよと奔走する様は、かなり滑稽で、悲劇というより喜劇に見える。だからといって、Kの末路が自殺者や犯罪者ではない、とは限らない。さて、未完で終わったこの小説、作者はラストをどうするつもりだったのか。何も考えてなかった可能性は高い。
 しかし、思えば、その作者のカフカほど自分の仕事を自己主張しなかった人も珍しいよね。小説をあれほど書きながら、碌に発表もしなかった。つまり、黙々と仕事をしながら、誰に職種を承認せよとも要求しない。だから、彼は二十五歳で就職して以来ずっと「保険局臨時職員」として扱われ、一見平穏でカフカ的不条理から遠い人生を送った。「城」を書き始めて半年後に退職するまで。
 自己主張をしなかったからこそカフカは生き延びられたのかもしれない。すると、「城」執筆と中絶の要因も自己安定の臨界点だったのかな、なんてね。いいかげんなもんだ。
 関係ないけど、『岩波現代短歌辞典』には歌語として<カフカ>の項目が設けられている。<チェホフ>を劇作家と捉えれば、収録項目では唯一の小説家だ。モーパッサンやツルゲーネフやドストエフスキーを詠んだ短歌がないわけじゃない。何故かカフカを詠むと秀歌が生まれていると考えたから編者は選んだのだろう。ちなみに僕にも「カフカの街」という短歌連作がある。つい先日にもカフカを詠んだ。秀歌かどうかは知らないけどさ。

 

 
  ネット言葉の場所

 報道によれば、小泉新総裁について田中元経企長官が、
 「彼は料理屋と街頭で話すことが同じ」
と評していたらしいけど、ちなみにもちろん政治談義がやりたいのではなく、この言葉を真に受けた人物論でもなくて。
 料理屋での話と云うのは、たぶん気心の知れた知人とのオフレコもとい内証話なんだろう。それで、街頭というのはこの場合大勢の不特定多数に向けた言葉なんでしょうね。
 ところで、あなたにとって、ネットの言葉は、街頭? それとも料理屋?
 僕の見立てでは、あちこちで街頭派と料理屋派が混在してるね。時にはそれがトラブルの原因になってる。
 一度じっくり考えておいた方が善いよ。料理屋気分が許される場所か、街頭気分じゃしらけさせてしまわないか。
 どちらも差をつけない人なら、逆に何も心配いらないけどね。

 

 
  リフレックス

 最近ジャクソン・ファイヴとデュラン・デュランをよく聞きます。マイケルです。「アイ・ウォント・ユア・ラヴ」です。「リフレックス」です。
 カーペンターズ、ビートルズ、アバの次はこれなんでしょうか。
 ジャネットもエミネムも鳴ってるからべつに好いんですが。

 

 
  僕と電子メール

 日に一度、Eメールの私書箱を覗くという、封書としての電子メールが、もう生活にすっかり根付いてしまった。ところが、世の中では、相手が送るとすぐ読んでしまうと云う、電話もどきの電子メールが大量に増えてきてる。一方で、ポストペットという一体何日後に届くか、ひょっとすると届かないかもしれないシステムを楽しんでいる人もいる。電話式Eメールとポスぺでは、もはや同じことをしてるとは思えない。
 すると困るのが返信で、電話式ならすぐ返ってくるのが当然だろう。ちなみに僕は、文章をああでもないこうでもないとこねくりまわす癖が付いているので、返事は遅い。チャットが好きと云う人の早さとは比較にもなりません。
 というわけで、掲示板「閑話・清話・情話」なんかでも「おっそいなあ」と怒っている人もいるかもしれませんが、勘弁してください。三宅は今日もしこしことパソコンに向かっておりますので。

 

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