あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年10月29日

 
  晩年?

 先日、長野県から山梨県の古道に移ると、某社主催のハイキングコースに入り込んでしまい、老人達に囲まれてしまいました。同じ方向へむかっているので、集団の先頭に立つ形になると、辻で待機している主催の社員が、必ずこちらへ身を乗り出し、正しい道を教えてくれます。
 僕と同世代以下の人はまったく見当たらないのですが。少しは若者も参加してるのでしょうか。いったい何を基準に見分けてるんだ?
 妙な感じです。というより、恥ずかしいよ。
 当時、私には一日一日が晩年であった、と二十代の作家がむかし書いていた。
 当時、私には一日一日が老人であった。なんちゃって。粉本しかない。かっこわるい。
 今も、私には一日一日が老いである、だったら、ありきたりの真実なんだけどね。
 今も、私には一日一日が成長発展である、の方が、よいか。でも、一歩まちがえたら、標語に堕しちゃうな。
 僕の世代の参加者は珍しいから、なんとなく良くしてもらったのでしょう、たぶん。おじいちゃんおばあちゃんに紛れるのも、それなりに楽しかった。
 こちらは途中で近道を採ったので、別れちゃったけど。主催者は大回りして、何処かの施設に入館料を置いていって欲しいみたいでした。
 そこまで同行できない。

 
  ビリーのように

 というわけで。
 今月はぶらぶらしていて、ニュースも観ずに過ごしました。見たくないから、見なかったのですが。
 ただ時折、目に、耳にする話では、国の主権者やら、組織の首謀者やらの御意向にふりまわされるばかりで、個人の尊厳とか、思想などには眼もくれず、踏みにじるニュースばかりであったことは確かなようです。それは、ごく近くのことも、地球の裏側のことも同様。
 やっている人達は、ぜんぜん意識してないんだろうな。

 ただし、二十数年前に拉致され北朝鮮に居た人達が東京の空港に降り立つシーンだけは、生中継で観せられました。
 たまたまむかしの映画を宿の喫茶室のテレビで眺めていたのですが、突然、予告もなく中継番組に切り替わったのです。ほかの主要局は朝刊のテレビ欄に特別報道番組をしっかり編成していたので、宿もわざわざこれにチャンネルをあわせていたのでしょうに。
 客は皆、怒号もあげず、おとなしく席を立ちました。タラップからその人達が下りた時、店はもはや無人でした。
 消えた映画は「ビリー・ザ・キッド」。
 画面が特別中継に変わったその瞬間、僕は西部の無法者ビリーのように、何者かに次々と乱射したい気分になりました。でも、何者にかはよくわかりません。だから、僕も黙って、席を立ちました。

 でも、今ならそれは「やっている人達」にだと解るのです。
 ただし、自分はそんなことをけっしてしないだろうことも解っていました。今夜も、明日も、またそういう人達がトップニュースに現われるに違いないのですから。きりがない。
 どこの国であろうとなんだろうと、集団に良いように振り回され、利用されている人々を見ているのは、気分あまり良くないです。こんな時に、十九世紀アメリカにおける伝説的人物の伝記物映画をあのまま飄々と流せたら、なかなか痛快だったのですけどね。

 
  追い抜かれ

 インターネット生活についてですが。僕はまだ、ADSL等、高速アクセス・サービスを何も受けていません。周囲ではどんどん普及しているようですけど。
 それでネットをしていて、最近つくづく思うのですが、人気サイトは特に、画面がやってくるのが以前よりもさらに遅くなった気がします。ちょっと時間がかかっていた所は、なかなか来なくなり、たっぷり時間がかかった所は、いくらアクセスしようとしても、ちっとも来なくなりました。急に利用者が増えたわけでもないでしょうに。
 気のせいかもしれませんがね。あるいは、僕が利用していたサイトに限って、アクセスが伸びたのかな。

 ところで、数カ月前、僕はあるレンタル店を解約しました。あるDVDを借りようと、レジの列に並んでいたのですが、僕の番が来たのに、その店員(二十歳前後の男)は、
 「隣の列の方が先に並ばれたので」
と、そちらを優先しました。ところが、この人は借りるだけじゃなく一緒に会員登録もしたいというので、たっぷり時間をかけ、その間に隣の列は僕が並び始めた頃、店を訪れた人までレンタルを終え、(暇なので入り口をぼんやり眺めてたのです)、さて、その人がようやく手続きを終えると、その店員は再び、
 「隣の方、どうぞ」
 そうぬかしたので、さっそくその場で退会して、近所の別の店と契約しました。ちなみに、先にどうぞと言われたのは、みな若い女性。下心、見え、見え。
 アルバイトでしょうが、監視されてなければ、どれほど無茶苦茶な対応してもクビになるわけじゃなし、やりたいようにやってるんでしょうね。ちょうどお昼時。店長は食事中だったのかな。
 それにしても、今でもなんか腹が立ってます。たぶん、あの店員、道で遇ったら、わかる。
 まあ、もしその店に愛着ならびに執着してたら、ちょっとした騒ぎを起こしてたでしょうから、
 「こんな店員を雇ってるところとは、もう御免」
と思われる程度のサービスだったのでしょうけど、これまでも。
 経験上、こういう場合、騒いだ方が勝ちだと知ってますからね。むしろ、騒がないと、逆にろくでもないことになる。困った世の中です。

 ADSLってどういうシステムなのか知りませんが、なんかあの時を思い出します。後から来た奴に、先へ、先へと回されている気分。
 まあ、この場合はそのぶんの料金を払ってるのだから、先に往かれても腹は立ちませんが、気分は良くない。現代社会ってのは、貧乏人が徹底的に損をするようにできてるんですよね。
 別の所が声かけてきたら、今ならふらふらとそちらへ移ってしまうのにな、と思いながら、しかし、こういう時に限って、そういうことはない。不愉快な夜です。

 
  絶版じゃないぞ

 「読書の秋」です。みなさんは最近どんな本を読みましたか。(メールいただけると嬉しいです)。

 某流行作家のサイトでは、「書店にあなたの本を注文したら絶版と言われた」との苦情に「けっして絶版ではないから、こちらへ連絡をください」というやりとりが何度も載っている。僕のところにだって同様のメールが来るのだから、実態はもっとひどいのかも。作者や出版者が「売れねえなあ」とため息をついているあいだ、各地書店では「絶版です」を繰り返してる。それが珍しくない光景だったりして。おいおい。
 近頃そうした話を聞かされると、書店による著作物の流通には、そろそろ限界がきているのではと、感じます。「絶版」と判断しているのは、いったい誰なんでしょうね。書店店主? まさか。
 ちなみに、僕の著書については、当サイトの「Online Order」を御覧ください。もちろん、そこに「絶版」はありませんので。ネット書店のことまでは知りませんが。

 先日、「閑話・清話・情話」をトップページから外しました。更新頻度が他のページとあまりに違い過ぎるためです。これまで通り、対話型フォームから入れますので、そちらからどうぞ。
 今月はメールの返事ばかりで、本欄はなんとか月末に間に合いました。よかった。

 

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