あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年6月2日

 
  「惺」さーん

 「惺」って変わったお名前ですねえ…とは言われたことがない。
 いや、本当。
 いつか言われるものだと覚悟してたのですが、いまだに一度もないのですね。まだ自分以外の惺さんに会ったことがないから、名のってる本人が珍しいのじゃないかと思っているのに。
 それで、先日ちょっとインターネットの検索に「惺」をかけてみたのですが、驚きました。
 数学者、弁護士、漫画家、企業経営者、医者、オンライン小説家、語学教師、映画スタッフ、心理学者、某市法務局部長などなど、出るわ、出るわ。こんなにいっぱいいらっしゃる全国の惺さん。珍しい名前というのは、自分のとんでもない勘違いであったことに気付きました。全国で自分だけじゃないかと思っていた時期もあったのに、なんたること。それはむかしのことですけどね。
 笑ったのが、オンライン小説の登場人物。しかも、一作じゃなく、複数! SFファンタジー系やら、純愛系やら、いろいろありましたが、みんな何を考えているのだ。
 しかし、一番驚いたのは、某市議会議員さんでした。この議員さんの地元は、俺がむかし住んでいた街じゃないですか。でも全然、記憶にない。新人かもしれないけれど、ベテランだったら、二重のショック。当選回数も調べておくべきだったのでしょうが、面倒なのでやめました。
 ただし、読みは「サトル」と「セイ」に分かれるようです。ちなみに僕は「サトル」と読ませてますが、「セイ」をニックネームにされてます。つまり呼ばれる時は「ミヤケサトル」か「セイ」なのです。「サトル」とは誰も呼ばない、何故か。
 いきなり「さとるさん」なんて呼ばれたら、たぶん、仰天するだろうけどさ。

 
  有顔な人

 東京へ引っ越してきた当初、あちこちから
 「誰に会いに行った?」
と尋ねられました。せっかく東京に居るのだから有名な作家に会いに行かなきゃ、ということなのですが、もともと見知らぬ人どころか気心知れた人にも滅多に顔を出しに行かない質(たち)ですので、聞き流していると、ある人はとうとう
 「そんなことじゃダメ」と往復葉書を突き付けてきて、
 「誰か宛名を書いて」と言います。
 なるほど、東京とはそういう所なのだなあ、つくづくそう感じました。たとえば大阪府内に住んでた時そんなことを言った人は一人もいない。大阪にだって著名人は幾らでも居るのですが。
 それでもこちらが渋っていると、その人は僕の本棚から適当な名前を物色し始めました。その結果、詩歌句関連の棚で、物故者を除けば、一番たくさんそこに並んでいた著者を指さし、
 「この人が良い」
 それまで奈良に居たので、もし奈良県内の居住者を挙げたら笑ってやろうと思ったのですが、まさに都内におられるかただったので、本当に往復葉書は投函されてしまいました。その後、こちらの予想通り、返事はなし。おそらく、さぞかし御迷惑なことだったでしょう。この場を借りてお詫び申し上げます。
 それからいままで有名人に会うことなどほとんど無いまま暮らしております。そもそも出歩くことすら稀な生活では当たり前ですが。

 もっとも、ただ一度だけテレビで見かけた人と擦れ違ったことがあります。
 白昼、背広姿のそのかたを見て、おや、何処かで見覚えのある人だ、と思いました。すると、そのかたは擦れ違いざま、こちらに向って軽く会釈をされたのです。
 えっ、俺に? と途惑いましたが、周囲には他に誰もいないから、とりあえずこちらも会釈を返し、離れてから誰だっけと首を捻り、テレビのコメンテーターだと気付いた時は、驚きました。どうして自分に頭を下げたのだろう。
 でも、よく考えれば、不思議でもなんでもないことで。
 僕はそのかたを一瞥し、何処かで見覚えのある人だ、と思ったわけです。人はそういう時とりあえず挨拶をしておくことがあります。無視できない、でも思い出せない人なんて、交際の広い人ならたくさんいることでしょう。だから、そのかたはその時の僕の表情などを観察し、こちらがそういう意図でとりあえずの挨拶をしてくるだろうと考えたのでしょう。それで先んじて自分から頭を下げた、そう想像すれば、説明はつきます。そう思うと、このかたはこれまで一体どれほど多くの見知らぬ人に、とりあえずの挨拶をされてきたのかと思うと、有名人も楽じゃないのだろうな、と同情しました。
 でも、先の人は文字どおり名が知られた有名人なのですが、このかたの場合、有名人とは呼べないかも。だって名前をどうしても思い出せないから。友達に聞いても、誰も知らなかった。
 でも、顔はみんな知ってる。
 だから、有名というより有顔(?)な人なのでしょう。テレビ・キャラクターならではですね。本物の有名人に会ったら、頭を下げたりしない。周囲に人だかりができるかも。中途半端な知名度なんだろうな。
 そう思ったら、なんだか同情を踏み越えて、共感してしまいそうだ。
 どちらにせよ、なんだか大変な人生なんでしょう。それなりに楽しくもあるのかもしれないけど。

 
  ファンタジスタ観戦

 ついにサッカー・ワールドカップKorea Japanが始まってしまいました。とりあえずは、めでたい。
 それで、各マスコミでサッカー解説者なる人達が、スポーツ番組やスポーツ紙以外でも喋くりまくっていらっしゃいます。たとえば、こんなふうに。
 「コーナーからの高さへの対応が不十分。スペースを作らせないことが肝腎です」
 「オフサイドトラップを外されましたね。ディフェンスラインをもっと押し上げないと」
 「ミッドフィルダー、とくにボランチは、もっとカウンター対策が必要です」
 多くの人がパソコン教本を初めて読んだ時と同様の戸惑いを感じてらっしゃるのじゃあないでしょうか。サッカー番組ならしかたないと思えますけど。
 いきなりこんなこと言われても、さっぱりわからないでしょう。サッカー解説者がこういう言葉を使うのは当然として、その言葉を受け取りただ垂れ流している人達は、何を考えているのでしょう。それとも、こういう言葉はもうシュートやパスといった日常語のレベルになっちゃってるのでしょうか。
 「ファンタジスタ達の熱い汗が、うんぬん」
くらいはサッカー中継なら許されるべきでしょうけどね。べつにわからなくてもかまわないし。
 まあ、このエッセイ欄にもずいぶんと日常語とは程遠い言葉が並んでる気がしますけどね。けっして、ただ垂れ流してるわけではないんですが。
 「サッカー選手ってのはファンタばかり飲んでるのかのう」
なんて会話が何処かでなされているかもしれませんが、善いでしょう、それも微笑ましくて。
 「ファンタを飲む」のじゃなくて「ファンタジーを興す」のだ、などと説明し始めたら、ミッキー・マウスとかハリー・ポッターまで話がずれて、収集がつかなくなったりするかもしれませんが。
 でも、すばらしいプレーをファンタジーと受け取れる感性は、すばらしいと思いませんか?

 
  ファンタジスタ観戦2

 ワールドカップ開幕戦フランス対セネガルをぼんやり見てたのですが、試合終了直後の勝ったセネガルチームの喜び様はすごかった。たぶん、対戦相手が決まってから、セネガルの人々はずっとかつて宗主国だったフランスに勝利することだけを願ってきたんでしょうねえ。植民地にされた国民の心理というものは僕等には今一つぴんとこないものがあるけど、想像はできます。
 でも、あんなに喜んでしまったら、この後、精神的に空白ができて、もう一度べつの目標を設定できるのか、つまり一次リーグ突破に標準を合わせられるのか、心配になるほどでした。結局、調子を崩して、他チームに連敗したら、決勝進出は順当にフランス代表に納まってしまうのじゃあないかと。もちろん、優勝候補の仏チームにあまり早々脱落してもらっては、おもしろくないというこちらの希望的観測を含みます。それもこれも仏のエース、ジダンの怪我の快復次第なのかもしれませんが。
 イングランド対スウェーデンは人気のイングランドのためか高い視聴率だったようですが、試合終了間際は両チームとも完全に引き分け狙いで、前半はともかく後半はつまらなかった。半分程の視聴率しかなかったアルゼンチン対ナイジェリアの方がずっとおもしろかったな。したたかに守り、一瞬の隙を狙うナイジェリアと、圧倒的に攻めまくるアルゼンチン、共にパフォーマンスの点では、英・瑞を上まってるように映りました。
 なんだかんだって試合のほとんどをぼんやり眺めてしまっている僕です。すっかり目が肥えて、Jリーグが観られなくなったらどうしよう。

 
  オールスターだろ?

 プロ野球オールスターゲームのポジション別得票数の中間発表をつらつら見て、思ったのですが。
 阪神ファンよ、考え直せ、と言いたい。
 投票用紙に載っているからとはいえ、藤本を推すのはどう考えてもおかしい。現在、チーム内でも、斉藤、関本に次ぐ遊撃手三番手を田中等と争っている状態。過去にレギュラーを獲得した実績もない。仮に一位に選出されても、あの星野監督のこと、「この成績でオールスターとは恥ずかしい。辞退せよ」と言われるかもしれない。
 目下、ホームランと打点でリーグのトップでありながら、一塁手の二位にあまんじているアリアスのためにもっと頑張った方が説得力ある。まあ、相手が清原じゃ容易ではないだろうけど。セ・リーグのファーストは、昔から巨人の指定席だしねえ。
 
どうしても阪神選手を推したいなら、現在の試合で活躍している選手にすべき。元木を推してる巨人ファンも誉められないけど、成績からいえば、ショートはやっぱり、井端か、宮本だと思う。それにしても、所属がヤクルトとはいえ、宮本はどうしてこんなに人気がないのだ?
 怪我で欠場中の片岡と赤星が大量得票しているのも解せない。人気と声援と同情と回復後の期待のせいだとは思うけど、三番打者として活躍中の浜中より赤星が外野手部門の得票が上というのでは、浜中が可哀想ではないか。片岡の三塁手一位は過去の実績を考えれば不思議ではないにしても、あまりに二位以下との差がありすぎ。
 そういえば、むかしサードといえばチームの花形だったのに、今年のセ・リーグはどうしてこうもレベルが低いのだろう。推したい選手なんか一人もいない。中村紀洋に圧倒され、下位に沈んでいるパ・リーグの小久保や田中幸雄と比べると、特にそう思う。小久保もチームメートの井口が二塁手部門で独走しているのを目にすると、ポジション別の不運を感じているんだろう。まあ、今の調子なら、結局、監督推薦では選ばれるだろうけれど。
 巨人ファンにも言いたい。
 打率一割台の仁志がディアスや立浪の倍以上得票しているのは、やっぱりおかしい。オールスター前には調子を戻してくると信じているのだろうけど、このままだとオールスター前には二軍かもしれない。調子を戻してからでも間に合うと思うよ。
 選ばれれば誰だって嬉しいに決まっていると考えるファンもいるのでしょうけど、何処にでも「ふさわしい場」とか「分不相応」というのはあるのだから、選ばれるに値しないと自覚している人が紛れ込んだら、ベンチに居ても肩身が狭いだけじゃないかと危ぶむのです。却って可哀想じゃないかなあ。
 だからさ、投票用紙に最初から一部の選手の名前を書くのはやめるべきだよ。スターは自由な意志で選ぶべきで、投票前に球団が選考対象に妙な枠を嵌めるから、こんなおかしなことになる。載せるなら登録選手全員を載せるべき。もう何年もやっているから、充分わかっているはずだろうに。まったく。

 

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