あ・はるふ・まんすりー・こめんと 2003年1月27日

 
  祝百回

 この雑文欄も、とうとう百回を迎えてしまった。思えば、感慨深い。はっきり記せば、複雑な気持だ。
 一年目はせいぜい一万アクセスだった当サイトも、ずいぶんカウンタを稼いでしまった。最近は、もう数えてないけど。
 正直、こんなに続けることになるとは思いもしなかった。それが、いつのまにやら他所のホームページに「推薦読み物サイト」として取り上げられたり、歌壇結社に属していない「ネット歌人」の代表のように書かれたり。こちらとしては、「ネット私人」でも「ネット廃人」でも何でもよろしいが、いや、廃人はやばいか。やっぱり。
 とりあえず、まだ続けますので、よろしく。
 こういう挨拶って年頭にやるべきなんだけど、新年第一回にならず、第二回。うまくいかねえな。

 
  墓が欲しい!

 先頃、小堀杏奴が、死後は森鴎外の傍で眠りたいと言っていた太宰治が今その願いを果たし、同じ境内に鴎外と太宰の墓石があることに触れて、本当に願ったことはそれが間違ったことでなければ叶えられるのではないか、という意味のことを記しているのを読む。
 かなわなかった願いというのを、ぜんぶ間違ったことだったと考えれば、その通りになるなあ。でも、たとえば、病死した人に、「完治を望んだのが間違ったことだったのです」と説いたって、何の慰めにもならないよ、まったく。逆から考えれば、これ、みな真理だ。死んじゃったら、慰めも何もない、という意見もあるだろうけど。
 ともあれ、鴎外の実娘・杏奴にここまで書かれて、太宰も本望だろう。羨ましい。
 俳聖・松尾芭蕉は源平合戦期の武将・木曾義仲の傍をリクエストして、今も義仲寺に芭蕉の墓はあります。やはり時代が近い方が有利なのか、現在は、太宰が鴎外を、芭蕉が義仲を、墓参の人の数で圧倒しているらしい。
 けど、西行法師のそばで眠りたいと言い残し、それを実現させた人の名を知っている人は、ほとんどいないでしょう。いつもそう旨くゆかない。僕も忘れてました。ははは。
 ちなみに僕が河内の弘川寺へ西行墓参をしたのは五年以上前だけど、あと五十人は傍で眠れそうな広々とした空き地だったよ。誰もいないその小山で、昼中、墓と花をめでられた。できればあのまま、誰の墓も横に置かない、静かに桜ふる山であってほしいけどね。

 今の住処で少し遠出の散歩をすれば、寺山修司のユニークな墓がある霊園に至る。墓石のてっぺんに本を乗っけて、小さい犬の像が番をしている。
 それにしても、この霊園には墓が多すぎる。こんな場所に葬られたら、寺山の盛名にも圧倒されて、僕の墓など、あっという間に無縁仏にされるかもしれない。遺族もまだいないからな。いつかできるのだろうか。

 去年、北鎌倉へ行ってきた。鎌倉でも海岸近くは訪ねたことがあるけど、山の方は始めて。噂通り、良い所だった。
 ふと、ここならさぞ安らかな眠りに就けそうだと思う。
 けど、当地の代表的寺院・東慶寺などには、小林秀雄はじめ著名な文人の墓が、ずらりと並んでいる。後輩イジメで名を馳せた小林秀雄の傍では、畏れ多くて、とても安眠などできそうもない。
 もっと好さそうな墓場はないか。東慶寺の近所に、敬愛する歌人・源実朝ゆかりの寺があったから、ここなら理想的だなと、いつのまにか自分の墓場捜しに熱中していた。現在の平均寿命のまだ半分にも達していないけど、死は明日来るかもしれない。予告は、高橋源一郎の小説じゃないから、おそらくない。

 そんな話を知人にしたら、
 「寿命が近付くとね、人って墓を欲しがるものなんだって。危ないよ」
 本当だろうか。
 とりあえず、長生きしなくても良いけど、死後の後始末の見通しくらい立ててから死にたいものだ。自然葬で結構と思えるほど達観もしていない。でも、いつまでも建てられなかったら、間接的に長生きを願ってることになるんだな。

 釋迢空こと折口信夫も、寺山修司も、「墓はいらない」と言った。そういうのもカッコイイけどさ、結局いつか骨になるのだし、そうすると周囲の人間が扱いに困るわけだよ。
 迢空は戦死した養子の息子の墓を能登に建てて、そこに共に入った。学生だった僕がその墓を訪ねた日は、ひどい霰が降っていたっけ。大阪の折口家代々之墓にも分骨が納められているのだけど、こちらはまったく案内板などがないので、一応これじゃあないかと見当をつけただけだったな。
 寺山は没後、母が建てた墓に父と一緒に納められ、今は母も含めた三人が並んでいる。自分で建てないと遺族が始末をつけさせられるのだよ。
 それに、僕みたいな後世の者が訪れる場所だって欲しい。生きている者の一方的な要求。それで、誰も訪れないなら、場所を占領して、邪魔なだけと、撤去されるのを想像するのも、なんだけどさ。

 でも、漫画家の水木しげるって、ずいぶん前に、自分の墓、建ててなかったっけ。代表作「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターに囲まれた、ずいぶん賑やかな墓の写真を見た憶えがあるんだけど、いまだ御健在のはずですよ。
 そうだ、そういう個性的なアイディアを思い付いたら、建てよう。そこまで独創的なのは無理かもしれないけど。

  <附>この項、次回に続く。

 
  正義だって

 某副長官の演説している映像がニュースで流れていました。話題は外交。ずいぶん声を荒げていらっしゃいます。
 「正義はわれわれの側にある」
 あれ、ヘア・スタイルが微妙に変わりましたね。眼光も鋭くなって。精悍な細面にもますます磨きがかかり、これでチョビ髭を生やしたらヒットラーそっくり、と思ってるのは、僕だけでしょうか。似てると思うけどな。
 でも、発言の言葉は、ブッシュ現アメリカ大統領そのものです。
 「正義はわれわれの側にある」
 何度もブッシュさんが言ってるのを聞きましたもの。厳密には、僕が聞いたのは英語だから、そう翻訳された字幕を読んだのですが。けど、ヒットラーだって同じようなこと言ってた可能性は充分あるな。まあ、あれほどの弁論術があれば、話の内容なんかどうだっていいのかもしれない。
 ともあれ、正義は今アメリカや我が国にあるのですね。それはめでたいことです。

 僕が幼い頃、正義とは「ウルトラマン」や「仮面ライダー」の世界にしかありませんでした。それは、そこには、同情の余地の無い、悪い怪獣や宇宙人などの「共存できない敵」に満ちみちた世界だったからです。ウルトラマンや仮面ライダーは、考慮なく、「正義の味方」そのものでした。
 ところが、その「ウルトラマン」や「仮面ライダー」の世界ですら、最近は「正義の味方」を軽々しく名のれていないそうですね。僕は小学校低学年を終えて以来、ヒーロー物テレビ番組とは縁が切れているのですが、人から聞くところによると、彼等すら画面上で、はたして自分に正義があるのか、戦うことが正しいのか、苦悩することが多いのだそうです。かつて僕が知る限り、そういう苦悩をいだいていたのはウルトラセブンだけでした。

 でも、正義はちゃんとあったのですね、現実の政治の世界に。ちゃんと「共存できない敵」がいるから。
 その敵とは「悪の枢軸」だそうです。なるほど、たしかに「悪」と名付けられてる。
 それにしても、この「枢軸」に、イラク、北朝鮮はともかく、どうしてイランが入ったのでしょう。他にもっとヤバい国ありそうなものですが。とりあえず、三つ揃える必要があったことは確かでしょうね。前世紀前の枢軸国も、日・独・伊の三ヶ国だったし。
 おや、何故か日本が。気のせいか?

 
  貴乃花…

 貴乃花がとうとう引退してしまった。
 個人的長話は省略して、感想を一言でまとめれば、
 「あの四連覇を果たした全盛期の頃には、たった22回の優勝で終わるだなんて思いもしなかったぞ」
ということになる。やはり、怪我を押して出場した、最後の優勝時の無理がたたったのか。それとも、若くして頂点を極めた人は、身体を傷めるのも、また早いのだろうか。
 そういえば、若くして頂点を極めた詩人が倒れるのも、たいてい急だったな。
 率直に言って、残念だし、哀しい。
 でも、来場所も俺はまた大相撲を観るつもりだよ。墓の中でなければ、ね。

 

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