あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年2月24日

 
  KON. KON

 今月は早起きして、ずっと歌作と歌稿整理に根と魂をつめてますので、就寝時間はこれまで通り深夜ですから、寝不足も重なり、ちょっと肉体的にも、しかしなんといっても精神的に果てております。労働基準法違反だ、と自分を訴えてもしかたないしな。
 宮柊二みたいなサラリーマン歌人は、どうして文筆と企業労働を両立できたのでしょうね。ほとんどのサラリーマン歌人は、御当人の歌を読むと、明らかに普段の生活に歌作の足を引っ張られてるようだから、これも資質なんでしょう。例外もいらっしゃいますけど。
 それにしても僕は、書く事によってしか、現実を把握できず、自分を理解できないタイプらしいのですが、だとすると今の僕は普段よりかなり高い密度で、様々な事への理解を深めている事になるのでしょうけど、しょせんそれがたいした事ではないとしても、いま僕は現実のその奇妙さに、自分と言う人間の意外さに、驚いているところなのです。
 毎度の事と言ってしまえば、それまでですが。
 でも、それはそうしたことにようやく僕の理解が届くようになったこともありますけど、それ以上に、把握の対象が姿を変えてきた、それでこれまで隠れていたものが吹き出してきたせいもあるんじゃないかとも思うのです。
 表層は明らかに変わっていますが、それは僕の関心ではないので、誰かに任せます。
 でも、そこに触れないと、浮かび上がってこないこともあります。
 世間ではソルトレーク五輪で盛り上がっているそうですが、中継は深夜から正午まで。どういう身分の方が見てるんですかね。まあ、僕は暇でも見ないかもしれませんが。夜に録画をたっぷり堪能してますので。
 ちなみに、このタイトルの「KON. KON」とは、もちろん「根・魂」のことです。雪の降る音でも、狐の鳴き声でも、咳の音でもありません。
 そういや今年は雪が少なかったな。この近所では。そちらではどうでしたか。

 

 
  プロでしょ?

 狂牛病騒ぎは、雪印食品の偽装牛肉事件に変わり、一向衰える気配もないですね。外国産を国産に、北海道産を熊本産にと、デタラメなラベルが横行していたらしい。100円の品をたとえば200円で売れば、それは儲かるに決まっている。シロウトにはバレやしないというプロの驕りでしょうか。やれやれ。
 先日、『短歌』の今月号にてインターネット短歌について鼎談があるので、つらつら流し読み。
 とりあえず「ネットには優れた歌は少ない」「ネットだけで人気を得ている歌人はいない」「でもこれからはわからない」で、一致。まあ、そうだろうな。なにしろ、ここがその最大の人気サイトのひとつらしいから。あとは推して知るべし。
 しかし、その結果どういう人が人気を得るのでしょうか。不安もあります。
 そこで注目を引いたのが、どうして現状ではそうなのかについて坂井修一氏が、まだテレビや新聞で取り上げられている人が佳い歌人だという幻想が生きている、と指摘されたのは、的を得た意見でしょう。実際、ここ数年、そういう傾向が続いている感じ。そして、これはけっして短歌などという狭い場所での問題ではないのです。
 むしろ、よそほどひどい。
 たとえば、しろうとコラムが人気を呼んで、文学にまで手を染め、大枚を稼ぎ、有名になってゆく。そんなことを考える人が、一人や二人いたとしても、べつに不思議でもなんでもないですが、本当に不思議なのは、そういう人があっさり大手企業から認められ、それをバックボーンに、より大きくなってゆくことです。
 僕はそういう所に勤めている人は、けっして無教養だとは思えません。彼等はプロですから。どういう過程を得て、そんな文章ができてきたか、一読で多くを見抜くでしょう。
 ではどうしてそういうことになるのか。僕はむしろプロであるが故に、あべこべの驕りがあるような気がするのですね。シロウトにはわかりゃしないんだ、どんなくだらない物を出しても、売れりゃ勝ちだ、そういう意識があるのじゃないか。また読者も、一度受け入れてしまうと、俺はこういうのが趣味なのさと、開き直っちゃいますしね、大概。
 でも、これって雪印の事件と、ほとんど根は同じじゃないのですかね。だから大手よりも、小さな企業にむしろ佳い物があったりします。
 もちろん、僕だって、これまでどれほど愚作の極みというほかない著書やら映画やらが巨万の富を産み、佳い作品が無視されてきたかを知らないわけじゃないですし、そういうことの繰り返しの結果、良心的なプロがすっかりやる気をなくしてしまうような環境があるのは認めますけど、それでも物事には最低限のラインがやっぱりどこかに設定されてなければいけないのじゃあないでしょうか。しっかりした鑑識眼できちんと保証した上で佳い品を世に送り出すのが、プロの使命でしょう。本当はマスコミにもこれは要求したいのだけど、現状ではほとんど期待できないし。
 とんでもないライターさんが大きな賞を受けて、後で問題発生。そうして賞の権威もろとも下落させなければ、出版者も考えないのかな。どうせ、どこぞの審判団のように、どれほど或るひとつのところに結果が集中にしようと、それは「誤審」であって、判断能力の不足だと釈明するのでしょうがね。
 近所のスーパーにも、とんでもなく不味い商品が並んでます。いつまで経っても売ってるという事は、売れているんでしょう。けど、それは全部消費者が悪いのだで済ませられる問題でもないように思うんですけれどもね。

 

 
  神様!

 街をぶらぶら歩いていたら、家電専門店のテレビからいきなりさだまさしの「償い」という唄が流れてきた。
 仰天した。そんなことってありえない。常識的に。もう二十年ほども前のLPにひっそり入ってた曲じゃないか。
 画面を見ると、それはワイドショー番組で、集団でサラリーマンを殴り殺した少年達に裁判長が、さだまさしを聴け、という判決を下したのだそうな。新手の拷問かと思ったら、真面目に歌詞を聞き取れと反省を促したのだとか。詞の素材となった、加害者と被害者の遺族の物語を味わえということなのだろう。
 恥ずかしいな。
 僕が知っているさだまさしの曲の中で、この詞はワースト1と思っている。言葉が実話の力に負けている。かつて「ニュー・ミュージック界一の詩人」と讃えられた人にも、いわゆる美談は扱いにくいらしい。件の裁判長が教唆したのも、さだの詞そのものではなく、そこで引かれている当事者の言葉だろう。だから、さだ作品のパターンが、これほどはっきりでた物もなく、特にラスト近くで「神様!ってぼくは叫んでいた」と歌われると脱力してしまう。
 さだ最初のナンバー1ヒットの「雨やどり」も、このパターンを単純に呈示している。
 「それはまだわたしが神様を信じなかったころ」と歌は始まり、「そこは苦しい時だけの神頼み」「あのひとに会わせてちょうだいませ」で願いがかない、ラストで「気がついたらあなたの腕に雨やどり」で、めでたし、めでたし。最初「まだ信じなかったころ」で始まったのだから、結局、信じたんだな。すると、ラストの「あなた」は彼氏の事なのか、それとも神様の事なのか、どちらかわからなくなる。つまりこれは、「神様を信じなかった」娘がなんだかんだあって「気がついたらあなた(彼氏もしくは神様)の腕」の中で休らっている話。最初にしか神様は出てこないのだから、すんなり聴ける。だから傑作。ゆえに大ヒット。
 でも、これって新興宗教に染まる若者のパターンじゃないのか。あぶない、あぶない。
 七十年代に圧倒的人気を誇っていたさだを捨てて、ファンの女性達は八十年代に大挙ユーミンへと鞍替えした歴史的事実があります。
 ユーミンの神様ソングといえば、やっぱり「小さい頃は神さまがいて」と始まる「やさしさに包まれたなら」。
 すると、世の女性達は、さだの唄の主人公のように「もしももしもできることでしたれば」と祈ったのに、ちっともそれがかなわないから、神さまがいたのは小さい頃、もう私は大人と、ユーミン風に言えば「不安な明日をダブルで飲み干す」「街角のペシミスト」に早変わりしていったのでしょうか。さびしいですね。
 ところで、どうでもいいけど、宇多田ヒカルの曲の題って、どうしてああもさだまさしと同じなんですか。
 「距離(ディスタンス)」と「DISTANCE」、「初恋」と「FIRST LOVE」、「Eternally」はそのまんまで、曲調まで似てる。
 いや、べつに何も問題ないんですけどね、これって偶然ですか。
 たんに似た世界だということですか。
 それならそれでおもしろいな。リズムはあれほど違うのだから。

 

 
  お知らせ

 トップページの「うぃくりい・わあくす」は、しばらく既刊本からの抜粋を中心にやってきましたが、もうだいたい半分ほども載せてしまったし、そろそろあきてきたので、これからしばらく雑誌発表のみの作品を中心でいきたいと思います。これまでも思い出したように載せてきましたが、しばらく続けようかな。
 既刊四冊からの抄録は、もうやめるつもり。
 掲載詠を気に入ってもらえたのか、本を購入したいというきっかけにもなってくれたようですが、単行本未収録作の方が反響あるのは、やっぱり人間心理の必然ということでしょうか。特に、読もうとしても、今では読みづらい物ならば。
 しばらく適当にいろいろ拾い上げてみますので、興味のある人は、どうぞ。できれば、興味のない人も来てくれたら嬉しい。ははは。

 

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