あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年7月27日

 
  ゴキゴキ狂想曲

 この町は都会より少し気温が低めのせいか、仲秋から初春までゴキブリを見かけることはありません。いや、ここはかなり少ない方だと思い、今日まで生きてきました。
 ところが、夏ともなると、やっぱり御出でになるのです、ゴキさんは。呼びも、招きもしないのに。もともと気にするタイプではありませんが、世の中にはとっても気にする人もいます。そういう人が目前で騒げば、いつまでも無視するわけにもいきません。
 今年の春は暑かった為か、毎週御対面。去年まではせいぜい月一だったのに比べれば、これはひどいと、放っておいても良かったのに、なんとかするかと考えたのが今から思えば運の尽き。
 これまでは同居人が紙製箱型使い捨てタイプを申し訳程度に設置していたのですが、その同居人が店のレジ横で目に止めたのは、「特売」の文字と共に積み上げられたホウ酸ダンゴのパッケージ。
 ゴキブリの大好きな七つの誘引成分で逃がさず誘い込み、ダンゴを食べたゴキブリの糞を巣で仲間も食べてると纏めて、という魅力的な宣伝文句。
 一思案の後、試してみるかと、それを購入し、さっそく帰宅後あちこち部屋中に設置しました。
 悲劇はその日から始まったのです。
 連日連夜、一日も欠かすこともなく繰り返される御訪問。しかも、晩飯時は必ずテーブルの上を這い昇ってくる。目に止まらぬほどのスピードで走り回る巨大な成虫から、生まれたてらしいまだ黒い幼虫まで、絶えることも無く、次々と。
 大好きな誘引成分! 宣伝文句に嘘いつわりはありませんでした。マンション中から誘引してるのでは、ひょっとすると御近所の分までと、危ぶむほどの恐ろしさ。
 もう少しの辛抱だ、時間が経てば、その効果が現われるはずだと、自分に言い聞かせ、自分を励まして、はや一週間。食欲が減退気味なのは、雨のせいでも、暑さのせいでもなく、彼等のせいか。いや、そこまで神経、デリケートじゃありません。でも、彼等は病気を運んで来るし、そんなことで寝込みたくない。では、何者の為なら寝込めるのか、それを語ると長くなるから、ともあれ、ゴキブリは御免。
 効果が現われるのが先か、誘引成分を部屋から一掃するのが先か。ひょっとして、病気になるのが先じゃないだろうか。そんな柔(やわ)じゃないから、もうどうだっていいか。なんであれ命を奪う権利は僕には、そもそもまだ一度も自分の手で、しかし、こちらを害するかもしれない者まで放っておくわけには。そんなことをつらつら考えていると。
 十日程して、気が付けば、彼等の姿が目に入らなくなっていました。これでしばらく会うこともないと信じることにします。
 でも、忘れていたと云うことは、やっぱりあまり気にしてなかったんだな。ダンゴがアピールした存在。
 本当は誰がアピールしてるのでしょうね。

 ところで先日、十七年後、直径2キロの小惑星が地球に激突するかもしれないと報じられました。これまでも似たような話はありましたが、今回は何故かずいぶんニュースで大きく扱われている。
 近年、恐竜がいなくなったのは、隕石がぶつかった衝撃に因る気象環境の激変のせいだとも言われています。氷漬けのマンモスの胃袋から消化されていない草が発見されたことから、このマンモスは食事中あっという間に氷ってしまった可能性が高く、これほど一瞬に気温を下げるには、隕石の衝突が最も確率が高い、というわけです。
 それでも滅びなかったのがゴキブリ。恐竜よりも古い、生きた化石。
 大気圏のない月は、隕石がぶつかったせいらしいクレーター(穴)だらけなのだから、地球の場合は大気圏でたいてい燃え尽きてしまうとはいえ、当然、始終なにかしら空から降ってくる。でかいと燃えながらもまともにぶつかってしまうでしょうし、これまでも何度かぶつかったらしい証拠もあるようなのですね。
 人類を絶滅させるには、直径数百メートルの隕石ひとつで充分、という説もあるそうです。
 すると、いよいよ地球はゴキブリの黄金時代突入なのでしょうか。
 でも、それなら恐竜絶滅時にチャンスは充分あったはずなのだから、彼等にはそんな必要も意欲もいらないのだろうな。今でも地球の大半の土地に住んでいるのだし、シーラカンスにも負けない伝統(?)ある生物種、あれで結構、地球の主役を今でも張ってるつもりかも。
 けど、本当は恐竜だってそういう意識を持っていたかどうか怪しいものだし、「地球の主役」意識を持ったのは、長い地球史の中でもヒトぐらいなのかもしれませんね。それが善いことか悪いことかは別にして。
 もっとも、本当にぶつかる可能性は、現在の計算では、数十万分の一でしかないらしいのですが。

 ひょっとして、あの小惑星は、ホウ酸ダンゴに脅威を感じたゴキさんが宇宙に宛てたSOSに応じ、人類に向けて発射された、強力な援護バズーカ砲弾なのではということは、くだらなすぎて、売れないSF作家でさえ考え付かないだろうな。
 自慢になるのか、それが。
 いずれにせよ人間がちょっと努力した程度ではゴキさんを滅ぼすことは不可能なのでしょう。日本在来種のトキをついに救えなかったように。
 べつに滅ぼさなくても良いよ。でも、少し、数を減らしてくれ。食事ぐらいゆっくり採りたいからね。

 
  異国語詠歌

 もともと夏も冬も得意じゃないのだけど、今年の夏は特に調子を崩し、休んでいることが多かった。ちょっとメランコリイがひどいだけなので、定職者なら長期欠勤やむなしというところだけど、幸いこちらはそういう身分とは無縁で、はたからは、一日数時間だけ動いて、あとはゴロゴロだらけているようにしか見えないだろう。最近は雇用情勢が厳しいから、快癒して出勤したら、もう職が解かれているのかもしれないな。大変だ。
 ここ数回の本欄を読めばお判りのように、執筆だけはなんの支障もないので、こうして雑文を書き、歌句を捻り、時には好きな詞を訳しと、こちらの生活には何も問題がない。だから、調子が良ければ、大過なく暮らせるのだけど、困ったのが、どうしてか本を読んでもまったく頭に入らないことで、小説も詩歌句集も新しい物は一冊も読まないまま、二ヶ月。最初は昔読んだ物を、この機会に再読していたのが、それにも飽きて、ところが新聞・雑誌などはまったく問題なく頭に入るのだから、エッセイでもと軽いお笑い系から始めたら、いつのまにか馴染みの作品の評論等に興味が移り、その結果、万葉集の研究書を大量読破。
 こんなに集中したことは学生時代にもない。災い転じて福をなす。いや、福かどうかは知らないけどさ。
 話題になり始めた頃、数冊読んで、それっきりにしていた「万葉を古代朝鮮語で読む」をうたい文句にした類いのも、その批判本も、一息に二十冊ほど駆け抜けてみました。どうしてこんなに類似本があるのか知りませんが、煽った方も、批判した方も、ずいぶんひどいのがありました。ひどすぎて最初から笑いっぱなしだったのも。お笑い芸人のつまらない本よりも笑えるよ。
 印象を素直に述べれば、このベストセラーに書かれていることは、99パーセント、デタラメかもしれないけれど、万葉集に古代朝鮮語はおそらく何処かに含まれているのでしょうね。万葉の時代にも外国との交渉はあったのだから、当然、言葉にも反映されていたのでしょう。なにしろ解読不詳箇所ならいっぱいあるのだし。
 それにしても、他の書物には古代朝鮮語以外にも、北海道のアイヌ語、スリランカのタミール語、インド北部のレプチャ語、その他さまざまな説が紹介されていて、いろいろあるものだなあと感心するほかないです。みんな熱心だなあ。
 でも、外国語が使われている歌は、万葉以後、幾らでもありますから、当時にもあると考えた方が無難じゃないでしょうか。

  アノクタラ三藐三菩提の仏たち わが立つ杣に冥加あらせ給へ

 伝教大師の作と伝わるこの歌の「三藐三菩提」と「冥加」の部分は、おそらく当時の意識としては、漢語なのでしょうね。仏典の言葉もまだ異国語としか感じられなかったのでしょう。日本語とすれば、この無茶苦茶な字余りが、それを物語っています。漢語とすれば、字余りでもなかったのかもしれません。

  南方を戀ひておもへばイタリアのCampagnaの野に罌粟の花ちる 斎藤茂吉

 茂吉といえばドイツ語と思ってほぼ間違いない中で、これは珍しいイタリア語。何処の国の言葉で詠まれているか、安心はできません。
 ちなみに、ようやく僕も自分にまずまず納得ゆく形で異国語を使った歌をいくつか作れるようになりました。いろいろ詠んだ結果、どうやらコツのようなものを、少しは掴めた気がするので。巧くできていればいいけれど。ひどいのなら、誰だって作れるのだから。
 そのうち、またこのサイトにも載せるつもりです。

 

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