あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年8月14日

 
  まみからキャンディ

 穂村弘『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』を読みながら、いろいろ考えて、たとえば、この虚構のヒロイン(?)らしい娘が「まみ」っていう名前なのは、幼児が手紙のことを「おてまみ」というからだろうか、とか。子供って「が」が発音しづらいんだよね。だから「御手紙」が「おてマミ」。
 想い出したことも様々。
 水木杏子「キャンディ・キャンディ」を、僕は、まず、いがらしゆみこの漫画で読み、その後テレビアニメで観てから、原作を開いたら、キャンディって最初から手紙ばかり書いているのに驚いた。もともとこれはJ・ウェブスターの書簡体小説「あしながおじさん」のパロディだってことはわかっていたからキャンディもそうだと気付いても良さそうなものなのに、そういうえば漫画でもずいぶん手紙を書くシーンがあったなあ、と遅まきながら思い返していた次第。キャンディと云えば「おてんばイタズラ大好き、駆けっこスキップ大好き」なので、膨大な手紙を書きまくるタイプとは全然思えなかったんだな。
 手紙魔ってのもよくわからん。友達に手紙魔はいるけど、いったい彼女達がどうして手紙魔となったのか、追求したら何が出るのか。フロイトにそんな論文なかったかしら。
 たとえば、ホームページの公開日記なんてのは昔なかったけど、こういう連日送信される文章と、ひっきりなしに郵送される文章には、やっぱり誤差があるはずで。
 それが穂村ワールドとどういう関係があるのか。
 なんてね。
 それにしても、作家のゼイディー・スミスなら、手紙魔と言えば『新約聖書』の聖パウロとかリチャードソン小説の主人公になるのに、僕はキャンディなのか。あるいは、郵政太郎か。おいおい。
 他にもいっぱい考えたのだけれど、それはまたいづれ。

 

 
  靖国問題

「小泉首相は靖国神社に参拝したね。首相公選時に断言していた通り。ただし、行く日は改めたけど」
「何が言いたい?」
「君は、首相は絶対行かないと言ってたよ」
「政治家として賢明なら行くはずがないと思ってたんだ。結局八月十五日を避けて二日前に行った。ただの誤魔化しだ」
「いや、最善の策さ」
「どうして」
「誰も喜ばないからさ。行くべきだと言う意見の奴は、十五日に参って欲しかったろうし、行くべきでないと言う意見の奴は、参っただけで腹立たしい。意見のない奴は、前言を翻したこと自体に不満だろう。その内容はどうでも構わないが、公選時の約束を破った事に変わりはない。ほぼ全員が不満だから、逆に中庸にかなっている」
「それなら最初から言い出さなければ善いのに」
「どうして言い出したのかはっきりしない以上、文句はつけにくい。選挙の票稼ぎの為と云うのがもっぱらの見方だがね。ともかく、言い出したなら、あれしかない。自分の能力に鑑みて、最も安全な道を選んだ。あれでなきゃ政治家失格だ」
「それいう職業的発想が俺には馴染めないね」
「君が政治的思考で物を考えるわけはないからな」
「改革派の首相にどうしてあんな行動ができるんだろう。矛盾じゃないか」
「違うよ。日本の近代そのものが矛盾してるんだ。首相の現在やろうとしている経済政策は、結果的により一層この国を欧米風に近付けようと云うことになる。明治維新以来のテーゼさ。靖国神社はその維新期に官軍となって以後の戦死者を祀った場所だ。ああいう宗教上の発想は、前近代のこの国にはない。維新が生んだんだ。首相の思想は今に続く近代そのものさ。だからこそまさに現代のヒーローたりうる。凡人は世界の断片をしか代表しないが、彼はこの国を一人で表わせる」
「今だけな」
「ブームを続けられる限りさ。なにしろ靖国の精神は日本近代の負の象徴だから」
「それなら俺はそんな精神は否定させてもらう。俺にはそれは矛盾じゃなく、コインの片側に見える」
「批判はできても否定はできない。君もこの国に生まれ育ち、その文化を無意識に引き継がされている以上、それは自己否定になる。自己否定はどれほど厳密であったとしても、どこかに嘘がある。そんなこともわからないほど、君は愚かではないはずだ」
「おまえ、その喋り方なんとかならねえか。反吐が出る」
「デスラーみたいだろう。さらばだヤマトの諸君」
「あんた、バカァ?」
「なんだそれは」
「ヤマト(大和)と言えばアスカ(飛鳥)だろ。『エヴァンゲリオン』アスカ・ラングレーのセリフ」
「…それで、これから何主義になるんだ?」
「俺はただそんな精神について書きたいと言ってるだけさ。」
「そうかい。僕はこの高度資本主義でももう少しマシになりそうなもんだと考えるがね。まあ、せいぜい頑張ることだな。でも、待てよ。もしそうなら別の側に裏の代表者がいるわけだ」
「それ以上は言うな」
「はっはっは」
「おまえの口の悪さも磨きがかかってきたな」
「毎日きちんと歯ブラシで磨いているさ」

 

  潮の間

 春から初夏にかけ、あちらこちらと島嶼をうろついていたら、夏本番になると、その無茶苦茶な猛暑にうんざりし、旅心も失せた。もう少し秋が深まるまでじっとしていよう。

  潮の間に四方(よも)の浦々もとむれど今はわが身のいふかひもなし  和泉式部

 まったく「貝」も「言う甲斐」も「誘拐」もないよ。ん?

 

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