樵童の口にのぼらず
むかしの本を読んでると、こんなことあるのかなあって思うこと多い。そうですよね? 森鴎外「北條霞亭」中、主人公・霞亭がむかし住んでいた家に、友人・西村及時が移ってきて漢詩を作るシーンがあって、
壁むなしくまた舊詩瓢なし 高調樵童の口にのぼるに任す
と詠む。つまり、君のいない家は空しく、かつての詩や酒もない、でもあのころ作った君の詩を近所の子供が声高く口ずさんでいる、と云うんだけど、これって西村が引っ越したら、また近所の子は西村の詩を口ずさむんだろうな。 ああ、古き良き日本、なんてくだらんフレーズが浮かぶ。やれやれ。 僕が前に住んで居た部屋で聞こえてくる子供の歌は<モーニング娘。>、その前の部屋は華原智美か安室奈美恵ばかりだったぞ。つまりテレビの音楽です。ほとんど想像できませんね。現代でこんな体験ができる人はおそらくほとんどいない。だって、つんくと小室哲哉なら何処に引っ越そうが自分の歌を口ずさまれているわけで。今は日本全国何処も同じだものな。 しかし。 それで今僕が住んで居る部屋ではどうかというと、なぜか何も聞こえてこない。 この町の子供は歩きながら唄う習慣がないのだろうか。文部省唱歌でもウルトラマンの主題歌でも良いのに。大声出してたら文句言う大人でもいるのか。 寂しい町だ。
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