あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年12月5日

 
  クリスマス・シーズン

 秋祭りなので、街中、バス道にパレードが通ったり、親子連れや恋人達が連れ立っているところを、独り、ぼーっと歩くわけです。
 去年は、見頃の黄葉をもっと厚着して眺めたのに、暖かいから上着も羽織らず、それなのに色付いたイチョウはもう散り初めだったりして。変なの。
 そして、秋祭りが終われば、いきなり町はクリスマスです。いや、秋祭りの前から町中クリスマス・ソングは流れているし、クリスマス・セールの真っ赤なチラシが張られているし、クリスマス・ツリーはキラキラ輝いてるし、十二月ともなれば言わずもがな。
 クリスマスとは厳密には12月25日で、24日がイヴなんでしょうが、実態は違う。じつは、クリスマスってのはほとんど季節なんですね。シーズン。桜の季節とか、海のシーズンとかと御同様。
 先日自分の歌集を捲る機会があり、その折、全冊にクリスマス詠が収録されていると気付いて驚き、どうしてかなと考え、出した結論なんですが、どうでしょう。
 だって秋のうちにもうクリスマスの計画たてている人、多いでしょ。いや、僕はたててませんけどね。たてても意味無い。
 文句あるか?

 

 
  僕等は「成長」しない

 今月、入場料一律千円の「映画の日」、「千と千尋の神隠し」に遅まきながら行きました。いつかそのうちと思いつつ、ずるずるきてしまったのですね。もっと早く来たかったんだけどな。
 世間はもはや公開初日の「ハリー・ポッターと賢者の石」に関心が逸れているだろうという予想通り、超満員というほどでもなかった。史上最多の全国645スクリーンで公開されたのにもかかわらず市内には「ハリー・ポッター…」を上映している映画館がないので、ちょっと不安でしたが。「ハリー・ポッター…」は隣のそのまた隣の街へ元旦に行こうという企画があるので、後回し。本はもう読んでるからね。
 かくして、報道によれば新宮誕生の直前、僕はスタジオ・ジブリのトトロ・マークが写し出されたスクリーンを見つめていたことになります。そんなこと観終えて、自室に戻り、テレビを点けるまで知らなかったのですが。
 それにしても、魔界に紛れ込んでしまう千尋にせよ、魔法使いハリー・ポッターにせよ、少年少女が主人公の物語なのに、そして様々な冒険を体験するのに、「成長」しないですね、彼等は。ちょっと二つの意味は違うけれども。
 「ハリー・ポッター…」の場合は、脇役の友人が「大人」になってゆくのに、主人公だけがこれまで通り。ある事情により赤ん坊の頃から魔法使いとしての実力は魔界では有名で、元から突出した存在なのに、本人にはその自覚がまるでないまま、しだいに周囲の評価と本人の実態が一致してゆく。友達は「成長」しちゃうのに、ハリーはただ覚えていない記憶や能力を取り戻そうとしているだけなんですよ。つまり自分を想い出してゆく。そして、自信と情熱を手に入れてゆく。でも、それは「成長」じゃないのです。「成長」はまず始めに社会ありきで、そのシステムを学ぶことだから、自分を想い出すことの対極です。
 ところが、「千と千尋…」の場合、「成長」ではなく、ずれるんですね、成長が必要のない方向へ。
 これは閉じ込められた異界から脱出しようとする話なのですが、子供は千尋と坊(と魔女に呼ばれる巨大な赤ん坊)だけ。もう一人、ハクという年齢不詳の少年らしき者がいて、千尋を陰から支えるのですが、彼も物語の最後に閉塞状況から脱出できる展望が開けただけで、人格(?)としては何も変わらない。彼もまた、ハリーと似た意味で、自分を想い出そうとする者なのです。ストーリー上は、自分の本当の名前を忘れ、千尋のおかげで想い出す設定になっていましたね。
 一方の千尋は、終いまで母の腰に引っ付きたがるところさえそのまま、生きる知恵が少し付いた程度でしょうか。ちょっとは逞しくなったかな。都会から引っ越す所から始まった物語ですが、あのラストシーンならたぶん新しい環境でも生きていけるでしょう。にもかかわらず、そこに「大人」への「成長」はほとんどない。
 そして、後半の重要な役割を担わされてる、カオナシという、コミュニケーション不全の傾向が濃厚なキャラクターは、「成長」もせず、自分を見い出すこともできなかった陰なる存在なのでしょう。「成長」せず、ハクのように強い自我を隠し持っていなければ、あの展開の通り、《母性》のそばで糸巻きでもしてるほかないでしょうね。
 けど、問題は母性が何処にあるかで、たとえば千尋を閉じ込めた魔女みたいな母は、坊を甘やかすか、邪慳に扱うかしかできない。千尋の母を想い出してください。千尋が甘えて引っ付いてくるのをそのまま受け入れるか、適当に邪慳に扱うシーンしかないでしょ。だから、坊は「子供」でしかないのです。そして、その坊がラストで母役の魔女を説得するほどに変わり、閉じ込められていた千尋が脱出することで映画は終わるのです。
 ところで、「子供」だった坊は成長して「大人」になったのでしょうか。いや、もちろん坊はまだ「大人」じゃありません。ただの子供になっただけです。カッコ抜きの。そして、千尋も。
 かつて「子供」が「成長」して「大人」になることに何の疑問もいだかれず、それぞれの概念性を意識さえされなかった時代の終焉とともに、「成長」という物語もまた終わろうとしているのかもしれませんね。でも、僕等は子供であっても「子供」ではなかったと自覚せず、「子供」であることに居直り「成長」を拒んだらカオナシになっちゃうんですよ。子供はいずれ大人になりますけど、「子供」は「成長」しないと「大人」にはなれないのだから。気を付けましょう。

 

 
 皇室典範読んだ?

 それにしても、新宮誕生、ワールドカップ・サッカー組み合わせ抽選、と「国民すべてが慶び」「国民すべての関心事」と「国民総て」が連呼されている日々です。テレビで、新聞で、何度、目に、耳にしたやら。ニューヨーク・テロ以降しばらくアメリカが「国民総て」一色に染まりましたね。いや、染めてるのはマスコミであって、「総て」に含まれてない国民なんか幾らでもいるのですが。
 皇室典範の条文も、サッカーのルールも知らない日本人だって、掃いて捨てるほどいるはずなんですけど。ここ数日「非国民」がずいぶん日本にはいたんだろうな。
 ちなみに、僕も、皇室典範とサッカーのルール条項、全文読んだことは一度もないです。サッカーのルール条項なんかJリーガーだって目を通したことないかもしれませんけどね。

 

 
  シード

 ところで、ワールドカップ・サッカー組み合わせ抽選会ではずいぶん悲喜劇が繰り広げられましたけど、最大の悲劇はF組のアルゼンチン、ナイジェリア、イングランド、スウェーデン。どうしてこんな優勝候補ばかりが一次リーグのひとつに集中しちゃったのか。
 そりゃ運が悪かったのが最大の原因でしょうけど。
 もうひとつは今回シードされたチームに、予選絶不調だったのに過去の実績で選ばれたブラジル、開催国の韓国、日本と、優勝候補でないのが三つも入っているのが、やはり一因でしょう。シードってのは、本来強豪をばらまくためにするのだから、韓国と日本なんかシードする必要はなかった。両チームが一次で顔合わせたくないのなら、それだけを配慮すればよかったのに。
 すべては厳正なる抽選が行なわれていた場合の話ですけど。
 まあ、札幌でアルゼンチン対イングランドが観戦できる人は、大喜びでしょう。僕も観られるものなら観たいよ。

 

 
  感動した?

 もう今年の流行語大賞発表が終わってしまいました。早いもんだ。
 年間大賞はいわゆる「小泉語録」だそうで、「長嶋語録」の方がおもしろいよって言っても、今年の小泉首相のフィーバーぶりからしたら、しょうがない。
 インタビュアーにどれが一番気に入っているか、と尋ねられたら、「米百俵」「恐れず怯まず捉われず」「聖域なき改革」「骨太の方針」等の受賞対象作ではなく、首相は「『感動した』かなあ」と答えていた。
 僕もそう思う。
 故障しながら優勝決定戦の土俵に上がり勝利した横綱・貴乃花に内閣総理大臣杯を授与する折、
 「痛みを堪えて、よくがんばった! 感動した!!」
 と讃えたもの。
 だって、首相の国民へのメッセージがこれ以上ない解り易さで呈示されてる。国会で「痛みに堪えて」と絶叫してるより、ずっと飲み込みが簡単。自画自賛したくなるのも解る。
 僕としては「ショー・ザ・フラッグ」「抵抗勢力」に大賞をあげて欲しかったけど、誰も貰いに来なかっただろうな。みんな自分とは関係ないと断わりそうだ。

 

 
  ジョージ!

 先月末死去した、元ビートルズのギターリスト、ジョージ・ハリスンを悼み、今月一日の夜はビートルズのCDからジョージのヴォーカル曲だけを発売順に聴いてみました。意外とたくさんあった。
 ジョージという人は、ビートルズのリーダーであるジョン・レノンの問題意識を、ポール・マッカートニーのように器用にポップの素材とせず、哲学的あるいは宗教的に追求しちゃった結果、若くしてあまりにも早く達観してしまった印象があります。素直で不器用な好人物だったんでしょうね。
 僕は「Here comes the sun」と「While my guitar gently weeps」が好きです。
 8日はジョン・レノンの命日だから、同じことをやってみましょうかね。ソロ・アルバムも含めたら、どれほどかかるだろう。一日仕事だろうな。ひょっとすると、二日か?

 

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