DVD「ウッドストック・増補版」鑑賞
六十年代に興味がある。 六十年代に社会が一変したと多くの人が言う。でも、僕はその時代を知らない。現代を理解するためにも、いろいろ六十年代に関する物を吸収してきた。九十年代にもなってから。もちろん、触れてみると、気持好いので、というのが第一の理由だけど。 先日、DVD化された映画「ウッドストック」を借りて来た。 これは1969年に行なわれたウッドストック・フェスティバルという野外コンサートのドキュメンタリーで、漫画のスヌーピーの友達とは何の関係もない(はずだ)。オリジナルに、ジャニス・ジョプリン等を加えたから、なんと220分以上の長編で、二度も繰り替えし観ると、さすがに疲れた。それでも、ニール・ヤングの唄っている映像はない。メンバーの一人だったCRS&Yの曲が冒頭と最後を飾っていても。CR&Sの三人はしっかり出ているのにさ。 待て。 すると、七時間半も観ていたのか。 疲れるはずだ。 出演ミュージシャンは、他に、ジミ・ヘンドリクス、ザ・フー、サンタナ、スライ&ザ・ファミリーストーン、ジョーン・バエズ等、ビートルズやボブ・ディラン&ザ・バンドやローリング・ストーンズといった六十年代の主役の周辺に位置する、うってつけの顔ぶれ、などと書いたけど、実は半分以上は、まだ十年も前じゃないと思うけど、最近はCDショップでさっばり見かけなくなったこのオリジナル・サウンド・トラック・アルバムを聴いた時、初めて知った。いまだにその収録曲しか知らないシンガーも数名。ジェファーソン・エアプレインはスターシップの前身、と教わっても、ふうん、としか言えない。スターシップ、そんなの居たなあ。彼等のも改めて追加された映像らしいけど、CD収録の「ヴォランティアーズ」じゃないのは、唄が時代がかりすぎているという判断だろうか。 映画を観て良かったと思うのは、CDを聴いた時さっぱりわからなかった時代に与えた衝撃をようやく少しは理解できたから。サントラだけじゃその音楽の質のすばらしさは味わえても、何故このコンサートがこれほど有名なのか、伝説的な出来事なのかは見当もつかない。 それはビートルズやボブ・ディランの作品をきっかけに人々が感じた夢なのだろう。 その時代を呼吸していない僕らには、その夢はかなり妙な物として映る。僕のようにビートルズもディランも好きな奴が観ても、そうなのだ。新進シンガーにしか興味のない人には、ナンセンスにしか思えないのじゃなかろうか。 たとえば、映画にはLSDという幻覚剤の話が繰り返し取り上げられている。十九世紀後半のフランス詩人達にアシッシュや阿片等の麻薬が流行ったことに興味を持ったディランが、ビートルズに教え、そこから一気にロック界に広まったらしい。フランス近代詩の祖とも言われるボードレールは麻薬の不要を説き、ディランは「まずったなあ」と悔い、ビートルズの面々はテレビで吸わないよう発言した。もちろん、彼等は麻薬の害に染まることはなかったが、ジミ・ヘンやジョプリン達の急死は麻薬が原因というのが通説だ。傷ましい。 後発世代は往々にして先人の一部を純粋培養した作を生み出す。偉大な先人の総てを理解することなどできやしないから、自分が理解できる範囲で解釈した思考をフル回転した結果、およそ違う物を造ってしまう。大抵は、より底の浅い物を。 文学でも、偉大な文豪の後、小粒な秀才・奇才が輩出するのは、その辺りに原因があるんじゃないかな。 真の偉人の世界はもっとでかい。善くも、悪くも。 でも、ジミ・ヘンドリクスも、ジョプリンも、その音楽は本当に美しいんだな、これが。 もう一本、それと同時に、ビートルズのアニメ映画「イエロー・サブマリン」も観たんだけど、これこそがその夢物語。ビートルズの夢。Nothing
is real. だからそのぶん今でもおもしろいんだ。きっと。
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