あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年6月24日

 
  ひんやりW杯

 すさまじい盛り上がりを見せたサッカー・ワールドカップKorea Japanでしたが、なんだかそれも遠い国の出来事のようでした。その熱気は画面越しにも充分伝わってはきましたが。
 僕はわざわざJリーグの試合を観に行くほどですから、日本戦はもちろん、半分以上の試合中継を観戦してましたが、最近、顔突き合わせて口を利く人も、メールのやりとりがある人も、誰一人サッカーに興味がある人はいないらしく、あの「日本対ロシア」でさえ結果を後から聞いた奴ばかりで、
 「稲本の活躍はすばらしかった」
 「ふうん。中田なら知ってる」
 こんな調子。たぶん中田ヒデは知ってても、中田浩二はその存在すら知らないんだろうな。
 サッカーに興味がないなら、真っ当な反応なのですが、なんだか妙に疎外感をたっぷり味わされた一ヶ月でした。とりあえず、試合会場で、青いトレーナー着て、手拍子しながら、「ニッポン!」と叫びたいタイプばかりじゃないということでしょう。君が代、頬の日の丸ペイント、ゴールシーンに喜ぶ首相の映像。国家行事だものね。
 あの会場には、応援をせずに、サッカーを楽しんでいる人がどれほどいるのでしょうか。特に対韓国戦。あそこはナショナリズムを発散する聖地であって、行なわれているのは、競技というより、聖なる儀式みたい。とすると、サッカーの試合が観たい僕などが、入り込める余地など、最初から無いのだろうな。
 僕は自室の窓の下に置いてあるテレビをずっと一人で観てました。冷たい物など飲みながら。ひんやりと。
 ひんやり。
 すると、対トルコ戦の観戦時には、家の前を通る相合い傘の若いカップルを、窓からずいぶんたくさん見かけました。そりゃデートの方がサッカーより大事だよな。
 テレビ視聴率が六割強ということは、四割弱の人は見ていなかったという計算。野球のイチロー選手の打率程度だね。いま三割六部だっけ。結構あるもんだ。
 ワールドカップをみんなで一緒に楽しむ人と、みんなで一緒に無視する人と。
 そういう意味でも、たっぷり疎外感を味わったワールドカップでした。けど、四年後またやるんだよね…。
 とりあえず、まもなく祭りも終わるのだから、ゆっくり残り試合をテレビ観戦して、切符を簡単に買えるJリーグでまたゆっくりサッカーを観ましょう。贔屓の応援しなくても、サッカーって観てるだけでも楽しいのだから。
 誰と?
 どうせ一人だよ。ふん。

 
 累積赤字

 御存知でしょうが、この国には多くの文筆業者がいらっしゃるわけだけど、実際に文筆だけで生活できている人はわずかで、他は副業で(時にはこちらの方がはるかに多く)補っていたり、生活とは呼べないような暮らしをしていらっしゃる。
 出版する本が統て数十万部いけば豪勢な身分だが、数万部じゃ毎年新刊を次々出さないかぎり、せいぜい部屋賃にしかならない。バブルの土地狂乱はとっくに納まったのに、都会は相も変わらず田舎の数倍が相場なもので。数万部ということは、数十万部の十分の一で、数百万部の百分の一(あたりまえだ)、それが収入に直接響くんだよ。
 雑誌で名を売っているような人でも、実態は苦しいのだ。儲けている者と貧しい者との差が、最も甚だしい職種のひとつだものな。

 僕なんかも毎日文筆と読書以外に何もしていないようなものだけど、当然それだけでは生きていけない。それで人から借りたり、奢ってもらったりしながら、
 「いつか本が売れたら全部返すよ」
などと言っていたのだが、今日は気分が良いので、ふと一体いまどれほどそれが積み重なっているのか気になって数えてみた。
 「愕然」とはこの時の為の言葉だろう。
 家が建つぞ。
 百万部のベストセラーを出しても精算できないとは知らなかった。三十万部なら三冊でも足りない。恐ろしい。雪だるま式とはこのことだ。日本の国家財政を彷彿とさせる。足りないから借りて、足りないから借りて、ついに返済不能な金額に至るんだ。
 金融業者から借りていたら、とっくに殺されていた。いや、あいつら、そのうち本当に殺しに来るかもしれないな。その時は黙って殺させてやる方が良さそうだ。尋常じゃないぞ、これは。
 と、判明したって何が変わるわけでもないんだがな。
 とりあえず、そんなことを考えていたら、一首できた。めでたいことだ。

 そうか?

 死ぬのなら借金を全部返済してから死にたいと言った詩人を思い出すよ。そいつは結局、一円も返さず、早逝してしまったが。
 僕が死んだら、貸した奴等はこちらの血縁者の処に押し掛けるだろう。そして、どこからもけんもほろろに追い返されるだろう。哀しいな。
 僕が哀しんでもしょうがないんだが。
 とりあえず、早く新刊が出て、売れることを祈ろう。総ての人達の為に。

 さて、調子に乗って言葉が滑るままに任せてきたけど、この項、何処までがノンフィクションなのでしょうねえ。

 信憑性、ありすぎ?

 
  「桜」再掲載

 「うぃくりい・わあくす」で掲載した小説「桜」は、連載終了後、一旦リンクを切り、過去ログ倉庫に入れたため、読めないファイルになっていましたが、先日、掲載中のリンクが錯綜してたため、律儀に毎週来なければ読みづらい状況になっていたことが判明しましたので、改めてアップロードし、更新記録から入れるようにしておきました。
 期間中に困惑した方々には失礼しました。
 来月いっぱいまで掲載しますので、読み損ねた方もこの機会に一読していってください。

 
  打ちミス

 先日、著書紹介ページ(「Online Order」「My Back Pages」から入れます)に手を入れまして、今日、何の気無しに読み直したら、蒼ざめた。
 誤植。誤植。間違いだらけ。
 俺はこんな物を世間に堂々と晒してきたかと思うと、泣くに泣けなかった。しかし、まさか誰かが勝手に弄ったわけではないだろうし、自分のミスなのでしょう。
 特にひどかったのが、「月のむこうがわ」ページで、引用歌がひどい。全然関係のない二首をまとめて意味不明の一首にしているのさえ複数あった。どうして自分の作品でこういうナンセンスができるかねえ。他人がやったら、頭から火吹いたよ、きっと。別の意味で、火吹いちゃったけど。
 ちょっと意気消沈して、反省ポーズでもとってます。反省。
 あれ読んで、あきれていた方は、すみませんが今一度読み直して下さい。本当はこういう本なんです。

 
  梅雨寒

 近頃、東日本は異様な低温に悩まされています。
 きのう真昼に外出したら、半袖を着て歩いているのは、僕だけでした。長袖はもう押し入れの奥にしまい込んでしまったからなのですが、内心、寒さに震えつつ、
 「六月なのに、みんな変。雪国でもないのに」
 などと思いながら、歩いてたのですが、夜の天気予報で、
 「今日は四月並みの気温でした」
 そう言われた途端、つまらない痩せ我慢をしていた気がしてきました。風邪ひかなくて、よかった。

 

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