散りぢりの桜
今年も桜は早かった。三月二十三日に公園を散歩したら、もう満開のシダレザクラがあって、年々早くなってゆくようで、ちょっと恐い。 この季節になると、思い出すのは釋迢空「卒業する人々に」の歌。
櫻の花ちりぢりにしも 釋迢空 わかれ行く 遠きひとり と 君もなりなむ
初めて読んだ時はまだ高校生。「卒業式の季節に散る桜とは早咲きだったんだな」などと間抜けなことを考えていた。 当時、桜といえば入学式の花。ソメイヨシノしか頭にない。その後、何もソメイヨシノである必要はないと気付いたものの、ではどの桜か見当もつかない。卒業が三月でも、別れるのが四月である可能性はあると、ようやく納得しかけた頃、そうではないことが判り始めた。
櫻花咲きかも散ると見る迄に誰かもここに見えて散り行く 万葉集
櫻花ちりぢりになるこのもとに名殘を惜しむ鶯のこゑ 山家集
江戸時代には「櫻花かや散りぢりに」という唄が流行ったそうで、ようするに類想歌だったのだ。どんな種類の桜がいつ散ったのか、卒業する人々といつ別れたのか、問題にすべきではなかった。ちょっとがっかりした高校の春。 でも、いつのまにか季節が進んで、今では入学式と新人歓迎会の頃にはもう桜がないということが珍しくない。卒業式の後にソメイヨシノが散る様を眺められるのは、そう遠い話ではないのかも。 それを知ったら、釋迢空はどのような顔をするのだろうか。 なんか恐い。
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