あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2001年12月23日

 
  ようやくですがバブル幻想絶滅です

 近頃アメリカ人は、今年9月11日で歴史は大きく変わった、と言いたがるらしい。その事件のあまりにハリウッド的な映像に、特撮映画からはとうぶん破壊的要素が消え、ファンタジーに移行するとか。
 でも、僕としては、たしかにあの日のテロ事件映像はショッキングだったけど、バブル崩壊後、幼女連続殺人、大震災、地下鉄サリン事件、神戸児童殺傷事件等の一連の流れとしか思えないなあ、と違和感を覚えていて、しかし改めて考えてみたら、アメリカ人だって、冷戦終了後、湾岸戦争、校内乱射事件等など、前兆を感じさせる出来事は、日本列島上ほどではないにしろ、やっぱり在ったわけで、つまりこれまではそれほど切実ではなかったんだな。大都市で数百から数千人の犠牲者が出たら影響は大きい。しかも宗教テロで。
 日本でも震災とサリン事件の後、時代は変わったと云う意見がちらほらあったけど、それでも「もう特撮映画なんか観られない。事件を思い出すから」との主張は一部の少数意見だった。これもアメリカへの信頼が想像力を麻痺させていたのだとすれば、それが崩れた今、小泉構造改革が始まった年、日本人はようやくバブル・ショックを正視できるようになったのかも。あんな時代はもう二度と来ないと。遅すぎたけど。
 もっとも、僕は、今でも特撮映画観ることに違和感はありませんけどね。もともとそういうのにあまり関心はないのですが。震災直後の神戸を知っているのにね。
 アフガニスタンでのタリバン&アルカイダ戦争の映像を見てても、湾岸戦争の続きという感じが拭えません。またやってる、と呆れてては駄目なんですね。でもね。

 

 
  テロの歌

 テロについて考えていたら、また詩歌ができました。一見、テロとは係わりなさそうな作。あくまで、事件はヒントとして。その係わりを説明してたら、長くなるし、詩でも歌でもなくなるので。
 本当に書きたいことは、なかなか散文にはなりません。なんかくやしい。

 

 
  メランコリイ

 時折、数日ほとんど寝て暮らすことがあります。
 動こうとするのだけれど、何もできない。食事して、トイレに行って、ほかはずっと寝てる。メランコリイ、または鬱状態という。僕の場合、生きる上での不可欠のよう。子供の頃は、授業中、休み時間を問わず、机に突っ伏し、成人してからは、サボるようになりました。たいてい数日したら直る。長いと一ヶ月以上かかることもあるけど、滅多にないです。
 成人してからの症状だと、みんな医者に往くとか。周囲も勧める。それに、自分でも不安になるんでしょう。寝てれば直ると僕が開き直れるのも、その意味ではちっとも不安を感じてないからだし。別の不安なら、ともかく。でも、今さら他の生き方なんてできない。
 実は先週からまたそういう状態。口を開けば「もう死のう」などと言ってる。それじゃあ死ねば、と思う。言ってるのも、思ってるのも自分だけど、他人と取っ組み合いの喧嘩をして、こいつは何いきり立ってるんだ、と醒めているのも自分なのだから、しかたない。
 こうして文章を書いて、また寝る。どうせ腹が減ったら、また起きるんですよ。
 そうは云っても、いつまでも休まれては困る。時は金なり。もっと仕事をして欲しいのだけど、アンテナみたいな人だから、何か言葉をキャッチしたら、そっちの世界に行ってしまって、当分戻って来ず、あれこれ書き残してくれるのに、こうなってしまったら、壊れたラジオ、ただの寝たきり。おい、起きろ、と小突いてやりたい。
 自分を?
 不毛だ…。

 

 
  ドイツからのカード(あるいはクリスマスシーズン2)

 ドイツから珍しいクリスマスカードが届きました。
 ただし、同居人にであって、僕宛じゃありません。周囲にそんな洒落た物を贈る奴はいない。最後に僕が貰ったのは、大学時代の後輩からだった。誰彼なくばら撒く男だったな。まあ、日本では年賀状というもっと根付いた行事が控えてるのだから、当然。僕一人の個人事情ではない、と思う。たぶん。
 珍しいと感じたのは、かわいらしいカードの絵に二十四個の小さな四角い切り込みが入っていること。そこに1から24まで番号が付されていて、そのうち三辺が切り取り線で、窓状に折り曲げられるようにできている。
 「このカードは本来11月中に贈る。それで12月になると、毎日この番号順に切り込みを開いてクリスマスを待つ。だから、イヴの日、全部の窓が開く」
 なるほど。それで24が真ん中にどんと控えているのか。向こうではクリスマスというのは、本当に待ち遠しい祭なんだな。♪もういくつ寝るとクリスマス♪、そんな心境なんでしょう。
 輸入業者の人に尋ねると、このカードは日本でも売っているのだけど、あまり売れないとか。そもそも贈られても、使い方が解らないのじゃないかな。それに11月中に発送するのも、なんだかずいぶん勇み足な気がする。
 ちなみに同居人は、インターネットで数百枚のカードを世界中に送信していました。無職でも交際範囲の広い人っているものです。
 「そちらも贈れば善いのに」
 と誘われました。ビン・ラディンの画像でも送り着けてやろうかしらん。
 たとえば、これまでの女友達総てとカードをやりとりできる仲でいられたら、なんてバカなことを考える。
 一人でクリスマスソングを聴いてますよ。その方が似合っているでしょう。

 

 
  わたしは元気です

 岩井俊二監督の映画「Love letter」のラストで、ヒロインが山に向かって叫ぶ。
 「元気ですか。わたしは元気です」
 これが韓国で大ヒットして、この日本語のセリフが流行語になっているという噂を聞いた。
 それでふと思ったのですが、このシーン、スティーブンス監督の「シェーン」に似てませんか? 生まれる遥か前の作品なので、僕はテレビ吹き替えで観たのですけど、ラストの名セリフ、
 「Shane, come back!」
が大流行したのは知ってます。山に向かって馬に跨がり去ってゆく後姿のシェーンに子供が叫ぶんですよね。大人も子供も、日本中でこの英語をジャパニーズ・イングリッシュで口にしていたとか。のどかだな。
 宮崎駿監督の「魔女の宅急便」の宣伝コピーがやっぱりこれで、たしか映画のラストもそうだと覚えていたのに、つい先日、偶然テレビで見かけると、別のセリフでした。あらら。
 でも、なんだか使ってみたくなる言葉ですね。吉田拓郎は、シングル・アルバム両方、「わたしは」抜きで、このタイトルを使ってました、たしか。
 「元気ですか。わたしは元気です」

 

 
  御挨拶

 本年、御付き合い下さった方へ。どうも。来年もできたらよろしく。
 たまたま立ち寄ってくれた人へ。これに懲りず、またどうぞ。
 今年、世界はひどかった。今年は特にひどかった。
 それでも、とりあえず、「わたしは元気です」
 ではまた。

 

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