想い出すほど恥ずかしい
某シンガーの新曲をたまたまインターネットのダウンロードのコーナーで聴いた。おいおい、これって某のあれとそっくりじゃないのと思ったが、はたして売れるのだろうか。できれば売れて欲しくはないな。本人はそんな作品知らないというのかもしれないが、周囲全員が知らないはずはないし、おそらく確信犯なんだろう。あるいは、気付かず作ってしまった後、スタッフに指摘されても、没にしてくれなかったら、もう引っ込みがつかなくなってるのかもしれないな。 でも、偶然に似てしまうということはあります。実は僕にもうんざりする想い出が幾つかあるのだけど、ほとんどの場合、僕一人が覚えているだけで、誰も知らない。他人の目に一度も触れさせなければ、恥は自分が知るのみ。
しかし、例外はあるんだな。
学生の頃、歌集を出したくて、自分でワープロ打ちし、ホッチキスで留めた自装本を数冊作って、人に配った。それから間もなくして某有名歌人が出版した著書中の一首の下の句(五七五・七七の七七の部分)が、この自装本の一首にびっくりするほど似ていて、慌ててその初出時を調べてみたところ、ちょうどその自装本の発行時とその短歌が雑誌に載ったのが同時期だと判明。 詠んだのは数年前だし、あるいは発表は僕の方が先かも知れないけど、人目に触れたのは向こうが先。がっかりしました。まだ配っていなかった残部には、その一首に抹消線を引いて渡したけど、却って目立ってしまい、手渡した全員にその理由を尋ねられることになりました。
また、ある短歌雑誌の三十首詠新人賞に応募した時のこと。 締め切りひと月前に僕は数年間に詠んだ歌の中から気に入ったのを選んで送った。やがて、その締め切り前後あたりから、ヒットチャートに食い込んできた曲を初めて耳にして、僕は呆然。その曲のサビの一節が、応募した一首のこれまた下の句にそっくりだったのです。 おそらく、僕がその歌を詠んだ時、その歌はまだできていなかったでしょう。しかし、その歌がレコーディングされた時、その作詞者が僕の歌を知らなかったことも100パーセント間違いない。 これだけでもうんざりする展開ですけど、さらに話は続きがあって、応募の半年後、その賞には見事落選したのですが、この雑誌は落選者の作品も一部だけ載せてくれました。ところが選りにもよって掲載された僕の作の巻頭は、まさに例のあの歌だったのです。全作載せないなら、もっとマシなのがあったろうと、編集者をなじりたかった。なにしろつい先日ヒットしたばかりの曲。とにかく会う人ごとにこの一件は話に取り上げられました。当然。 逆恨みに近いけど、当時はその歌手の写真や映像を目にするだけで嫌になりました。もちろん、僕が嫌になるのは、自分自身であって、その歌手じゃない。その歌手の名や顔を目にする度に、自己嫌悪に陥るから、見たくないのですね。 もしその曲のヒットがあと数カ月早かったら、僕のその歌は永遠に日の目を見なかったでしょうが、どうせ堂々全国誌に載せたものとの開き直りで、第一歌集に平然と鎮座してます。善かったのやら、悪かったのやら。
発想が平凡なんだよと言われたら、かしこまるしかない。まあ、著書を出すようになってからは、さいわいそういうことはなくなりました。 逆に、おまえ、それ、俺の真似だろ、と言いたくなるケースはあるけど、それはべつに恥ずかしくはないし、自己嫌悪にも陥らない。健全です。ふう。
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