あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年8月8日

 
  旧友再会

 また台風は逸れていった。水不足に悩む関東地方を避けるように。もっとも、この辺りは微雨が続いているのだが。
 大学時代の知人に相次いで会った。「太った」とか「景気良さそうだな」等と憎まれ口を叩かれる。このあいだまで「やつれた」とか「病気は無いのか」なんて言われてたのを思えば、雲泥の差。
 世間の風はしだいに冷気をやわらげている。「Online Order」から毎月著書一件ごとに数冊売り上げがあれば、とりあえずその場はしのげる。十冊売れれば貯金ができる。それでも、厳しいことに変わりはない。つらい、つらい。
 経済的困窮を極めない程度に、外部と闘うこと。
 それが、精神的にも、肉体的にも、一番生きるに適当ではないだろうか。
 安穏としたいなら、闘わないに限るけどさ。

 

 
  選挙の一コマ

 その知人の一人から聞いた話。
 選挙中、電話がかかってきた。
「もしもし。こちら公×党ですが、今回の参議院選は*※をどうぞよろしくお願いします」
「そうはいかんざき」
 ……日本全国で同じことを言った人がどれほどいたんだろう。
 くだらないCMには、くだらないというだけで罪がある。明らかに。

 

 
  とまどいバブル時代

 近頃、八十年代バブル期への言葉をしばしば聞く。
 その多くは否定的表現で語られる。そこにはあの狂乱時代への反省がある。そこに参加したことは、ひとつの罪だとでもいうように。実際、あの時代ほど、自己を省みることが軽蔑され、社会は消費に浮かれ、反道徳に奔り、インテリは頽廃し、大衆は煽られ、腐れきった時代も日本史上稀に違いない。
 もちろん部分的肯定をする人も入る。中には、繁栄の頂点、最も良き時代、とまで言いたいのを懸命にこらえているような口振りの方も。本当はもう一度あの時代に戻りたい、けどそれは無節操だしと、逡巡してる人も多いのでは。金は今よりずっと自由に使えた上、リストラの心配もなく、我々は世界一の経済大国なのだ、エトセトラ。無理もないか。
 バブル期、僕はとまどっていた。どうしても時代に馴染めなかったし、居場所もなかった。
 結局、好きなように生きるほかないと腹を括ったけど、理想も見本もない。思い付くままに進むしかなかった。いつかもっと良い時代が来るように祈りつつ、そんな時代が来るわけないと諦めつつ。
 いつのまにか時の経過はバブルを遠い過去に押しやり、二十一世紀となっていた。
 それでも、僕のとまどいは絶えない。
 バブルを懐かしむ声がある。冗談じゃないと思う。二度とあんなふざけた時代は御免だ。
 一方、バブル期を反省する声がある。我々は皆同じ罪を背負っているのだと誰かが言う。一緒にして欲しくない、と言いたい。僕はあの時代も今と同様、読書と執筆に専念していた。ほとんど消費にすら関わっていなかった。ほとんど特典を得ていない。にもかかわらず、やっぱりあの時代に参加しており、無罪だったと断言できる確証もない。それならまだ当時生まれていなかった今の小学生以外全員有罪かもしれないが…、少なくとも、年下世代よりは関わりはある。間違いなく。
 そんな僕にも時代に溶け込んでいた過去がある。それは不幸な体験だったけど、だからこそ現在の僕を煽る。人が存在するには、それは必要な体験なのかもしれない。
 時代なんかに関わるんじゃない、とも思う。けど、関わらないこともひとつの罪ではないかと云う疑いも消えない。
 あと十年ほどしたら、やっぱり僕は「××フィーバー」に無縁ではなかったことに罪を感じなければいけないのだろうか。それを思うと、気が重いな。

 

  (かすみ)

 大阪の知人が僕の部屋に一泊して帰っていった。「お互い結婚できそうにねえな」という一言を残して。
 本当だからしかたない。
 妖怪会議なる催しにわざわざ出席する為に、わざわざ上京してきたとか。催しが終わって、まっすぐこちらに来たようだ。
 「それじゃあ当分、(結婚の)相手、できそうもない」
とこちらの知人が言う。
 「どうして」
 「だってそういう所でないと共通の趣味の人なんて見付からないでしょ」
 「そういうものかね」
 「そりゃそうよ」と口を尖らせる。「私ならそういう趣味というだけで御免だもの」
 ふうん。そういうものかね。
 「俺にはそんな趣味はないんだけどなあ」
 「三宅さんは妖怪じゃなくて仙人でしょ。霞食べてる」
 互いにオールドファッション・ドーナツを齧りながらのセリフかよ、それが。

 

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