あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年7月6日

 
  詩人・ヒディング監督

 日韓共催ワールドカップの間、僕等は膨大な韓国の情報に晒されました。街角の風景、料理、ポップミュージック。決勝戦前日には、北朝鮮との壮絶な銃撃戦ニュースまで。
 でも、その中で、僕の一番興味を引いたのは、開催終了後「愛される詩人、ヒディング監督」という某新聞のコラムの翻訳です。これもインターネットのおかげ。電子サイトがなければ、たぶん読まない。
 ヒディング氏は、御存知の通り韓国代表チームの監督を務めたオランダ人で、今大会における韓国躍進の最大の貢献者として、韓国ではほとんど英雄扱いとか。その誉め讃える映像や言葉は、もはや充分すぎるほど伝わってますけど、その中に紛れ込んでいたのが、この記事でした。
 つまり、ヒディング氏がインタビューに答えたその言葉は、「迂回的な表現」を持ち、その「短くて濃い感想」は、「詩人の祝詞だった」のだそうです。そして、スタジアム上での不可解なパフォーマンスは、「詩人のメタファーではなかっただろうか」と解釈されてます。そして、「詩人は愛されるもの」で、「神話は現実のものになり、彼は詩を書いた」ので、ヒディング氏が韓国民の心を奪ったのは、「現実をいやす詩的な感覚、心を託して寄りかかれる哲学を彼から見つけたためであろう」と締めくくられています。
 韓国の書店では詩集が大きな売り上げを占め、詩人は尊敬されているとは以前から聞かされていましたけど、それがどの程度のものか、少しは想像できました。それにしても、「詩人は愛されるもの」と、こうも断言口調で語られますと、ちょっと途惑います。
 日本のスポーツ関係者が、インタビューでどれほど「迂回的な表現」を持った「短くて濃い感想」を述べようと、それを「詩人の祝詞」と解釈しそうなのは、当の詩人ぐらいじゃないでしょうか。大新聞の記者がそんな文章を仮に書いたとして、はたして紙面に採用されたかどうか。
 長嶋元巨人軍監督が、しばしば口にする、ぶっとんだ表現を、「詩」と讃えたら、文章のせいじゃなく、別の所で笑いを誘発してしまいそう。時代が変われば、何処が可笑しいのか、それも不明になるのでしょうが。
 とりあえず、「詩」とか「詩人」とかいう言葉が、あちらの国とはずいぶん違ったイメージを、こちらでは持たれているらしい。少なくとも、狭義の「詩」という言葉から、「現実をいやす詩的な感覚、心を託して寄りかかれる哲学」をイメージする人は、ここではわずかなんでしょうね。僕はそういう「詩」を残したいと常に願ってはいますが、そういう「詩」を書きたいという詩人もまた、この国では少数派に属する気がします。

 ところで、ヒディング監督のあの妙な、右手を下から突き上げるガッツポーズは、本人のオリジナルなのでしょうか。全然よそでは見覚えがないのですが。
 野球を見慣れた目には、アンダースロー投法にも見える。
 でも、似合ってた。堂に入ってれば、なんでもいいんだな、きっと。

 
  亀の呪い

 深夜、「ピンポーン」と玄関ブザーが鳴ったので、わざわざ寝床から起き上がり、ドアの覗き穴から外を見たら、一人の男が家庭用ハンディビデオをかかえ、僕を待っていました。
 世間がようやくワールドカップ・フィーバーを終えて、夜更かし生活に別れを告げようとしているのに、何なのですかね。近所に住む者として、まったく知らない仲ではないですが、そのまま布団へUターンしました。
 そういや、昔のマンガに、何処へ行くにもハンディビデオ撮影機を離さない少年がいましたが、あの総てを撮影したいと云う欲望はどうして湧いてくるのでしょう。もっとも、彼とは違い、その男は「僕」を撮りたかったのでしょうけど、彼と僕との薄い付き合いから推察して、自分に関わりがある者を残らず写したいと云う意志でもあるのか、あるいは、酔っぱらっていて、イタズラがしたかっただけなのか。あれから見かけないけど、どうしたのでしょう。
 「呪われた生活」
 布団に戻り、今目にした光景を説明したら、同居人にそう言われました。
 「呪い? 誰に?」
 「さあ?」
 呪いと言われても、ピンとこない。子供の頃、亀の足が遅いことに引っ掛けて、「亀ののろい」という駄洒落が流行ったのを憶い出し、

  ♪もしもし亀よ
   亀さんよ♪

 懐かしい童謡を口ずさんだら、
 「三宅さん、亀だったの?」
 「違うよ。亀に呪いを解いてもらうように頼んでるんだ」

  ♪世界のうちでおまえほど
   あゆみの呪いものはない
   どうしてそんなに呪うのか♪

 そのまま一番を唄いきって、さて二番はどうだったっけと、頭に浮かぶままにメロディを続けると、

  ♪どんなに呼んでも返事せぬ
   無口なあなたはどなたかと
   よくよく近くで見てみたら
   鏡に映った僕の顔♪

 いや、違った。これは替え歌の方の二番だった。しかし、本物の二番と、替え歌の一番は想い出せない。想い出すのは、覗き穴の向こうで、夜の闇に照らされながら、じっとハンディカメラをかかえている笑顔。
 なんだか、たとえ深夜だとしても、無視して寝て、悪かった気がしてきました。
 「バカ! 何時だと思ってる !! 」
 そう怒鳴ってやれば善かったのかもしれない。
 でも、今夜また来たら、やっぱりそのまま寝てるか、起こされたことに苛立ちながら、こうして文章でも書いているか、どちらかでしょう。
 ちなみに今は午前四時半。もうすぐ夜明けかな。

 
  果物だもの

 今年もぼちぼち御中元(?)が届き始めました。みなさま、ありがとうございます。
 おかげで、梨、無花果、デラウェア等、夏の果物にはすっかり縁付きました。自分で買わなくなったので、スイカを食べることが、きわめて稀になったりもしてます。
 時々あきるほどスイカを食べられるようになりたいな、などと思ったりもする夏です。もちろん、自腹でね。

 

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