【縦書きがきちんと表示されない人の為に】
いま空の机の男 / なぜかしら / 砕いたガラスからの / 北風


 歌集「Cry」より
 ある短歌総合誌が、若かりし頃を詠むという企画をたてた。作者の幼い写真も付され、なかなか興味深い特集だったのだが、僕はとても驚き、不満を感じた。自分に近い世代の歌人に対してである。
 それはあまりにも僕の想い出と違いすぎた。もちろん、わざと牧歌的な虚構を組み立てた人もいただろう。けれど、それはあまりに異世代の空想通りに添いすぎてはいないか、高齢者が戦争体験や戦後の混乱を詠うように、僕等にも目を逸らせない過去があるのではないか。
 そう思ったら、詠みたくはなかったが、校内暴力やら登校拒否やらイジメやら、しまいこんでおいたものがドッと吹き出した。できてしまった、と言わざるをえない。
 まだマスコミ報道もそれほどなされていなかった時期だから、上の世代にはさっぱり理解されず、同世代からも過去の汚点をつきつけられた気分にされるのか、あまり評判のいい一連とはならなかった。
 その中では、ちょっとユーモアをまぶした「ペッティング」の歌が、比較的おだやかで、誰に愛唱されるはずもなかろうが、その無意味なバカバカしさを僕は気に入っているのだけれど、どうしても縦書きにできず、こちらにした。これもあの雑誌を読まなければできなかった歌のひとつ。あまりにも季節外れなのは承知。連作を順に追えば、教室の一風景、割れたのは窓ガラスだとわかると思うけど、さて、この一首だけ取り出して何がどれほど伝わるのやら。


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