だれもいない
ふと、この晩夏ついにトワエ・モアの「だれもいない海」を耳にしなかったな、と気付いた。 かつては、この季節の定番曲。とうとうそんな時代が来たのか。死ぬまで毎年聞かされるものだと思っていたけど。 いや、そんなことはない。今でも春になれば、イルカの「なごり雪」が、千昌夫の「北国の春」も、女性合唱団の「早春賦」でさえ聞こえる所があるはずだ、おまえがそういう所から離れてしまっただけだ、とも思い直す。しかし、今夏の日本で、桑田佳祐の「波乗りジョニー」を耳にせずに過ごすことが、およそ不可能だったように、むかしは半強制的にでも聞かされる物ではなかったろうか。特に自分のように、ラジオをしばしば付けっぱなしにして、今年はジャネット・ジャクソンとジャミロクアイを厭きるほど聞かされ、なぜフーの「サマータイム・ブルース」をこれほど耳にしたのにジャニス・ジョプリンの「サマータイム」は一度も聞けなかったのかなどと考えている輩にはなおさら。 二十一世紀。そういうことだ、きっと。 それでも藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」を目にしない年はないのだ。まったく短歌ってのは恐ろしい。
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