一筋
友だちとお茶をしていると、部屋のテレビが「ホルンひとすじ三十年」と言った。N響奏者の紹介をしていたらしい。 あまり身を入れて見ていなかったのだけど、そこで友だちが、 「この人、五十過ぎてるようには見えないね」 と言った。N響に就職してから三十年経てば、当然五十才なかばにはなってる、ということだろう。 「ホルン弾き始めてから三十年、って意味じゃないの」 「でも、それで一筋と言えるか。俺でも毎日のようにギター二十年弾いてるぞ」 「けど、一筋っていいよね」 話は、時に恋物語にまで脱線しながら、「音楽学校に入学以来」で衆議落着。理由は、四十代後半という映像の印象のみ。実は、本当に五十過ぎてたりして。 まあ、その時は、若く映ってた、ということで勘弁してもらいましょう。
その後、お互い自分の「一筋」のものについての話になる。 ちなみに、僕は「文筆一筋」を主張して、あっさり受け入れられたものの、何年かで話は紛糾。僕は小学校以来の創作活動について喋ったのに、 「文芸部にでも入ってたの?」 と却下。 「毎日バットの素振りをしても、野球部に在籍しなければ「一筋」じゃないのか?」 「そうよ」 とりつくしまもない。でも、小学校の文芸部に在籍して、長じてライターになった人っているのだろうか。 「じゃあ、高校三年生」 「どうして」 「その歳、詩人になることに決めたから」 「歌人でしょ」 「広義の詩人。作家を含む」 「自分で決めただけじゃあね」 いや、それがやっぱり一番大切ですよ。だって、それまではちっともそんなことなかったのに、それから周りもそうなるよう、自然に運んでくれたから。運んでもらってから、そこに馴染むという生き方もあるでしょうけど、必ずしも馴染みやすい所に運んでもらえるとは限りません。 足を引っ張る人も、こちらを押し退けようとする人も、何処へ行ったって居ますしね。まあ、気にしないことです。 べつに一筋でなければいけないことはないんだけど、人間って、もともと浮気者だから、一筋が善いと思ってた方が良いんだろうな。
ところで、他の人の一筋についての話の方が、本当は僕のよりもずっとおもしろかったのですが、なにしろ「一筋」だから、もちろん現在進行形なので、穏便にすませるパフォーマンスにはなりそうもないです。 だから、僕の話だけで勘弁して下さい。 つまり、殺気って恐ろしいですね。
|