有顔な人
東京へ引っ越してきた当初、あちこちから 「誰に会いに行った?」 と尋ねられました。せっかく東京に居るのだから有名な作家に会いに行かなきゃ、ということなのですが、もともと見知らぬ人どころか気心知れた人にも滅多に顔を出しに行かない質(たち)ですので、聞き流していると、ある人はとうとう 「そんなことじゃダメ」と往復葉書を突き付けてきて、 「誰か宛名を書いて」と言います。 なるほど、東京とはそういう所なのだなあ、つくづくそう感じました。たとえば大阪府内に住んでた時そんなことを言った人は一人もいない。大阪にだって著名人は幾らでも居るのですが。 それでもこちらが渋っていると、その人は僕の本棚から適当な名前を物色し始めました。その結果、詩歌句関連の棚で、物故者を除けば、一番たくさんそこに並んでいた著者を指さし、 「この人が良い」 それまで奈良に居たので、もし奈良県内の居住者を挙げたら笑ってやろうと思ったのですが、まさに都内におられるかただったので、本当に往復葉書は投函されてしまいました。その後、こちらの予想通り、返事はなし。おそらく、さぞかし御迷惑なことだったでしょう。この場を借りてお詫び申し上げます。 それからいままで有名人に会うことなどほとんど無いまま暮らしております。そもそも出歩くことすら稀な生活では当たり前ですが。
もっとも、ただ一度だけテレビで見かけた人と擦れ違ったことがあります。 白昼、背広姿のそのかたを見て、おや、何処かで見覚えのある人だ、と思いました。すると、そのかたは擦れ違いざま、こちらに向って軽く会釈をされたのです。 えっ、俺に? と途惑いましたが、周囲には他に誰もいないから、とりあえずこちらも会釈を返し、離れてから誰だっけと首を捻り、テレビのコメンテーターだと気付いた時は、驚きました。どうして自分に頭を下げたのだろう。 でも、よく考えれば、不思議でもなんでもないことで。 僕はそのかたを一瞥し、何処かで見覚えのある人だ、と思ったわけです。人はそういう時とりあえず挨拶をしておくことがあります。無視できない、でも思い出せない人なんて、交際の広い人ならたくさんいることでしょう。だから、そのかたはその時の僕の表情などを観察し、こちらがそういう意図でとりあえずの挨拶をしてくるだろうと考えたのでしょう。それで先んじて自分から頭を下げた、そう想像すれば、説明はつきます。そう思うと、このかたはこれまで一体どれほど多くの見知らぬ人に、とりあえずの挨拶をされてきたのかと思うと、有名人も楽じゃないのだろうな、と同情しました。 でも、先の人は文字どおり名が知られた有名人なのですが、このかたの場合、有名人とは呼べないかも。だって名前をどうしても思い出せないから。友達に聞いても、誰も知らなかった。 でも、顔はみんな知ってる。 だから、有名というより有顔(?)な人なのでしょう。テレビ・キャラクターならではですね。本物の有名人に会ったら、頭を下げたりしない。周囲に人だかりができるかも。中途半端な知名度なんだろうな。 そう思ったら、なんだか同情を踏み越えて、共感してしまいそうだ。 どちらにせよ、なんだか大変な人生なんでしょう。それなりに楽しくもあるのかもしれないけど。
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