「伊豆の踊子」
伊豆半島を、修善寺から天城越えして、ぶらぶら南下し、下田温泉でゆったりしてきました。
川端康成の小説「伊豆の踊子」の主人公が歩いた道と、だいたい似たコース。なにしろJRが通称「踊子号」を走らせてるぐらいだから、もちろん伊豆は、踊子名所だらけ。 ただし、実際の小説とは、あまり関係ない所に記念碑が建ってることが多くて、主人公は、修善寺温泉から湯ケ島温泉を経てきたとは書いてあるものの、小説が始まるのは、湯ケ島を出た後、天城トンネルの手前の茶店で、それから湯ケ野温泉まで描写は何も無いのに、湯ケ島から湯ケ野のあいだ、人が集まりそうな場所に、ぽつんと踊子像があったりするんだ、これが。この道、最近できたんだろ、踊子が通ったはずないよ、という所にまで。 もっとも、湯ケ島とか、湯ケ野とか、本当に川端ゆかりの地以外では、観光客も像に見向きもしていなかったみたい。団体客は、半強制的にでも、一緒に写真を撮られたりするんだろうけどね。 天城トンネルの北側に川端のレリーフがあって、小説冒頭部の茶店が実在していたとすればこの辺りに当たるんだろうなと思いながら、歩いてました。今はときおり観光客がよぎる旧道でしかないのですが。新天城トンネルを擁する新道は、自動車が数珠繋ぎでした。 肝腎の小説の舞台、湯ケ野温泉は、今なお小説にふさわしい寂れよう。それでも、小説の舞台である四分の三世紀前より開けてしまっているんだろうな。もうじき一世紀だ。
かつて五年から十年の間隔で何度も映画化されてた「伊豆の踊子」が、山口百恵の踊子を最後にパッタリ撮影されなくなったのは、もう伊豆の風景が、昔日の面影を留めていないのも理由のひとつと聞きました。もちろん、日本人が変わり過ぎたのも、理由のひとつなんでしょうが。 もともと川端の小説の中では「伊豆の踊子」は好きな方じゃないんですけど、こうして現実の伊豆を歩いていると、ますますあれはもう井原西鶴や上田秋成のような古典なのだと感じる。もし、まだ川端の作品を何も読んでいない人に、お薦めを尋ねられたら、僕は発表年が新しい物から推します。「眠れる美女」とか「片腕」とかなら、まだ現代小説と呼べる。 大学受験を控えた学生が、あんな呑気に伊豆旅行してる姿を見ると、なんだか昔話としか思えない。おまえ、本気で合格する気あるのと、尋ねたくなる。けど、当時は、これで東大に合格できたんだろうな。 しかし、最近の高校生は、大学への幻想をすっかり無くして、あまり勉強もしないらしいから、これでも合格できるようにそのうちなるのかもしれない。すると、これは未来小説? まさか。
小説の山場は、湯ケ野を出た後の山登りですが、さすがにそこまで御付き合いはできず、河津から下田に入りました。 好い湯だったな。
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