日付入り写真
伊豆から自室に戻った翌週、撮ってきた写真を見たら、右下隅の日付が五月になってました。 電池の残りが少なくて、カメラの調子がおかしかったんですね。新しい電池に入れ替えたあと、改めて設定をしなかったのが悪い。 悲惨だ、これは。見苦しい。「五月」とあるのに、紅葉がちょっと写ってたりして。日付は初夏なのに、通行人がコート着てたりして。矛盾がいっぱい。やりきれない。
初めて日付入りカメラを家(うち)の父が買って、写した時も、最初は大失敗。まるで違う日付だったのですけど、まだ子供だった僕が、カメラ屋に現像済み写真を受け取りに行くと、カメラ屋のおじさんは、 「日付、おかしかったから、削っといたよ」 風景と日付の不一致に、すぐ気付き、日付表記なしの普通の写真にしておいてくれたのです。当時は、まだ普及直後、似たようなミスをする人が、あとを断たなかったのでしょう。もちろん、まだ「現像所要時間60分」だの「40分」だのといった、画質無視のスピード競争が始まる前の、みんな手作業だった、古き良き時代の話です。 機械は、そんなこと、やってくれない。人にやってもらいたければ、料金上乗せ? 世知辛いなあ。 現像前にこちらが気付いてたら、対応も違ったんでしょうけどね。
十年ほど前、冷戦崩壊まもなく、東欧からの旅行者と知り合いになった時のこと。 彼は故国のオーソドックスな全自動式カメラを持ってきていたのですが、日本の名所・旧跡をあちこち案内していると、フィルムがなくなったので、観光地の売店にて超安物の日本製フィルムを購入。その後も何ケ所か写して歩き、やがて彼が帰国して数ヶ月、東欧から郵便物が届きました。 あの日、撮った写真が同封されていましたが、たまげましたね。カメラは安物の旧式、フィルムもありふれた日本製。それなのに、なんて色あざやかな。 腕が良いのか。それはそうでしょうね。でも、やっぱりシャッターを押す技術より、現像の違いでしょう。彼自身が現像したとは思えないから、普通に現像を依頼したとしか考えられないのだけど、機械で数分なんてものじゃないんだな、きっと。恥ずかしくて、こちらからは、写真、贈れませんでした。 東欧も、資本主義化が進んでるそうだから、今は日本みたいに、安価・短時間・低画質と高価・長時間・高画質に二分されているのかな。すると、彼なんかは僕同様、安価に奔らざるえなくなっているでしょう。
そんなことを思わせる、この写真たち。 じつは秋口以来の食欲減退のはてに、先月末から風邪で十日ほど臥せってしまい、ほとんど病み上がり状態で、うろうろしていたのですが、写真ではまったくやつれはてた面ざし。自分でもビックリ。まるで別人じゃないかと思った。 なのに、体重が増えているのは、どうしてなんだ。おかしいぞ、俺。
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