あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年9月25日

 
  ポストモダニスト啄木

 短歌に興味があると知られたら、必ず「石川啄木好き?」と尋ねられた時期があった。
 啄木が二十世紀で最も有名な歌人の一人だったことはまぎれもないけど、だからって短歌好きイコール啄木好きにされるのは、ロック愛好者は全員ビートルズ・ファンで、美術愛好家は皆ピカソ信者であると判断するのと同様、おかしい。それだけでずいぶん啄木に対し心証を悪くした。
 啄木短歌のどこが優れているのかはよく解らない。あまりに平易で、蕪雑にもみえる。でも、あれほど読まれるからには何処か秀でた処があるはず。解らないから読む。「よごれたる手を洗ひし時の / かすかなる満足が / 今日の満足なりき」…。首を傾げる。啄木を絶賛している誰かのエッセイに移ろう。そしてもう一度目を通す。頭をかかえる。啄木自身のエッセイも読む。「詩はいわゆる詩であってはいけない」。うんざりする。
 難しい。
 そんなある日。当時「ポストモダニズム」という思想用語が一世を風靡していて、それを理解しようと思想書の類もよんだけど、さてそれが創作にどのような影響をもたらすのやら今一つだなと考えていたら、詩の雑誌にポストモダニズム詩の定義を見つけた。いわく、
 (1) 特徴が無い。スタイルが存在しない。
 (2) 詩への敵意を隠しもっている。
 (3) いいかげん(のようにみえる)。
 (4) わかりやすい(気がする)。
 (5) 言葉はデジタルへ、もしくは「物語」へ。時にはクロスオーバー。
 まだ他にもあったのですが引用はこれぐらいにして、その時の僕の読後感想を一言で申せば、
 「なんだ、石川啄木じゃないか」
に尽きます。
 もっとも啄木の場合、特徴がないことが独自にすぎて、彼の死以後スタイルがない短歌を詠めば、まずすべて啄木亜流にされてしまうことになったのですが。
 それからしばらく一層丁寧に啄木を読みました。もっともこちらの趣味はあまり変わらなかったような気がする。
 結局「ポストモダン短歌」や「ポストモダン俳句」という言葉は「ライトヴァース」に圧倒されて出てこなかったですね。ライトヴァースがポストモダンの役割を引き受けてしまったとも言えるでしょう。イコールではなくとも。
 その後ポストモダンはあっけなく終わってしまった。
 今ポストモダン文学を読むと、そのほとんどがなんか懐かしい。そしてちょっと恥ずかしい。マイケル・ジャクソンの「スリラー」を目にしてしまった時のように。マイケルじゃなく、マルケスの「百年の孤独」なんかは別ですが。
 啄木短歌もあまり以前と印象は変わらない。相変わらず古臭い。今はその魅力の秘密にも迫れた。もう昔ほど嫌じゃない。
 今ライトヴァースを読むと、…近年の恥知らずの多さにうんざりします。もちろん立派な歌を詠んでいる人もいらっしゃるのですが、スタイルが無く、詩への敵意を隠し持ち、いいかげんで、わかりやすく、デジタルな言葉で作られた短歌がちらほら見られるもので。そういう似て非なる低俗歌ほど啄木から遠いものはないでしょう。

 <付記>この項、「あ・はるふ・まんすりー・こめんと 103」に(ちょっとだけ)続く。

 

 
  「標語」の暴力

 伝説的人気サイト「村上朝日堂」CD-ROM版2枚を借りた。
 おもしろいという噂は知ってはいたけど、以前そのホームページを訪ねたら、情報量と更新スピードと更新直後の画面の重さに圧倒されて、終了するまで敬遠してしまった。いつか読もうとは思いつつ、ようやく手に入れたと云うこと。
 なにしろ膨大な量なので、検索システムが付されてるのをこれ幸いに、興味ある言葉を入れてみる。
 たとえば「俳句」とか「短歌」。
 すると表示される文章。読めば、そういう短詩文学を誉めたあと「短歌、俳句と標語の違いはなかなかむずかしいものです」とあり「標語というのは基本的に『言語の暴力』である」と続く。つまり違いは難しいが、一方は優れた作品で、もう一方は目に入ると「音程の狂った歌を聴かされて」いるみたいに苦しい、となるのですね。
 その気持、とってもよくわかると感涙にむせびたくなった。その通りなのです。
 ただし、この点においては村上氏より自分の方が苦しんでいると自信を持って言えます。なぜなら、村上氏は小説家だから標語なんぞできるかぎり無視して生きることは、ある程度までは可能です。でも、もう僕にはそんな日々をこれからも引き受けてゆく覚悟がいるのです。だって、こんなに標語そのものの短歌や俳句が、雑誌やテレビで氾濫する時代では…。
 僕はこれまで一度も結社に属さずに来たし、今後そういう人が後に続いて欲しいと心から願っていたのですけど、このままでは優れた師の指導を受けず立派な歌人になるのは、より一層困難となるでしょうね。僕が十代の頃の方が、はるかに恵まれていた。なぜなら、当時は秀歌ですら図書館でなければ簡単に読めず、ましてや駄歌なんて周囲の人にむりやりにでも自詠を突き付けられなければ読めるはずもなかったのに、今では新聞雑誌テレビまで標語まがいの駄歌がちらほら。これじゃ素人はどの歌を見本にすればよいのか見当も付かない。かわいそうに。
 僕は最近そんなのを見ないよう、すぐ目を逸らす技術を身に付けてしまいました。…むなしい。

 

 
  源氏物語の対話語

 ところでホームページ上にて「源氏物語に出てくる人って、場所が京都とか奈良だから、やはり関西弁を使っていたんでしょうか」と村上氏は疑問を呈したのに、愛読者からは何の反響もなかったようで。
 でも、村上氏はたしか京都出身のはずなのにどうしてそんなことを尋ねたのでしょう。知らないふりをしたんでしょうか。幼くして引っ越したから? それにしては小説やエッセイの端々に京都への知識が垣間見えるのですが。もはや親戚の誰もいないというわけでもないでしょうに。
 もちろん、現在東京を舞台にしている小説が、実際の東京人の話し言葉にきわめて近いように、伊勢物語も枕草子も源氏物語も当時の京都の言葉にきわめて近いものに決まってます。
 どうしてそんなことを学問上の問題を無視して確信してるか。
 それは源氏物語の言葉をそっくり現代語に逐語訳した言葉を喋っている京都人を知っているからです。というよりも、それがあそこでは主流なんじゃないかな。うつろったのは単語だけで、何も変わってない。外の人間と話す時は、共通語風京都弁とでも呼ぶべき調子ですが、御近所同士の喋りは、まさにあの世界。なのに全然、雅<MIYABI>じゃないのは何故なのか。言葉だけじゃ駄目なんだ。たぶん、それだけ。
 最近は共通語の影響で、そんなおじさんおばさんも減ってきたらしいですけど。
 でも、長電話しているTシャツ姿のおばさんが、受話器、手にして、源氏物語の登場人物そっくりの会話しているのを耳にすると、一瞬くらっときます。

 

 
  From A Buick 6の別テイク

 村上朝日堂からもうひとつ。
 ボブ・ディランのファンから「"From A Buick 6"のテイクがCDとLPで違うのは何故か」と質問が来て、村上氏が「知らない」と答えてますが、これは尋ねる相手を間違えてる。村上氏はディラン全盛期と青春期が重なったから、しばしばふれるので、熱狂的なディラン・ファンらしさはまるで感じられません。村上氏はやっぱりロックならビーチボーイズかドアーズでしょう。
 僕はたまたま定説を知ってるんですが、こちらに尋ねに来た人がいるでなし、『レコード・コレクター』が今月号ディラン特集を組んでいて、そこにもさらっとだけふれてあるから興味があればそちらへ、なんて、こんなとこに書いてもしかたないんだな。でも、もうこのサイトないから、どうしようもないな。書きにいけない。もっともサイトがあっても、書かずにすましたかもしれない。それはわからない。
 ディランのファンサイトへ行けば気軽に教えてくれるんじゃないか。そういう蘊蓄の塊のような人っていますよね。教えたくてしかたがないだろうから、聞けば狂喜してくれるでしょう。
 僕にはそういう情熱ってピンと来ないんですけどね。自分の頭にどんどん溜め込んで一人喜んでいます。
 そっちの方が問題か、やっぱり。
 早く何か仕上げましょう。仕事、仕事。佳い物を、せめてマシな物を書かなきゃね。

 

 
 THAT'S WHAT FRIENDS ARE FOR

 バート・バカラックのベストが出たのでラジオから彼の曲が時々流れてきます。B.J.THOMASの「RAINDROPS KEEP FALLIN' ON MY HEAD」とかDIONNE AND FRIENDSの「THAT'S WHAT FRIENDS ARE FOR」とか。やっぱり好いな。メランコリックに浸ってます。八十年代なんてもう大昔だよな。
 ♪ THAT'S WHAT FRIENDS ARE FOR…。
 小泉首相も今頃アメリカに向かってこの歌を熱唱してるのかもね。片思いでも。どこまで本気なのかは知らないけど。「THAT'S WHAT FRIENDS ARE FOR !」

 

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