あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2002年12月13日

 
  「伊豆の踊子」

 伊豆半島を、修善寺から天城越えして、ぶらぶら南下し、下田温泉でゆったりしてきました。

 川端康成の小説「伊豆の踊子」の主人公が歩いた道と、だいたい似たコース。なにしろJRが通称「踊子号」を走らせてるぐらいだから、もちろん伊豆は、踊子名所だらけ。
 ただし、実際の小説とは、あまり関係ない所に記念碑が建ってることが多くて、主人公は、修善寺温泉から湯ケ島温泉を経てきたとは書いてあるものの、小説が始まるのは、湯ケ島を出た後、天城トンネルの手前の茶店で、それから湯ケ野温泉まで描写は何も無いのに、湯ケ島から湯ケ野のあいだ、人が集まりそうな場所に、ぽつんと踊子像があったりするんだ、これが。この道、最近できたんだろ、踊子が通ったはずないよ、という所にまで。
 もっとも、湯ケ島とか、湯ケ野とか、本当に川端ゆかりの地以外では、観光客も像に見向きもしていなかったみたい。団体客は、半強制的にでも、一緒に写真を撮られたりするんだろうけどね。
 天城トンネルの北側に川端のレリーフがあって、小説冒頭部の茶店が実在していたとすればこの辺りに当たるんだろうなと思いながら、歩いてました。今はときおり観光客がよぎる旧道でしかないのですが。新天城トンネルを擁する新道は、自動車が数珠繋ぎでした。
 肝腎の小説の舞台、湯ケ野温泉は、今なお小説にふさわしい寂れよう。それでも、小説の舞台である四分の三世紀前より開けてしまっているんだろうな。もうじき一世紀だ。

 かつて五年から十年の間隔で何度も映画化されてた「伊豆の踊子」が、山口百恵の踊子を最後にパッタリ撮影されなくなったのは、もう伊豆の風景が、昔日の面影を留めていないのも理由のひとつと聞きました。もちろん、日本人が変わり過ぎたのも、理由のひとつなんでしょうが。
 もともと川端の小説の中では「伊豆の踊子」は好きな方じゃないんですけど、こうして現実の伊豆を歩いていると、ますますあれはもう井原西鶴や上田秋成のような古典なのだと感じる。もし、まだ川端の作品を何も読んでいない人に、お薦めを尋ねられたら、僕は発表年が新しい物から推します。「眠れる美女」とか「片腕」とかなら、まだ現代小説と呼べる。
 大学受験を控えた学生が、あんな呑気に伊豆旅行してる姿を見ると、なんだか昔話としか思えない。おまえ、本気で合格する気あるのと、尋ねたくなる。けど、当時は、これで東大に合格できたんだろうな。
 しかし、最近の高校生は、大学への幻想をすっかり無くして、あまり勉強もしないらしいから、これでも合格できるようにそのうちなるのかもしれない。すると、これは未来小説? まさか。

 小説の山場は、湯ケ野を出た後の山登りですが、さすがにそこまで御付き合いはできず、河津から下田に入りました。
 好い湯だったな。

 
  昔の名前ばかりでして

 毎年ここで話題にしている流行語大賞だけど、今年は話題になりそうもない。
 「W杯」は以前から在る競技会だし、「中津江村」は一寒村の名前だし、「タマちゃん」は人気キャラクター名だし、流行した項目そのもので、言葉じゃない。他の受賞作も新語と呼べそうなのはほとんどなく、「貸し剥がし」はたぶん一部でしか流通してないし(僕はニュースで、一、二度、聞いた程度だ)、「ムネオハウス」も今まで知られていなかった建造物の通称にすぎないしね。
 おかしかったのは、「ベッカム様」ぐらい。サッカー選手に「様」を付けただけ。ミスマッチのおもしろさでしょうか。聞くところによると、W杯終了後、プレーする姿は滅多に観られず、エステが似合う広告モデルの人、になってるそうですが。
 そして、今更ながらの「GODZILLA(ゴジラ)」。ほとんど、「昔の名前で出ています」だな、と感じたのは、僕だけでしょうか。
 しかも受賞者は、東宝でも、円谷プロでも、ハリウッドでさえなく、巨人の松井選手。もうすぐ「元・巨人」になるそうなので、連日の大騒ぎ。マスコミ付き合いが良いとの評判の方なので、文句ひとつなく毎日あちこちに出てらっしゃいますが、いいかげんにしてくれと内心思っていないかね。こんな調子で、移籍入団交渉を進める暇があるのか、ひと事ながら心配になります。
 これが今年の世相を反映しているなら、創造性の乏しい一年だった、ということで纏めてよいのでしょうか。まあ、新語大賞じゃないのだから、構わないのかもしれないけど。

 

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