あ・はる・まんすりー・こめんと 2008年8月13日

 
  鴎外と漱石関連書の二冊

 本屋でたまたま目にした数年前に刊行された学術書をひらけると、「森鴎外の『渋江抽斎』は盗作だ」というようなことが書かれてあって、案の定「松本清張著『両像・森鴎外』によれば」とあって、脱力する。同様のことは、直接に人の口から、あるいは、インターネット上の書き込みから目に耳に入ってくることはあっても、こんな有名な学者の序文付きの本に書いてあるとは。ベストセラー小説家とは罪な存在だ。
 松本清張は学者ではなく、作り話をする小説家なのだから、たとえ歴史物だろうが、実在の人物の話だろうが、全部作り話だと思って読むべきなのに。
 ちなみにこの清張の本は「『渋江抽斎』は渋江保の著書からの盗作である」という主旨なのだけど、その渋江保の本を読めば「『渋江抽斎』を書くために鴎外が集めた資料の提供を受けたので参考にさせてもらった」という内容の付記があるから、内容が重なっているのは当然で、ようするに『両像・森鴎外』は清張のイタズラみたいなもの。そんなことは鴎外研究家ならみんな知っているはずだから、たぶん学会の人たちにとっては「語るに及ばず」なのだろうな。
 松本清張という小説家は、邪馬台国シリーズでも「存在しない資料の引用」等を駆使して、一見論文めいた、実はフィクション混じりのエンテイメントを書いていた。それが得意技(おはこ)なのだろう。付いていった読者は、真、善、美、神、悪魔からも遠い場所に連れ去られてしまう。
 あくまで趣味の問題だけど、フィクションを楽しむのならば、僕としては「火星には火星人がいる」といったバカバカしいものの方が、そんな似非インテリなものよりも、好きですね。後味、悪くない。
 なお、清張が似非インテリだと言っているのではありません。念のため。

 その後、今野真二著『消された漱石』を読む。明治時代の日本語について大いに考えさせられた。
 昔から「漱石の文章には当て字が多い」「漱石の文には独特の用語法がある」と謂われ、それは漱石を読む読者が「普通ではない」と感じる用語が散見されるからで、馬尻(バケツ)、無定(無常)、三馬(秋刀魚)、程度(方図)、臆怯(億劫)、何とか蚊とか(何とか彼とか)等々と並べていけば、それももっともなようだけど、当時の新聞雑誌の活字から判断すれば、けっして「漱石の当て字」でも「漱石独特」でもなく、時代が下がった読者が「普通」と感じる感覚が偏見を生んでいるのではないか、という指摘が最もスリリングで、興味深かった。
 「普通」は必ずしも普通じゃない、本当に普通なのか疑う視点が常に必要なんだね。

 
  ぞうさんと恋愛詩

 午後九時、本を漫然と読んでいたら、二歳の子供がちょこちょことやってきて、
 「オトーサン、オシゴトネ」
と言って、去っていった。
 僕の「オシゴト」とは、電源の入ったパソコンの前に座ったり、紙に何か書き込んでいたり、開けた本に見入ったりすることであるらしい。正解だ。ただ「おやすみなさい」と言えないところが困ったところか。

 パソコンを起動する。さて何を書こう。

 検索サイト「グーグル」が地図機能にストリートビューなる街頭を撮影した写真をそのまま載せて、インターネットの世界で大いに話題を振りまいたから、僕もいろいろ思いつく住所を打ち込んでみると、あちらもこちらも写真が出てきて、驚いた。でも、記憶している住所などそれほどありはしない。
 それでふと航空写真で自分がこれまで住んでいた住宅を鳥観してみることを思いついた。残念ながら、写真が不鮮明で、まだ建物が残っているかどうか、はっきりしないのもあったけど、十五年前に住んでいたオンボロ木造住宅が、屋根の一角を占める物干し場までそのままの姿をさらしている一枚には、笑ってしまう。今の部屋の約三分の一の借り賃で、隣室のテレビさえも、まる聞こえだった。もちろん全室が、老若かかわりなく男一人暮らし。今はどういう人が住んでいるのやら。
 そうして自分が生まれてから今までの住まいのひとつひとつを無責任に眺めた。これまでにない、おかしな体験。まったくね。

 子供の寝ている部屋から「ぞうさん」を唄う声が聞こえてきた。扉の隙間からのぞくと、去年の秋に動物園で象と撮った写真を指さして子供が笑っている。いろいろ思い出すことでもあるのだろうか。
 僕は、ふと室生犀星の「象とパラソル」という詩を思い出す。象の糞の前で女の写真を撮る詩。象の糞を素材にした恋愛詩などというのは、あの時代としては空前だろう。犀星の詩には、少しだけ時代を先取りしたようなものが多いからね。
 部屋に戻って、恋の歌を書いた。「相聞」ともいう。残念ながら、象は出てこない。「ぱおーん」と吼える象の声が聞こえた、ような気がした。
 ぱおーん。

 

Copyright(C),Miyake Satoru,2008
 

 

Online Order
書店でなくても本は買える!

MAIL&BBS

次回

前回

あ・はるふ・まんすりー・こめんと 一覧

三宅惺ホームページ