「本当の」アリとキリギリス
イソップ童話の一編としてあまりに有名な「アリとキリギリス」。でも、本当は「蝉と蟻たち」が正しいらしい。昔の日本人が読んでいたテキストはポルトガル語からの重訳で、ポルトガルにはほとんどセミがいないから改められたのだろう、なんて言われている。本当かどうか、僕は知らない。僕等の感覚からすれば、冬まで蝉が生き延びているなんて変だけど、イソップの住んでいた南ヨーロッパでは春と秋には関心が薄く、夏と冬ばかりが意識されていたのだろうか。気候のせいか、それとも語彙のせいかな。 ちなみに古代ギリシャ人「イソップ」という作者名も英語読みで、ギリシャ語では「アイソーポス」が正確な読みに近いとか。どうして英語なんだろう。 その「アリとキリギリス」、あまりに有名すぎて、近年はパロディー作品も数多い。そもそも子供が読むことを前提に発行されている日本語の本がどこまで原文に忠実なのかすらも怪しいから、さて本物がどういう話だったのか追求すればするほど迷路に嵌まる。 僕にそれを見分ける能力はない。古いギリシャ語の書がそれなのだろうとは考えられても、それを前にしたところで僕には何も読み取れないからね。 その中で、僕が聞いたところによれば、イソップことアイソーポスの地元ヨーロッパでは、次のようなものが今一番ポピュラーらしい。日本ではあまり知られていないから、記憶しているとおりにそれを書いておく。
玄関の扉をたたく音がした。暖かい部屋の中で「誰だろう」と思いながら、蟻の子供が扉を開けると、そこに一匹の蝉がいた。 「外は寒さで凍えそうです。それに、お腹もぺこぺこです。どうか食べ物を分けて下さい」 子供の蟻が家の中を振り返ると、おじいさん蟻が外に向けて声を掛けた。 「おまいさんは夏のあいだ何をしていたんだい」 「楽器を演奏していました。蝉の仲間達に向けて。それから、山に向けて、河に向けて、樹々、鳥たち、動物たち、神さまに向けて」 「ならば、そのもの等から食べ物をもらうがよい」 「待って下さい。来年になったら返します」 「わたしたちは人間みたいに貸し借りはしないよ」 そう言って、蟻のおじいさんは扉をばたんと閉めてしまった。 でも、もう木の実は生っていない。寒さで鳥も動物もねぐらに隠り、姿を見せない。 寒さと飢えで蝉は地面に倒れた。するとしばらくしてそこへ現われたのは、神さまだ。 「おまえは夏のあいだ何をしていたのかね」 「楽器を演奏していました。蝉の仲間達に向けて。それから、山に向けて、河に向けて、樹々、鳥たち、動物たち、神さまに向けて」 「それなら私のところにおいで。ただし貸し借りのはなしは無しだよ」 蝉は神さまに導かれて、天国に行った。 ほどなく、あのおじいさん蟻は病気になった。もうとても年老いていたのだ。 するとそこにも何ものかが現われた。おじいさん蟻はそのものにこう尋ねる。 「わたしは天国に召されるのですか」 「いいや、おまえはおまえを頼ってきたものを見殺しにしたね。地獄行きだよ」 そうしておじいさん蟻も行くべき場所へ行った。 終わり。
困ったことに出典先を思い出せない。誰かに教えられたのか。それとも、何かで読んだのか。 十九世紀イギリスの小説家ワイルドの「幸福の王子」という作品では、王子の像とツバメが貧しい人たちに無償で金(きん)を与え続け、冬の寒気のなか見すぼらしい様で倒れたとき、神が現われて天国へ招いてくれる。でも、もしそんな善徳を積まなくても天国へ召されるなら、ラストに神が降臨しても救いにはならないし、一方、そこまでしなければ天国に行けないのだとすれば、一晩の食事と部屋の提供を渋ったこのおじいさん蟻が、地獄へ堕ちるのも、当然か。 '80年代バブル経済の頃の日本人を欧米諸国は「働きアリ」とバカにしていたそうですが、意訳すればあれは「不道徳」「ブライド無し」「恥知らず」「地獄へ堕ちろ」と云う意味だったのですね。なるほど。 ちなみに、一般に出回っている他の童話「アリとキリギリス」では、おじいさんアリがキリギリスを追い返すところで終わるもの、おじいさんアリ一匹ではなくアリ達が集団で瀕死のキリギリス一匹を追い立てるもの、アリがキリギリスに食料を分け与えた後でキリギリスに貯蓄を勧める、全国銀行協会のPR本ではないのかと背表紙を裏返して確認したくなるもの等がある。 改作やりたい放題だね。
パロディーとして広まっているものの中で僕が気に入っていたのは、キリギリス(あるいはセミ)が玄関の扉を開けると、アリは過労死していて、キリギリス(あるいはセミ)はアリの家でアリが貯えた食料をたべて冬を越しました、という話。これも作者を思い出せない。芸能人の誰かじゃなかったかな。 実は、僕もひとつパロディー作品を作った。こんな話だ。
夏、アリたちは懸命にはたらいて、食べ物を貯えていた。その傍らでセミは毎日毎日楽器を演奏して過ごしている。お互いに私語を交わすことはほとんどなかった。 そして冬のある晩、アリ達がインターネットショップにアクセスすると、セミの演奏を録音したCDが、 「今ならブルーレイとセットで二割引きだよ」 という文字とともに目に飛び込む。画面をクリックすると、セミの名演がアリ達の巣の土壁を揺さぶった。 アリ達はその場でCDを注文して、翌日ネットショップに宛てて食べ物を宅配便で送り届けたそうな。どっぺん。
くだらないと、自分でも思う。でも、神さまが出演しないからだとは、思いたくない。 もとネタは竹内靖雄教授の著書に載っていた愉快な作品。それにちょっと味付けさせていただいた。問題は味付けだ。 パロディーなどよりもオリジナルを目指そう。
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