あ・はる・まんすりー・こめんと 2008年9月6日

 
  スコール!

 今年はまだ上陸した台風が、ひとつもない。例年ならば七月下旬頃から「水不足だ」などと大騒ぎしてそうなものだけど、東京水道局のホームページによれば、9月5日現在関東地方の主要ダムのほとんどが、貯水率90パーセントを超えている。渡良瀬貯水池は130パーセントだった。
 すべて「ゲリラ雨」のせいだろう。ゲリラ雨の「おかげ」などという表現は、間違っても使いたくない。
 「ゲリラ雨」は今年の流行語大賞候補じゃないかと思っている。日本には「驟雨」という美しい言葉があるのだけど、あのカミナリと強風を体験したら、とても「驟雨」なんてものじゃなく、むしろ「スコール」と呼びたくなる。熱帯雨林気候の大雨をともなう強風のこと。いよいよ日本も熱帯化してきたということなのかも。もちろん実際にスコールを体験したわけじゃなく、噂に聞くだけなのだけどね。
 これは地球温暖化による気象変化の前兆なのか、たんに今年が異状なのかで、人と会っては議論百出している。シロウトが何を言っているのかという話ではあるけどさ。
 ちなみに、その議論をしていた時の僕は、今年だけの異常気象を主張していたのだけど、こうして書いているうちにだんだん温暖化に組みしたくなってきたよ。いやだね。

 
  あなたの体験、僕の経験

 ある人のことをぼんやり思い出していた朝。
 そして、彼女は僕とのことを覚えているだろうかと思った時、ふと橋本治氏の三島由紀夫論を思い出した。
 刊行直後に読んだきりなので間違っているかもしれないけど、それによれば、三島は大学生のころ或る女性と幼いキスを一度交わして婚約寸前までいきながら結ばれずに、やがて二人とも別の異性と結婚生活を営んでいたのだが、四十歳を過ぎて、或る人が三島との仲をその女性に問うたところ「そのような仲ではなかった」と関係を否定されたと伝え聞き、それに著しいショックを受けた三島は自決への道を突き進んでいった、という説だったと記憶している。
 その女性が本当にそんな空とぼけた発言をしたのか、本当にそれが自衛隊基地で三島の首を斬り落とす直接の原因になったのか、今の僕にそれを究明するつもりはない。ただそれを事実と仮定して、三島の受けた衝撃が急に五蘊を奔っただけ。
 たとえば、もし彼女に、二人のいきさつや、過ごした日々を目の前で否定されたら、僕はどうなるだろう。
 「そんなことあったっけ」
などと。
 その場で彼女を殺すだろうか。それとも自分が高層ビルから飛び降りるだろうか。あるいは、その両方かもしれない。でも、割腹はしない。
 そういう意味で、いきなり橋本氏の三島論に共感してしまった。仮定にいうフィクションに。
 彼女との再会がいきなり恐くなった。
 予定はまったくないけどね。

 人は自分の過去を「忘れた」とか「記憶にない」とか簡単に済ませてしまいがちで、業績を勝手にでっちあげることすらあるし、時には他人の行為を盗みまでするけど、それは一人の他人を抹殺さえしかねないことなのだということを自覚しないでやっているのだとしたら、あまりに無知だ。

 それは個人的経験ばかりではなく、歴史的事項にまで当て嵌まる。個人史の積み重ねこそが歴史なのだから、歴史の変更は常に一個人である誰かの経験を否定することにほかならないのだ。
 沖縄戦や南京虐殺などの国にとっての負の歴史は、否定したがる人を絶えまなく生み続ける。それはその被害者の体験、時には存在そのものを抹殺・消去につながるのだ。
 負の歴史ばかりではない。人間には、聖人を尊びたいという思いと同時に、聖人のような存在を煙たがり、そういう存在を否定しようとする思いがあるらしい。
 昔から「聖徳太子は実在しなかった」という説は、繰り返しくりかえし唱えられては消えていった。本名・厩戸皇子なる人物の実在と太子が成し遂げたとされる業績を完全にフィクションとするための説得力ある論旨が展開できなかったから。すると、近頃は太子の成し遂げたとされる業績は、返答は厩戸皇子ではなく蘇我馬子の業績だったという説まで現われた。ただこれでは、歴史を書き換えることはできても、聖徳太子と呼ばれるべき人物は厩戸皇子ではなく蘇我馬子だったということになるだけで、おもしろくもなんなともない。

 忘れられることと忘れられないことがある。
 一般にマザーファッカーの物語では、「父」の不在が母と子の近親相姦に至ると設定されているけど、実際は「父」が居なくても「代理の「父」」とか「一過性の「父」」が現われることが多い。そこで母と子の相姦があるとすれば、それは「父」が居ないからではなく、「父」が命じるからという場合がほとんどではないだろうか。「事故」もしくは「純愛」という例外の可能性を否定するわけではないけれど。
 その命令を最初に忘れるのは、いつも「父」だ。母はなかなか忘れない。そして子はけっして忘れられないだろう。表面的には忘れても、意識下では残らないはずがない。
 「忘れた」では済まないのだ。
 僕ひとりのことではない。誰にでもそういう過去はあるはずだ。あなたにも。

 僕はここにいる。固有の体験、忘れられらない記憶、さまざまな過去の行為と思いをかかえて。
 負けない。

 
  エイにまつわるエピソード

 かつて僕は人に対して内向きにしか近付こうとしていなかった。そのころ僕は海遊館のエイに向き合おうとしていたのだけど、拒むということをしないエイは、ただゆっくり胸びれをはためかすぐらいのもの。もっとも当時は海遊館なんて存在しなかったけれど。
 そして心の氾濫が橋を落とした。
 しばらくしてエイは巨大な水槽の奥からゆっくりとこちらに近付いてきた。エイは落ちた橋を架けようとしていたのだ。でも僕はその事実に気付きさえもしなかった。
 ただ外向きの僕は挫折の繰り返しだった。なによりも先に?を受け入れるべきだったのだ。外向きになるならば、それからでも遅くはなかったのに。
 やがてひとつのドアを見た。開けると、海辺の町が広がっている。それもひとつの幻想だろうか。
 僕が訪ねないから、エイは消えた。そこに行けば、いつも泳いでいるはずではなかったのか。僕は裏切られたのだ。
 ひとつのドアは古び、しだいに貧しく、幾度開けようと何処へも通じなくなった。僕の外への餓えはさらに昂じたけど、ときおり訪れるのは内向きへの誘いばかり。誘いは僕と現実の三つを携え、落ちた橋の跡から一緒に身を投げたいのだ。その道は死を通して地獄へと続いているのに。そしてここは死を通さない地獄だ。
 関係は絶えた。そして僕と内をつなぐのは、かつてのエイだけだったことを僕は悟った。かつてのエイだけが僕の内向きと外向きの指向両方を否定しなかったから。
 今さらそんな現実と直接向き合って何になるというのだろう。現実の方も自分からやって来る気配はない。
 僕は舞っていた。それを舞踏と呼べるなら。
 やがてひとつのドアが来る。僕はそれを開く。
 だから僕は外への橋を架けている。その橋は今ではあまりに長く、渡り始めた陸地はもう見えない、大海原に向けて不自然に突き出した防波堤のように、いついつまでも伸びてゆく。
 過去の海底から水面を大きく跳ねる一匹のエイが見えた。僕は彼を釣り上げるべきだったのだろうか。
 まだその答が浮き出てこないから、僕は水面を見つめているのだ。僕が正しければ、誘いは悪だ。確かなことはエイに釣り竿を向ける未来はないということ。
 橋はまだ続く。

 (注) 「エイ」は当初、漢字一字で「魚覃」と表記するつもりだったけど、この機種では二字扱いにしかならなかった。残念。

 

Copyright(C),Miyake Satoru,2008
 

 

Online Order
書店でなくても本は買える!

MAIL&BBS

次回

前回

あ・はるふ・まんすりー・こめんと 一覧

三宅惺ホームページ