ど
こ
か
に
い
れ
ば
と
り
あ
え
ず
待
っ
て
る
人
が
飛
び
越
え
て
ゆ
け
遮
断
機
を
【縦書きがきちんと表示されない人の為に】
遮断機を / 飛び越えてゆけ / とりあえず待ってる人が / どこかにいれば
自歌撰「ロール・アンド・クライ」より
こういうのは女子高生あたりが詠むぺきで、朗読だけはやめとけよ、と忠告をくれた口の悪い奴がいた。余計なお世話だ。それなら女子高生が主人公だと思ってくれて良い。
「遮断機」が既製歌壇で「待ってる人」が読者、という某の珍説も、ちょっと穿ちすぎて、僭越、恥ずかしい。
自分にも抑えきれないエネルギーの沸騰をさえ感じとってもらえたら満足。気に入る人もいるでしょう、たぶん。この歌も作者偏愛の対象で褒められたことはない。(この企画でとりあげてるのは、この傾向が強いなあ)。いいではないか。新しい読者が現われれば。
おかしなことだけど、これは初出時以後少し手を加えてるのに、自分では全然気付かず、昔からこのかたちだと思い違いをしていた。お気に入りだから、何度も口ずさんでるうちに、記憶をいつのまにか推敲してしまったらしい。
近頃、交通渋滞緩和の為か、事故減少を目指してか、鉄道の高架がますます進んでいるけど、あれは景観をだいなしにします。とは云っても、この歌を詠んだ当時は、限りなく開かずの踏み切りに近い地点を毎朝通っていたので、遮断機をくぐる奴はいくらもいた。あちらをとればこちらがたたぬ。世は常にかくの如し、か?
でも、その苛立ちが生んだ歌だと解釈されちゃたまらんなあ。
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