精神はバリアフリーでカーニバル
幼女連続殺人事件で有罪判決を受けていた宮崎勤死刑囚の死刑が執行されたと聞いて、しばらく考えこんだ。当然といえば当然の結果、遅かれ早かれ起こったこと。でも、死刑を執行した以上、僕等はそれを受け入れ、前に進まなければならない。 彼の話をすると、ときおりこのようなことを言う人がいる。「あんな異常者は死刑にされて当然だ」。でも、この人は間違っている。日本の法律では、異常者は死刑にならないのだ。はっきり条文にそう書いてある。 彼は異常な行動をした罪で裁かれ、異常者ではないと認められて、有罪が下された。彼を死刑に処したということは、日本の裁判所が彼を異常者ではないと認めたということ。 日本でも来年からいよいよ裁判員制度が始まる。だから裁判員になる人(一応それはすべての日本人が参加しなければいけないことになっている)は、絶対にこの事実を受け入れなければならない。(つまり日本人全員がだ)。「宮崎勤は異常者ではない。だから死刑になったのだ」。この決定を。そして、今後一見異常な事件が引き起こされたとして、その裁判が開かれるとなると、多くの死刑囚が生まれるだろう。宮崎勤が異常者でないのならば、そう簡単に異常者認定される者がいようとは思えない。 もしこの前提を世間がきちんと受け入れるならば、おもしろい世の中になるかもしれない。裏を返せば、それは「異常者なんて滅多にいない」社会だ。少数者が幅をきかせる世になるだろう。 でも、もしこの前提を世間が無視するなら、じつにテキトーで、いいかげんな世の中になるかもしれない。杓子定規に言えば、恥知らずなほど二枚舌三枚舌な社会で、考えようによってはバリアフリーで、ジェンダーで、カーニバル。念を押しておくけど、障害者も、女らしさも、神田祭も今お呼びじゃないよ。
もっとも、処刑制度だっていつまでこの国に存在するか知れたものではない。国連人権委はたびたび「先進国で処刑制度が在るのは日本だけ」と非難を繰り返し、そのたびに日本は「国内問題」で突っぱねている。国連人権委とは、一般人以外の公の機関で北朝鮮拉致事件を、日本政府を除けば、唯一批判したところ。もちろん北朝鮮はこれを「国内問題」で突っぱねた。両国ともども、いつまで突っ張り続けられるだろう。 それにしても、死刑囚が多すぎて刑務所が満杯のせいか、もうすぐ死刑制度を廃止するための駆け込みなのかは知らないけど、最近死刑執行が激増しているらしい。何故だろう。
ともあれ、宮崎勤がどのような内面をいだいていようと、たとえそれが一般人にさっぱり理解できないものであったとしても、日本国は彼を異常者認定しないで、正気を保った健常者として扱った。そこが重要。 率直に言うと、宮崎勤の事件以後にどれほど凄惨な犯罪が発覚しようと、僕には宮崎勤の事件ほどそこに歪んだものを感じられない。どうしてもあれは別格のいう印象が強いのだ。 でも、宮崎勤がかかえていたものが異常ではないと認定したのは、この国そのものだ。その証拠に、政治家からも、庶民からも、ほとんど死刑反対の声は聞かれなかった。その声を挙げたのは、死刑廃止論者を除けば、一部の学者くらいのもの。判決から執行までの期間やら、死刑執行件数の激増やらを批判する声はあったけど、彼等も有罪判決そのものを批判したわけではなかった。 だから、彼がかかえていたものを、異常ではなく、ありふれたものとして受け入れて、これから僕等はこれと気長に付き合っていかなければならない。あるいは、見たくないものとして、病院にでも押し込んで、見ないふりだってできたかもしれないけど、僕等は一応これを正視して、判定を下したのだ。逃れられない。もはやこれも立派な社会の一部分なのだから。「宮崎勤」という人物は、結果的にその象徴となったのだ。本人がそのことをどこまで意識していたかどうかは知らないけどね。
今こそ率直に認めよう。僕の中には「宮崎勤」と共通する精神性がある。それは、たとえば妻に不倫と駆け落ちをされた男が浮気した妻を夫が殺したニュースを耳にした時に感じるかもしれない心のざわめきに似たものだろうか。もちろん僕は彼を理解などしていないし、同情もしない。 僕が最初の本を自装出版した翌年に、彼があの愚かで残虐な事件を引き起こした時から僕はそれをはっきりと感じていたし、以後その事件を新聞やテレビで知らされるたびに、そして今も感じている。それ以来、僕は僕の中に潜んでいる「宮崎勤」的な何かをじっと見張ってきた。それと対峙してきた、もしくは、闘ってきたと、言っても良い。
僕の武器は、創作と旅と引っ越しだった。創作は、順調でさえあれば、最大の有効な方法。そして、創作が勤労だとすれば、旅は休息。どちらも手放せない、不可欠なものだ。ただし引っ越しはいつも最終手段で、ほかに打つ手を見いだせない時(それは創作が進まない時とほぼ一致し?トいる)、僕は荷物をまとめ、その「場所」を去った。もっと有利に闘いを進めるために。 そして、僕は死ぬまで闘い続けるだろう。いや、敗北した時は、自らの意思にせよ何にせよ、死を受け入れるだけなのだから、それは当たり前のこと。戦いをやめれば、死ぬのだから。 負けなければ良い、それが僕の救いだった。白旗さえ揚げなければ、希望はあるのだ。 たとえそれがどれほど不可解で、無視したくなるような事柄であろうと、僕には無視できないのだ、絶対に。それから目を逸らせた途端、それは僕を内側から食い破り、侵すだろう。 だから僕はこれからもまっすぐそれを見据えて、書いてゆく。それは、時に悲しく、時に残酷で…、いや、そんな抽象的な箇条書きはむなしい。だからこうして今も僕は書いているのだ。できるかぎり具体的に、判りやすく。逃げずに。
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